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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
605/783

第一五二回 ①

カノン北原を()して黒鉄牛に護られ

ガネイ朗報を(もたら)して神道子に(なら)わんとす

 さて、ついに義君インジャは、神箭将(メルゲン)を援けるべく(みずか)ら三万騎を(ひき)いて出征した。無事にオンゴド・アウラ平原にて約会(ボルヂャル)を果たす。軍議の席上、神道子ナユテが発言を求めて言った。


「ひとつ策を講じておきましょう。間諜を放って『神箭将が天兵の応援を得て帰ってきた』と触れ回らせるのです」


 これには百策花セイネンが意外そうに(ダウン)を挙げる。というのも、同じような策を進言して失敗した通天君王マタージについては、当のナユテが浅慮、愚策と酷評していたからである。それを制して言うには、


世間(オルチロン)では、テンゲリが(よみ)するハーンには天兵の助力(トゥサ)があると噂されています。そのためにウルヒン平原では、神都(カムトタオ)軍が現れただけで賊軍(ブルガ)の士気はおおいに高まったとか。しかし奸人ごときの兵に天兵の栄誉(フンドゥ)を独占させておくことはありません。今度は我らがこれを活かす番です」


 癲叫子ドクトが小躍りして、


「何だ、おもしろそうな話ではないか」


 ナユテは笑って、


「我らこそ天兵。正々の(トグ)(つら)ね、堂々の(デム)を組んで、広く喧伝しながら進みましょう。もとより神箭将の威名は知れわたっています。それが天兵を得て数万もの軍勢に膨れ上がったと聞けば、賊徒はその真贋を疑って惑い、恐れ(おのの)くでしょう」


 獅子(アルスラン)ギィも喜んで、


「義は我らに在り。きっとテンゲリの加護があろう。妖教に怯む(カリタリル)ことはない!」


 居並ぶ諸将は、おうと応えて勇躍(ブレドゥ)する。軍議のあと、ナユテはセイネンに秘かに言うには、


「我らの失策(アルヂアス)で神箭将は大敗を喫したのだ。あえてそれを教えずともよかろう」


 それはともかく、インジャたちは兵を(ヂェウン)へ向けた。当面の(ブルガ)は蕃民の王、悟天将軍ザシンと護教将軍チャクバル。


 策定した戦略に(のっと)って、中途で軍を三手に分ける。トシ・チノの六千騎は(ホイン)へ、ギィの六千騎は(ウリダ)(モル)を分かつ。余の二万数千騎は、金杭星(アルタン・ガダス)ケルンを先駆け(ウトゥラヂュ)に、まっしぐらに敵営を目指す。


 インジャとヒィ・チノは宿営するごとに互いに訪ね合って、(ボロ・ダラスン)を酌み交わす。インジャはヒィの剛毅(クルグ)、英邁に触れてますますこれを(たた)え、ヒィはインジャの弘毅、仁徳に感じていよいよこれを(うやま)う。


 あるときヒィがキセイに言うには、


「あの義君というのは聞きしに勝る英雄だぞ。胆斗公(スルステイ)、超世傑、獅子といった一世の英傑(クルゥド)たちが主君(エヂェン)と仰ぐのもよく解る」


 進むうちに情勢を窺っていた小部族(ヤスタン)が続々と帰属を請う。みな鷹揚にこれを認めて忠誠(シドゥルグ)を誓わせる。


 神箭将が天兵を得たとの報は瞬く間(トゥルバス)に北原を駆ける。これによって明らかに(サルヒ)が変わった。味方(イル)は増え、敵は動揺する。


 ザシン・カーンは周章を隠しきれない様子だったが、それでも将兵を叱咤して、


「天兵を(かた)る大罪人に臆するな。きっと(ウネン)の天兵が彼奴らを駆逐してくれようぞ」


 そう言って会戦に臨んだ。戦地となったのはエルゲイ・トゥグ(注1)。ナルモントが幾度もセペートと激戦を繰り広げた平原(タル・ノタグ)である。結集した兵力は二万騎ほど。


 そこへケルンを先頭に二万数千騎が猛攻を加える。これまでナルモント軍は数の上で劣勢(ドロムヂン)()いられてきたが、ジョルチ軍を得た今、ザシンやチャクバルごときは敵ではない。散々に撃ち破る。


 死を(よろこ)青袍(フフ・デール)の徒に望みどおり死を賜って、屍の山(ウクレン・アウラ)を築き、血の海(チストゥ・ダライ)に沈める。退かない狂信者との(ソオル)は凄惨なものにならざるをえなかったが、ナルモント軍はもとよりジョルチ軍にも固い決意(オロ)がある。


 殊に目覚ましい活躍を示したのは一丈姐(オルトゥ・オキン)カノン。(ヂダ)を振るって敵の戦列(ヂェルゲ)をことごとく粉砕する。美しい容姿(ウヂェスグレン)は見るものに戦の女神をも彷彿とさせる。従う味方は勇を得て、対する敵は怯を覚える。


 ジョルチ軍では呑天虎コヤンサンが久々の大戦におおいに昂奮して、縦横無尽に暴れまくる。咆哮とともに槍を振り回しつつ、敵を追ってどこまでも突き進む。


 突き進みすぎて戦場を外れ、道を失って友軍とはぐれてしまったほど。戦が終わってから姿(カラア)が見えないので大騒ぎとなった。二日ほどして(テリウ)を掻きながら帰参したが、それはまたのちの話。


 話を戻して、敗色濃厚となったザシンはぎりぎりと歯噛みして、


(こら)えろ! 戦え! 今に真の天兵が我らを援けに来るぞ!」


 叫び散らしたが、彼の言う「真の天兵」が神都(カムトタオ)軍を指しているのであれば、北原に現れるわけもない。結局戦線を維持できず、多大な死者を出して撤退するほかなくなった。


 しかし備えは万全、南へ逃れたものはマシゲル軍がこれを(とら)えて撃滅し、北へ走ったものはベルダイ軍がこれを(はば)んで掃討する。


 乱戦のうちにザシンは隼将軍(ナチン)カトラに、チャクバルは(えん)将軍タミチにそれぞれ討ちとられた。大功を挙げたベルダイの双璧は、意気揚々と凱旋した。

(注1)【エルゲイ・トゥグ】かつてヒィ・チノも、ここでエバ・ハーンと戦った。第四 四回①参照。

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