第一四九回 ②
青袍の徒サトランを始めに一斉に蜂起し
南伯の兵オハザフに至りて互角に争闘す
南伯の造反に対してすっかり後れをとったヒィだったが、速やかにオルドを移したことについてはさすがと云うべきかもしれない。打つ手に迷って留まっていれば、瞬く間に討たれていただろう。
しかし集めえた兵は、思いのほか寡なかった。サトラン軍はほぼ壊滅、タラント軍はすでに北原に渡っている。自ら帥いるムヤン軍と、長者ワドチャのオラザ軍があるばかり。それもすべてではなく、青袍教徒の乱に投じたものもかなりあった。
アケンカム軍はゴオルチュが纏めようと試みたが、将器に欠けるため思うようにならない。せめて司命娘子ショルコウがあれば違ったかもしれないが、今は北伯の妻である。
さらに前の族長たるイドゥルドが南伯麾下の将として忽然と現れ、その人衆を誘ったためにいよいよ分裂する。
何とか叛乱軍に抗するべく二万騎を掻き集めたが、敵はシノン直属の兵だけで三万騎。これに膨大な数の青袍教徒が加わる。数の上ではとても及ばない。
また敵地を冒して光都に駆けたキセイも、虚しく帰るほかなかった。すでに笑面獺ヤマサンが呼応してこれを占めていたからである。
光都の兵営には、伝師の一人が訪れて蜂起の日を告げ、併せてシノンも挙兵することを伝えた。兵衆はおおいに喜び、勇躍する。ヤマサンはしばし瞑目したが、やがて言うには、
「是非に及ばず。俺は幼きころよりシノンと志を同じくするもの。シノンがそうすると言うなら、力を尽くそう」
すぐに兵衆の興奮を鎮めて、光都占領の方策を練る。ヤマサンもまた混血児と覚真導師によって陥穽に落とされたのである。何となれば先にも述べたとおり、シノンが造反を決意したのは、青袍教徒が蜂起したあとだったからである。
とはいえ、結局のところは同じこと。幼少よりの盟友である二人は、手を携えて神箭将に挑戦する道を択んだ。
期日に至ると密かに兵を放って、城門と街道を押さえる。兵権の長たるヤマサンがすること、誰も疑うものはない。
そうして楚腰公サルチンらが登庁するのを待って、あっと言う間に庁舎を封鎖すれば能く逃れるものもない。サルチンをはじめ光都の政事を司る大商たちはことごとく幽閉されることになった。
書記官たる嫋娜筆コテカイもまた囚われの身となる。ヤマサンは光都を完全に制圧すると、衛兵に命じてこれを連れてこさせた。高き座にて微笑を浮かべて言うには、
「ご機嫌はいかがですか?」
後ろ手に縛られたコテカイは、幾分青ざめてはいたが毅然として答えて、
「良くはないでしょうね」
ヤマサンは大仰に驚いたふりをして、
「おやおや、それはいけません。私は貴女については優遇して差し上げたいのです。余の囚人よりも広い房をご用意いたしましょう。要るものがあれば何でもおっしゃってください。すぐに用立てて差し上げます」
「いえ、何も要りません。それよりこんな愚挙はすぐにお止めなさい」
「この状況でなおそんなことが言えるとは、ますます気に入りました」
つと立ち上がって近づくと、コテカイの細い顎に指を当てて、
「貴女は私のものとなるのです。隻眼傑がハーンとなった日には、その盟友たる私はきっと宰相となります。そうなれば富貴も権勢も思うがまま。逆らうのは賢明ではありませんよ」
コテカイはきっと睨みつけたまま黙っている。そこで言うには、
「どうです? 私の妻となって、ともに栄華を楽しんでは」
するとはっきりと答えて言った。
「お断りします。身分や富貴を使ってものを言うのは、大丈夫の為すことではありません。軽蔑することはあっても、心が靡くことはありません」
ヤマサンはにやにやと笑って指を放すと、
「ああ、怒った顔も実に美しい。そう言えるのも今のうちです。隻眼傑は必ずヒィを討ってハーンになります。そのときにまた改めてお伺いすることにしましょう」
そう言ってコテカイを下がらせたが、くどくどしい話は抜きにする。
光都を得たことを知って、シノンはおおいに喜んだ。ムライが言うには、
「ヤクマンの相国に早馬を送って、援軍を得ましょう。光都は中原と東原を繋ぐ関門、これで後顧の憂いはなくなりました」
「さすがは笑面獺、やることに遺漏がない。いよいよ北上してヒィを討とう」
退出したムライは、馬を飛ばして覚真導師に会うと言うには、
「光都が手に入った。お前のところにある客人を移送して、笑面獺に預けよ」
「はい」
早速あれこれと指図すれば、兵衆が一台の檻車を牽いてくる。その中にあったのは、何と消息を絶っていた鳳毛麟角ツジャン。ムライが中を覗き込めば、瞋恚を含んだ視線を向ける。言うには、
「このようなことをして無事にすむと思うな。テンゲリはすべて瞰ているぞ」
ムライはくっくっと笑って、
「吼えるな。天導教の道理では、お前らのテンゲリは偽りということになっておるのだぞ」
「……奸物め」
「さあ、連れていけ」
かくしてツジャンは光都の牢獄に移される。サルチンたちとは別のところに収監されたので、同じ囚人とはいえ誰も気づかなかった。
ムライたちは、そもそもシノンや天導教を警戒していたツジャンを、蜂起の障碍になるとて疎ましく思っていた。そこでサルチンからの急使を装ってオルドから引き離し、途上で襲って擒えたのである。おかげで存分に計画を進めることができたというわけ。
シノンはついに兵を北に向けた。三万騎の軍勢がエトゥゲンを揺るがす。また青袍教徒たちも陸続と北上する。
斥候の報告によってこれを知ったヒィも、やや南進して布陣、迎撃の態勢を整えた。