第一五一回 ③
ナユテ邪教を析けて迂直之計を説き
インジャ天兵を帥いて千里結言を守る
ナユテは驚き喜んで、
「さすがは小白圭! どうやって判った」
答えて言うには、
「八教区のひとつを預かる大伝師の一人に、ジェジュなる小人があります」
「ジェジュ……。それが?」
「あわてずに最後までお聴きください。まずこのジェジュの出自が判明しました。かつてセトゥ氏のバヤリクトゥに仕えた将官でした」
ナユテは首を捻って、
「セトゥ氏とは聞き覚えがないが……」
シズハンは頷いて、
「それもそのはず。セトゥ氏のバヤリクトゥ(注1)は、かつてハーンたらんとして神箭将に討たれた男。その後、セトゥ氏の家畜や人衆は諸氏に分配されて、エトゥゲン(大地)から消滅してしまったのです」
「何と……」
「ジェジュは姿を晦ましておりましたが、天導教の勃興とともにいつの間にか現れて、その最初から伝師の地位にありました」
「ふうむ。なるほど……」
「セトゥ氏のものなら神箭将を強く怨んでいて不思議はありません」
「たしかに。で、肝心の覚真導師だが」
シャイカが笑って、
「神道子様は案外、性急な質だね。小白圭が順を追って話すよ」
「そうであった。すまない。続きを」
「はい。セトゥ氏が解体した十二年前、バヤリクトゥの長子は幼少のため、死罪を免れて追放されました。おそらく覚真導師とはその幼子。名はブルドゥン・エベ。十中八九、間違いありません」
「なるほど、よくぞ査べた。覚真導師とやらが神箭将を仇敵とするわけもよく解った。妖賊を覆滅できたら、第一等の功は貴女たちだ」
「いえ、運が好かったのです」
「テンゲリの加護を得るのもまた才幹あればこそ。まことによくやった」
ナユテは二人をおおいに称える。その後、期日となって諸方に散っていた好漢たちは一旦集結する。そこで互いに諮って行き先を振り分ける。
ナユテ、トオリル、オノチ、ジュゾウ、マルケ、シャイカの六人は中原に帰る。シャイカのみはオルドにてアネク・ハトンの警護に残り、余の五人はインジャの中軍に加わる。
キノフ、ウチン、オンヌクド、シズハン、ガネイ、クミフの六人は東原に残って新たな任務に従事するが、それについては後述する。
ショルコウは北原に戻って、判明した事実をヒィ・チノに伝える。覚真導師の正体を聞いたヒィは、不快を隠すことなく、
「あのとき殺しておけばよかったか。まさかこんなことになるとは」
吐き捨てたが、すかさずショルコウは諫めて、
「いいえ、セトゥ氏に対する処分が苛烈に過ぎたのです。時機を見てブルドゥン・エベを捜しだし、氏族の復興を許していれば、今日の苦境は避けられたはず。もちろん独りハーンの責ではなく、それを進言しなかった我ら臣下一同の失策です」
ヒィは一、二度首を振って、
「過去を悔いてもしかたない。必ず叛賊を殲滅してくれよう。これまで得体の知れなかったものに実は名があり、来歴もあることが明らかとなった」
「はい。覚真導師とやらは決して超常の預言者などではなく、単にハーンを怨んでいる亡族の遺子に過ぎません」
「ならば過剰に恐れることはない。人衆もやがて目を覚ますだろう」
ヒィ・チノもまた雄心を逞しくして春の反攻に備えたが、くどくどしい話は抜きにする。
ナユテもインジャに事の次第を報告する。天導教の教説についても説いて、
「覚真導師は人衆を煽動するばかりで、内実が伴っておりません。奸智ある他人(おそらく四頭豹)に教え込まれたことを、繰り返しているだけなのでしょう。例えば彼は、奇縁にて天王より正法を得たと云いますが、いつどこでどのような物語があったのか、詳らかにしていません。古今の開祖たるもので、この物語を蔑ろにしているものはありません」
インジャは興味深く聴いている。そこで続けて言うには、
「そもそも天法、正法と云いながら、それが何かとなると途端に曖昧模糊として、ひたすら神箭将や巫者の誹謗に転嫁するのが常です」
「ふうむ」
「もちろん巧妙な教説もあります。別世などは、なかなかに狡猾。何となれば、あるかないか誰もしかとは解きえぬものを掲げれば、反駁するのは難しいからです」
「なるほど」
「また森の民を誘うための『三象一体(注2)』。元来、まったく由来も慣習も異なるふたつの信仰を実は同じものと強弁して、さらにそこに隻眼傑の神性を加えたものです。これもすぐに覆すのは容易ではありません。人衆は教義についての深遠な論争などに興味はありません。耳に響きがよく、実利があるとなれば従うものです」
インジャはおおいに感心して、
「内実が伴わなくとも実利を示せばこと足りるというわけか。まさに奸智」
偶々居合わせた白夜叉ミヒチが口を開いて、
「それで、これに対するにはどうしたらいいんだい? 神道子の話を聞いていると、なかなかの難題のようだよ」
ナユテはひとつ頷いて、
「対する策はふたつ、ございます」
(注1)【バヤリクトゥ】第四 二回②参照。
(注2)【三象一体】天王、森の神、シノンの守護神の三者は、形象は異なるが実は一体であるという教説。第一四七回④参照。