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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
594/783

第一四九回 ②

青袍の徒サトランを始めに一斉に蜂起し

南伯の兵オハザフに至りて互角に争闘す

 南伯の造反に対してすっかり(おく)れをとったヒィだったが、速やかにオルドを移したことについてはさすがと云うべきかもしれない。打つ手に迷って留まっていれば、瞬く間(トゥルバス)に討たれていただろう。


 しかし集めえた兵は、思いのほか(すく)なかった。サトラン軍はほぼ壊滅、タラント軍はすでに北原に渡っている。自ら(ひき)いるムヤン軍と、長者(バヤン)ワドチャのオラザ軍があるばかり。それもすべてではなく、青袍教徒の乱に投じたものもかなりあった。


 アケンカム軍はゴオルチュが(まと)めようと試みたが、将器に欠けるため思うようにならない。せめて司命娘子ショルコウがあれば違ったかもしれないが、今は北伯の(エメ)である。


 さらに前の族長(ノヤン)たるイドゥルドが南伯麾下の将として忽然と現れ、その人衆(ウルス)を誘ったためにいよいよ分裂する。


 何とか叛乱軍(ブルガ)に抗するべく二万騎を掻き集めたが、敵はシノン直属の兵だけで三万騎。これに膨大な数の青袍教徒が加わる。数の上ではとても及ばない。


 また敵地を冒して光都(ホアルン)に駆けたキセイも、虚しく帰るほかなかった。すでに笑面(だつ)ヤマサンが呼応してこれを占めていたからである。


 光都(ホアルン)の兵営には、伝師の一人が訪れて蜂起の(ウドゥル)を告げ、併せてシノンも挙兵することを伝えた。兵衆はおおいに喜び、勇躍(ブレドゥ)する。ヤマサンはしばし瞑目したが、やがて言うには、


「是非に及ばず。俺は幼きころ(バガ・ナス)よりシノンと(オロ)を同じくするもの。シノンがそうすると言うなら、(クチ)を尽くそう」


 すぐに兵衆の興奮を鎮めて、光都(ホアルン)占領の方策を練る。ヤマサンもまた混血児(カラ・ウナス)と覚真導師によって陥穽に落とされたのである。何となれば先にも述べたとおり、シノンが造反を決意したのは、青袍教徒が蜂起したあとだったからである。


 とはいえ、結局のところは同じ(アディル)こと。幼少よりの盟友(アンダ)である二人は、(ガル)を携えて神箭将(メルゲン)に挑戦する(モル)(えら)んだ。


 期日に至ると密かに兵を放って、城門(エウデン)と街道を押さえる。兵権の長たるヤマサンがすること、誰も疑うものはない。


 そうして楚腰公サルチンらが登庁するのを待って、あっと言う間に庁舎を封鎖すれば()く逃れるものもない。サルチンをはじめ光都(ホアルン)の政事を(つかさど)大商(サルタクチン)たちはことごとく幽閉されることになった。


 書記官(ビチクチ)たる嫋娜筆(じょうだひつ)コテカイもまた(とら)われの身となる。ヤマサンは光都(ホアルン)完全(ブドゥン)に制圧すると、衛兵(ケプテウル)に命じてこれを連れてこさせた。高き座(オンドゥル)にて微笑を浮かべて言うには、


ご機嫌はいかがですか(アマルハン・サイノー)?」


 後ろ手に縛られたコテカイは、幾分青ざめてはいたが毅然として答えて、


「良くはないでしょうね」


 ヤマサンは大仰に驚いたふりをして、


「おやおや、それはいけません。私は貴女については優遇して差し上げたいのです。余の囚人よりも広い房をご用意いたしましょう。要るものがあれば何でもおっしゃってください。すぐに用立てて差し上げます」


いえ(ブルウ)、何も要りません。それよりこんな愚挙はすぐにお止めなさい」


「この状況でなおそんなことが言えるとは、ますます気に入りました」


 つと立ち上がって近づくと、コテカイの細い(エリウン)(ホロー)を当てて、


「貴女は私のものとなるのです。隻眼傑(ソコル・クルゥド)がハーンとなった日には、その盟友(アンダ)たる私はきっと宰相となります。そうなれば富貴も権勢も思うがまま。逆らうのは賢明(ボクダ)ではありませんよ」


 コテカイはきっと睨みつけたまま黙っている。そこで言うには、


「どうです? 私の妻となって、ともに栄華を楽しんでは」


 するとはっきりと答えて言った。


「お断りします。身分や富貴を使ってものを言うのは、大丈夫(エレ)の為すことではありません。軽蔑することはあっても、(セトゲル)(なび)くことはありません」


 ヤマサンはにやにやと笑って指を放すと、


「ああ、怒った(ヌル)も実に美しい。そう言えるのも今のうちです。隻眼傑は必ずヒィを討ってハーンになります。そのときにまた改めてお伺いすることにしましょう」


 そう言ってコテカイを下がらせたが、くどくどしい話は抜きにする。




 光都(ホアルン)を得たことを知って、シノンはおおいに喜んだ。ムライが言うには、


「ヤクマンの相国(サンクオ)早馬(グユクチ)を送って、援軍(トゥサ)を得ましょう。光都(ホアルン)は中原と東原を繋ぐ関門(カアルガ)、これで後顧の憂いはなくなりました」


「さすがは笑面獺、やることに遺漏がない。いよいよ北上してヒィを討とう」


 退出したムライは、(アクタ)を飛ばして覚真導師に会うと言うには、


光都(ホアルン)が手に入った。お前のところにある客人(ヂョチ)を移送して、笑面獺に預けよ」


はい(ヂェー)


 早速あれこれと指図すれば、兵衆が一台の檻車を()いてくる。その中にあったのは、何と消息を絶っていた鳳毛麟角ツジャン。ムライが中を覗き込めば、瞋恚(しんい)を含んだ視線を向ける。言うには、


「このようなことをして無事にすむと思うな。テンゲリはすべて()ているぞ」


 ムライはくっくっと笑って、


()えるな。天導教の道理(ヨス)では、お前らのテンゲリは偽り(クダル)ということになっておるのだぞ」


「……奸物め」


「さあ、連れていけ」


 かくしてツジャンは光都(ホアルン)の牢獄に移される。サルチンたちとは別のところに収監されたので、同じ囚人とはいえ誰も気づかなかった。


 ムライたちは、そもそもシノンや天導教を警戒していたツジャンを、蜂起の障碍になるとて(うと)ましく思っていた。そこでサルチンからの急使を装ってオルドから引き離し、途上で襲って(とら)えたのである。おかげで存分に計画を進めることができたというわけ。


 シノンはついに兵を(ホイン)に向けた。三万騎の軍勢がエトゥゲンを揺るがす。また青袍教徒たちも陸続と北上する。


 斥候(カラウルスン)の報告によってこれを知ったヒィも、やや南進して布陣、迎撃の態勢を整えた。

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