第一 五回 ④
ゴロ闇夜に襲われ転じて野盗と成り
アンチャイ好漢に救われ俱に獅子に見ゆ
ギィとゴロがそんな話をしているころ、ジョルチ部のアイルではそのハツチが頭を抱えていた。セイネンが見咎めて尋ねた。
「どうした、美髯公」
近ごろ、ジョルチ部の好漢たちはハツチの見事な長髯を讃えて、美髯公の渾名を奉ったのである。
「どうしたもこうしたもない。わしのせいでゴロが神都を追われて四月、何の知らせもないではないか」
「次兄(※ナオルのこと)も悩んでいたよ。ドクトやジュゾウは、これも天運と割りきっているけどな」
それを聞いてハツチは頭を掻き毟ると、
「わしはそういうわけにはいかんのだ。どうしていることやら……」
「何か判れば、神都に放ってあるジュゾウの配下が報せてくるさ」
悶々としながら待っていると、二週間も経ってついにひとつの報せが届いた。ゴロ・セチェンは難を逃れてマシゲル部のギィのもとに拠っているとのこと。ハツチらはほっと胸を撫で下ろす。
それでもやはり呵責の念は抑えがたく、何とかしてゴロに謝罪したいと考えた。考えた末に揃ってインジャのところへ赴く。その顔触れはナオル、ハツチ、ジュゾウの三人。
「どうした?」
尋ねれば、ハツチが代表して言った。
「ゴロ・セチェンの行方が判りました。彼は今、マシゲル部のギィの下に居るとか。我らは話し合って、みなで彼方へ参り、対面して謝罪しようと決めたのですが、その前にインジャ様にお許しを得ようとて参上した次第です」
インジャは喜んで、すぐにこれを許す。さらに言うには、
「ゴロ・セチェンといえば名高き好漢。私もともに行って、先のコヤンサンの非礼をお詫びしよう」
三人は大喜びで、明朝揃って出立することにした。明けて翌朝、インジャ、ナオル、ハツチ、ジュゾウの四人は、セイネンらに後事を託して旅路に就く。道中はやはり飢えては喰らい、渇いては飲み、夜休んで、朝発つお決まりの行程。
格別のこともなくそれらしきアイルに辿り着いた。旗を見れば確かにマシゲル部のもの。四人は喜んで馬を進めた。それを見て、アイルから一騎駆けてくるものがある。
「そこのもの、何用で参った!」
インジャが馬上で拱手して答えた。
「我らはジョルチ部のもので、ギィ様のもとにおられるゴロ・セチェン殿を訪ねて参ったのです」
「そうでしたか。いきなりの非礼、お恕しください。常に敵人に備えているものですから」
「いえ、お気になさらず。ところでゴロ殿はいらっしゃるか」
「あいにくこちらには居りません」
四人はがっかりして顔を見合わせる。ナオルが言った。
「待たせていただくわけにはいきませんか」
男は残念そうに首を振ると、
「それがアイルを出たのはつい一昨日のこと。ギィ様がベルダイへ行くのに随行して北方へ向かわれました。しばらくは帰ってきますまい」
いよいよ落胆の息を吐く。気を取り直してインジャが尋ねる。
「ギィ様は、ハーンのご嫡子ですね?」
「はい」
「なぜベルダイに?」
問われて男はやや誇らしげに、
「ギィ様がベルダイのキハリ家から、それはもう美しいご夫人を娶ったのです。それでご実家に挨拶に」
「ほほう」
そういうことであれば引き返さざるをえない。礼を言って一行は馬を返した。そこで不意にジュゾウが言った。
「美しい嫁っていうのを見てみたいな。インジャ様やナオル殿はまだ嫁は貰わないんですかい?」
「余計なことを言うな。そのうちな」
ナオルが顔を赤くして窘める。みなの沈んだ表情が幾分和らいだ。さらにジュゾウは言う。
「俺たちもいっそベルダイへ行きましょうや。キハリ家ってのは左派でしょう? 右派をさんざ破ったインジャ様となりゃ、拒みはしないでしょう。行ってゴロに謝って、ギィ様の嫁の顔も拝んで、ついでにベルダイの族長様と誼を通ずるってのは悪くないですぜ」
ほかの三人ははっとしてこれを顧みた。なるほどこのまま帰るのは何とも芸がない。ジュゾウの言うとおりかもしれぬ。軽口ばかり叩いていると思ったらときに名案を出す奴だ、と一様に感心したのですぐにベルダイへ向かうことにした。
ただ道中では、右派に連なるものに見つからぬよう気を配らねばならない。そこで進路をまっすぐ北へは取らず、東へ迂回して、なるべくカオロン河に沿って進むことにした。
こうして四人は急遽行く先を更え、ベルダイの牧地を指すことになったのだが、よもや旅先で干戈の響きを聞くことになろうとは想像すらしていない。
まさに戦地で仁を示せば小人の恨みを残し、恨み生ずれば思わぬところで危難に遭うといったところ。四人はどのような大事に巻き込まれるか。それは次回で。