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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
603/783

第一五一回 ③

ナユテ邪教を()けて迂直之計を説き

インジャ天兵を(ひき)いて千里結言を守る

 ナユテは驚き喜んで、


「さすがは小白圭! どうやって判った」


 答えて言うには、


「八教区のひとつを預かる大伝師の一人に、ジェジュなる小人があります」


「ジェジュ……。それが?」


「あわてずに最後までお聴きください。まずこのジェジュの出自(ウヂャウル)が判明しました。かつてセトゥ氏のバヤリクトゥに仕えた将官でした」


 ナユテは首を捻って、


「セトゥ氏とは聞き覚えがないが……」


 シズハンは頷いて、


「それもそのはず。セトゥ氏のバヤリクトゥ(注1)は、かつてハーンたらんとして神箭将(メルゲン)に討たれた男。その後、セトゥ氏の家畜(アドオスン)人衆(イルゲン)は諸氏に分配されて、エトゥゲン(大地)から消滅(ブレルテレ)してしまったのです」


「何と……」


「ジェジュは姿(カラア)(くら)ましておりましたが、天導教の勃興とともにいつの間にか現れて、その最初から伝師の地位にありました」


「ふうむ。なるほど……」


「セトゥ氏のものなら神箭将を強く怨んでいて不思議はありません」


「たしかに。で、肝心の覚真導師だが」


 シャイカが笑って、


「神道子様は案外、性急な(たち)だね。小白圭が順を追って話すよ」


「そうであった。すまない。続きを」


はい(ヂェー)。セトゥ氏が解体した十二年前、バヤリクトゥの長子(クウ)幼少(バガ・ナス)のため、死罪を(まぬが)れて追放されました。おそらく覚真導師とはその幼子(チャガ)。名はブルドゥン・エベ。十中八九、間違いありません」


「なるほど、よくぞ(しら)べた。覚真導師とやらが神箭将を仇敵(オソル)とするわけもよく解った。妖賊を覆滅できたら、第一等の功は貴女たちだ」


いえ(ブルウ)、運が好かったのです」


「テンゲリの加護を得るのもまた才幹(アルガ)あればこそ。まことによくやった」


 ナユテは二人をおおいに(たた)える。その後、期日となって諸方に散っていた好漢(エレ)たちは一旦集結する。そこで互いに(はか)って行き先を振り分ける。


 ナユテ、トオリル、オノチ、ジュゾウ、マルケ、シャイカの六人は中原に帰る。シャイカのみはオルドにてアネク・ハトンの警護に残り、余の五人はインジャの中軍(イェケ・ゴル)に加わる。


 キノフ、ウチン、オンヌクド、シズハン、ガネイ、クミフの六人は東原に残って新たな任務(アルバ)に従事するが、それについては後述する。


 ショルコウは北原に戻って、判明した事実をヒィ・チノに伝える。覚真導師の正体を聞いたヒィは、不快を隠すことなく、


「あのとき殺しておけばよかったか。まさかこんなことになるとは」


 吐き捨てたが、すかさずショルコウは諫めて、


いいえ(ブルウ)、セトゥ氏に対する処分が苛烈に過ぎたのです。時機(チャク)を見てブルドゥン・エベを捜しだし、氏族(オノル)の復興を許していれば、今日の苦境は避けられたはず。もちろん独りハーンの責ではなく、それを進言しなかった我ら臣下一同の失策(アルヂアス)です」


 ヒィは一、二度首を振って、


過去(エルテ・ウドゥル)を悔いてもしかたない。必ず叛賊(ブルガ)殲滅(ムクリ・ムスクリ)してくれよう。これまで得体の知れなかったものに実は名があり、来歴もあることが明らかとなった」


はい(ヂェー)。覚真導師とやらは決して超常の預言者などではなく、単にハーンを怨んでいる亡族の遺子に過ぎません」


「ならば過剰に恐れることはない。人衆(ウルス)もやがて目を覚ますだろう」


 ヒィ・チノもまた雄心(ヂルケ)(たくま)しくして(ハバル)の反攻に備えたが、くどくどしい話は抜きにする。




 ナユテもインジャに事の次第を報告する。天導教の教説についても説いて、


「覚真導師は人衆を煽動するばかりで、内実(アブリ)が伴っておりません。奸智ある他人(おそらく四頭豹)に教え込まれたことを、繰り返しているだけなのでしょう。例えば彼は、奇縁にて天王(フルムスタ)より正法(ヂャサ)を得たと云いますが、いつどこでどのような物語(ウリゲル)があったのか、(つまび)らかにしていません。古今の開祖たるもので、この物語を(ないがし)ろにしているものはありません」


 インジャは興味深く聴いている。そこで続けて言うには、


「そもそも天法、正法と云いながら、それが何かとなると途端に曖昧模糊として、ひたすら神箭将や巫者(ボエー)誹謗(アダルガン)に転嫁するのが常です」


「ふうむ」


「もちろん巧妙な教説もあります。(オエレ・イュ)(ルトゥンツ)などは、なかなかに狡猾(ザリ)。何となれば、あるかないか誰もしかとは解きえぬものを掲げれば、反駁するのは難しいからです」


「なるほど」


「また森の民(オイン・イルゲン)を誘うための『三象一体(注2)』。元来、まったく由来も慣習(デグ・ヨス)異なる(アディルグイ)ふたつの信仰を実は同じ(アディル)ものと強弁して、さらにそこに隻眼傑(ソコル・クルゥド)の神性を加えたものです。これもすぐに(くつがえ)すのは容易(アマルハン)ではありません。人衆は教義についての深遠な論争などに興味はありません。(チフ)に響きがよく、実利があるとなれば従うものです」


 インジャはおおいに感心して、


「内実が伴わなくとも実利を示せばこと足りるというわけか。まさに奸智」


 偶々(たまたま)居合わせた白夜叉ミヒチが(アマン)を開いて、


「それで、これに対するにはどうしたらいいんだい? 神道子の話を聞いていると、なかなかの難題のようだよ」


 ナユテはひとつ頷いて、


「対する策はふたつ、ございます」

(注1)【バヤリクトゥ】第四 二回②参照。


(注2)【三象一体】天王(フルムスタ)、森の神、シノンの守護神(ネンドゥ・クトゥグ)の三者は、形象は異なるが実は一体であるという教説。第一四七回④参照。

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