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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
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第一五〇回 ④

ヒィ・チノ回廊に伏甲を(ひき)いて賊魁に迫り

マタージ東原に風説を()いて天兵を生む

 またも大敗を喫したヒィは、何とかケルン・カンやモゲトと合流(ベルチル)してひと息()く。オハザフでは埋伏の毒に()たり、ウルヒンでは()()が現れるという予期(ヂョン)せぬ奸計に苦杯を()めた。しかしヒィ・チノは、


「天兵? あれが天兵なものか。どうやらシノンの叛乱(ブルガ)は、かなり前から周到に企図されていたようだ」


 ワドチャがおおいに憤慨して、


「まったくです。忠順(シドゥルグ)なふりをして、(はら)叛心(オエレ)を練っていたとは(ゆる)せませぬ」


 ところがショルコウは首を(かし)げて、


「まことにそうでしょうか」


「ん? 司命娘子はそうは思わぬのか」


 ヒィの問いに答えて、


はい(ヂェー)隻眼傑(ソコル・クルゥド)独りで、ここまでの大略を成しえたとは信じられませぬ。私の感じたところを正直(ツェゲン・セトゲル)に申し上げれば、隻眼傑すら駒のひとつに過ぎないのではないかと」


「何と。ではこの大乱には(セウデル)の首謀(注1)があると?」


はい(ヂェー)。妄想と言われれば、しかと反論はできませんが」


「ううむ」


 唸ったのはヘカト。発言するかとみな待ってみたが、何も言わない。ヒィが尋ねて言うには、


「では司命娘子の看たところ、(ウネン)(ブルガ)は誰だ」


「もちろん確証はありませんが、かくもありとあらゆる謀計を尽くして、しかもそれらをすべて成就させられるものなど、草原(ミノウル)に幾人もおりません」


「すると……」


はい(ヂェー)。ヤクマンの相国(サンクオ)、四頭豹ドルベン・トルゲのほかには考えられません」


 これには夫のケルンが異を唱えて、


「なぜ遠いヤクマンの相国(サンクオ)が? 俺にはさっぱり解らぬ」


「四頭豹が仇敵(オソル)としているのは義君ジョルチン・ハーン。これと争うために東原を欲しているのです」


「ではハーンがジョルチ部に交誼(ナイラムダル)を求めたために……」


いえ(ブルウ)、違います」


 ショルコウは即座に強く否定すると、続けて言うには、


「……会盟より遥か昔日(エルテ・ウドゥル)から、(シドゥ)()いでいたのです。我々がどれだけ無智で蒙昧(ハラング)だったことか。何も気づかず、何も備えずにいたから今日の苦境に至ったのです。もはや四頭豹の謀計そのものを(ふせ)ぐことはできません。眼前の難題をひとつひとつ潰していくしかありません」


「四頭豹の悪名は轟いていたが、なるほど、恐るべき狡知(ザリ)だ。だが俚諺に『疾風に勁草を知る(注2)』と謂う。俺はこれしきの逆境に屈するものではない。必ずや捲土重来して版図(ネウリド)を復してみせよう」


 みな頷いて(オロ)を同じくしたが、くどくどしい話は抜きにする。




 (ヂル)が明けて、(ウヘル)の年となった。ヒィ・チノが北原で新年を迎えるのは、実に三年ぶりのこと。


 前回は北伐にてセペート部を滅ぼしたばかりで、帰投したケルンを北伯に任命してショルコウを(とつ)がせた(注3)。あれから僅か三年しか経たぬというのに、今や版図の大半は失われて狂信の徒が猖獗(しょうけつ)を極める有様。


 北原における悟天将軍ザシン、護教将軍チャクバルの叛乱も平定の目算が立たない。追えば隠れ、退けば現れ、ひとたび干戈を交えれば喜んで死地に投ずる狂人(ガルゾウ)の群れ。奔命に疲れて東原の回復どころではない。


 ともすれば(くじ)けそうになる諸将を励ましてヒィ・チノが言うには、


「義君を見よ。(エチゲ)を討たれ、徒手空拳から身を起こして今日の勢を築いたのだぞ。それに比べれば、我らの苦難(ガスラン)など何ほどのことがあろう」


 ショルコウはまた夫ケルンに言った。


「北原こそ再起のための(トゥルグ)です。神箭将(メルゲン)が健在であることを内外に示すうちに、必ず北道(ホイン・モル)を辿って義君の援兵が来ます。それまでともにハーンを(たす)けましょう」


 かくして主従一丸となって北原の西半を死守する。そうこうするうちに次第に(サルヒ)の向きが変わりはじめる。四頭豹の策謀に翻弄され、防戦一方だったヒィ・チノに少しずつ朗報がもたらされるようになる。


 その嚆矢(こうし)となったのは光都(ホアルン)に関するもの。


 先にインジャが命じてサルチンとコテカイの救出に送り込んだジュゾウたちが、鮮やかに任務(アルバ)を果たして中原に帰還したのである。(こと)にクミフとシャイカは異能(エルデム)を存分に(ふる)って(注4)、おおいに活躍した。


 二人を迎えたインジャは、おおいに喜んでこれを(ねぎら)った。サルチンはマシゲル部に在る蓋天才ゴロに託し、コテカイはカノンに預けて休ませる。またナユテ、ジュゾウらを激賞したのはもちろんである。


 さて、ここでナユテが言ったことから、神箭将を苦しめる妖教についに撞着(どうちゃく)(注5)を見出だし、人衆(イルゲン)の蒙を(ひら)くべく策を(めぐ)らせることになるわけだが、所詮は急造の欺瞞に満ちた偽り(クダル)の信仰、真の智慧に(かな)うはずもない。


 俗に謂う「闇から生まれる光はない」とはまさにこのこと。果たしてナユテは何と言ったか。それは次回で。

(注1)【首謀】中心になって陰謀・悪事を企てること。また、その人。


(注2)【疾風に勁草を知る】激しい風が吹いて、初めて(つよ)い草かどうかがわかる。すなわち、苦難にあって初めて人の真価がわかるという意味。


(注3)【帰投したケルンを……】第一三五回④参照。


(注4)【異能を存分に(ふる)って】クミフの異能は跳躍。ちょっとした壁なら難なく跳び越える。第六 二回④参照。シャイカのそれは暗殺術。第一三八回③参照。


(注5)【撞着(どうちゃく)】つきあたること。ぶつかること。前と後とで喰い違って、つじつまが合わないこと。矛盾。




<巻一〇 終わり>


草原(ミノウル)全土

挿絵(By みてみん)

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