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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
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第一五〇回 ③

ヒィ・チノ回廊に伏甲を(ひき)いて賊魁に迫り

マタージ東原に風説を()いて天兵を生む

 また別の(ウドゥル)には、光都(ホアルン)(とら)われた楚腰公サルチンと嫋娜筆(じょうだひつ)コテカイの救出が(はか)られる。


 かつて神都(カムトタオ)にコヤンサンを救った(注1)ように、やはり少人数での潜入を(かく)する。任務(アルバ)を授けられたのは、飛生鼠ジュゾウ、一丈姐(オルトゥ・オキン)カノン、黒曜姫シャイカの三名。


 ちょうどそこへ西原から進物(サウクワ)を携えて、神道子ナユテ、妖豹姫ガネイ、娃白貂(あいはくちょう)クミフが訪ねてきた。ジュゾウが大喜びで言うには、


「よいところに! 三人さえよければ助力(トゥサ)を頼みたい。ナユテは光都(ホアルン)出自(ウヂャウル)だし、ガネイとクミフには異能(エルデム)がある」


 話を聞いた三人は喜んで承諾する。六人であれこれ(はか)っていたが、いつの間にやら出立する。成果についてはまた述べる。




 そうこうしているうちに(オブル)となった。北道(ホイン・モル)をしっかりと確保するため、旱乾(かんかん)蜥蜴(せきえき)タアバに加えて、九尾狐テムルチと呑天虎コヤンサンも大ズイエ(ムレン)を渡る。


 幸い悟天将軍ザシン・カーンたちの(ガル)はまだ北道には伸びていない。金杭星(アルタン・ガダス)ケルンが、鍾都(ハガム)より西(バラウン)叛徒(ブルガ)を通さぬよう奮闘していたからである。


 インジャの冬営(オブルヂャー)に、ナユテから書簡が届いた。何と書いてあったかと云えば、


「東原で怪しげな噂が流れています。『(ウネン)のハーンには西方から天兵の助力がある』とか。どうか速やか(クルドゥン)神箭将(メルゲン)への援兵を送られますよう。(ハバル)を待っていては予期(ヂョン)せぬ事態が起こらぬともかぎりません」


 これを聞いたマタージが手を()って、


光都(ホアルン)へ向かった神道子の(チフ)にも届くとは、噂は順調に広まっているようですな。これなら相当な効果が期待できそうです」


 百策花セイネンが僅かに(フムスグ)(しか)めて、


「神道子は春を待つなと言っているようだが、どういうわけだろう?」


「さあ。とはいえ、冬に大軍を動かすのは労多くして益少ない。やはり予定どおり春に出陣するべきだろう」


 インジャもまた首肯したので、この件はそこまでになった。




 そのころ、ヒィ・チノは手を(こまぬ)いていたわけではない。方々に出没しては天導教の冬営を荒らして回る。シノンはおおいに怒って、これを捕捉殲滅するべく軍を発する。


 ヒィ・チノはこれを知ると、かえって兵をひとつところに集めて決戦の構えを見せる。会戦の(ガヂャル)に選んだのは、ウルヒン平原。アケンカム氏の牧地(ヌントゥグ)だった辺りである。


 寒天の下、両軍は激突する。オハザフ平原のときと同じく兵の数ではシノンが圧倒していたが、ヒィ・チノが善く兵を用いてやはり一進一退、互角に戦い合う(ブルガルドゥアン)


 青袍教徒の軍は数が多く、しかも死を恐れぬ強さを誇っていたが、相変わらず練度は低いままで、すばやく命令(カラ)に応えることができない。陣形(バイダル)も崩れがちで動きが鈍い。


 一方、ヒィ・チノの軍勢は数こそ一万数千騎だが、一糸乱れぬ戦列(ヂェルゲ)を保ったまますばやく動ける。戦場を縦横無尽に駆け巡って敵軍を翻弄し、(デール)を一枚ずつ()ぐように少しずつその(クチ)()いでいく。


「そろそろシノンめ、苛立って前線に出てきそうなものだが」


 呟いたのが聞こえたはずもないが、黒袍軍(ハラ・デゲレン)がどっと繰り出してくる。


「来た! 実に好い(サイン)!!」


 ヒィ・チノは鞍上に小躍りして(ウルドゥ)を掲げると、正面から迎撃する。二人のハーンの近衛軍(ケシクテン)がぶつかる。正規兵同士の激突。


 もとより黒袍軍は草原(ミノウル)中に名の知れた精兵だが、ヒィの近衛も転戦するうちに鍛えられている。もちろん偶々(たまたま)ではない。各地の冬営を襲って回ったのは調練を兼ねてのこと。


 二個の英傑(クルゥド)は用兵の奥義を尽くして、互いに勝ちを制しようと躍起になる。まさに竜が怒れば頭角崢嶸(そうこう)、虎が闘えば爪牙獰悪(どうあく)、旗仗盤旋、戦衣飄颺(ひょうよう)、怒気氛氳(ふんうん)として屍山血海を成す。


 と、(にわ)かに青袍(フフ・デール)の徒から、わっと大歓声が挙がる。これにはヒィは無論のこと、シノンもおおいに驚く。信徒たちが口々に言うのを聞けば、


「天兵だ! 天兵の援けだ!」


「ああ、ダルハン・バイン・ハーンこそ真のハーン!」


「テンゲリに(よみ)されたる我らのハーン!」


 ぎょっとしてヒィが顧みれば、西の彼方から一万騎(トゥメン)ほどの軍勢がまっしぐらに向かってくる。味方(イル)ではありえない。ということは当然、(ブルガ)


 病大牛ゾンゲルがすっかり青ざめて、


「うひぃ……。あ、あ、あれは……」


 神行公(グユクチ)キセイが、あっと(ダウン)を挙げて、


「ジュレン軍だ! あれは神都(カムトタオ)の兵ですぞ!」


 さすがのヒィも(ニドゥ)を円くして、


神都(カムトタオ)だと!? よもやシノンが奸人ヒスワと結んでいようとは……」


 これはヒィの思い違いというもので、シノンもわけがわからないのは同じこと。するとどこからかムライが近づいてきて、


「あれは友軍でございます。先に四頭豹様が打っておいた一手」


「何と、まさに天佑。一挙に飛虎将を葬る好機(チャク)!」


 勇を得て全軍に突撃を命じる。(こと)に青袍教徒は快哉を叫びながら前進する。


 神都(カムトタオ)の兵を率いてきたのは例によって呼擾虎(こじょうこ)グルカシュと、征東将軍ムンヂウン、征南将軍ブギ・スベチ。後背からヒィ軍に襲いかかって、殺戮を(ほしいまま)にする。


 ヒィもあわてて退却を命じるが兵の動揺はいかんともしがたく、挟撃されて散々に撃ち破られる。潰走に潰走を重ねて東原に留まることもならず、そのままズイエ(ムレン)を越えて北原に逃れた。

(注1)【コヤンサンを救った】神都(カムトタオ)に潜入したのは、インジャ、ナオル、セイネン、ハクヒの四人だった。第一 二回①参照。

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