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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
593/783

第一四九回 ①

青袍の徒サトランを始めに一斉に蜂起し

南伯の兵オハザフに至りて互角に争闘す

 神箭将(メルゲン)ヒィ・チノは、南伯に任じた隻眼傑(ソコル・クルゥド)シノンの上奏におおいに気分を害したが、それでも変わらずこれを信頼(イトゥゲルテン)していた。


 わけのわからぬことを言うのは単に誤解や偏見があるためで、中原に遊んで義君インジャやその黄金の僚友(アルタン・ネケル)と親しく交われば、すべて氷解すると考えていた。そこでとにもかくにもシノンを中原に()ろうとて勅使を送ったのである。


 混血児(カラ・ウナス)ムライが言うような「インジャと語らって、閣下を亡きものにせんとする奸計」などといったことは露ほども思わなかった。


 ヒィ・チノの誤謬(アルヂアス)は、シノンを信頼するあまり、なぜ彼がそのような考えを抱くに至ったかについて、深く考えなかったことにあった。


 鳳毛麟角ツジャンが健在であれば、南伯治下の牧地(ヌントゥグ)(ニドゥ)を光らせて、いずれムライの暗躍に気づいたかもしれぬ。


 シノンを(そそのか)してハーンの禁教令を無視、あまつさえ天導教を公認して援助(トゥサ)するなど、ツジャンが見逃すはずもない。しかし、いまだ消息不明なればどうにもならない。


 そしてついにムライは(ささや)いて言うには、


「古言には『先んずればすなわち人を制し、(おく)るればすなわち人の制するところとなる』と申しますぞ」


 この言葉(ウゲ)にシノンは激しく動揺する。


 また覚真導師をはじめ天導教のものは盛んに南伯を称揚して、東原の(エヂェン)たるよう説き続ける。中でもアケンカムを去って庇護されたイドゥルドは連日のように言うには、


「真のハーンたるシノン様が起てば、全土の青袍(フフ・デール)の徒が味方(イル)となります。さすれば現世(イュルトゥンツ)に楽土を築くこともできましょう」


 一方でムライは覚真導師と(はか)って伝師を各地に放ち、また営長には(ソオル)の準備を怠らぬよう戒めた。


 そしてついにサトラン氏の信徒が先陣を切って挙兵に及んだのである。つまりはすべて四頭豹の策に従ってムライが整えたこと。計画は周到かつ緻密に練られており、全土の信徒が(ウドゥル)を定めて次々と蜂起した。


 今や(はばか)ることなく青袍に身を包み、青い(トグ)を掲げて貴族たちを襲撃しては(ガル)を放ち、(モリ)家畜(アドオスン)を略奪する。(オキン)子ども(クウヘド)(さら)い、老人(ウブグン)を殺す。


 あとはシノンが(オロ)を決して叛旗を(ひるがえ)すばかり。兵馬はことごとく揃って(カラ)が下るのを待っている。


 オルドではサトランからの第一報を受けて対応を協議するうちにも、方々から救援を請う早馬(グユクチ)が殺到する。どうやら版図(ネウリド)の全域に(わた)って一斉蜂起の様相、さすがのヒィ・チノもすぐには手を打ちかねる。


 神行公(グユクチ)キセイに言うには、


「南伯に伝令。あれを中原になど()っているときではない。すぐに兵を興して叛徒(ブルガ)を討たしめよ」


 ヒィは、ここに至ってもなおシノンを(たの)みとしていた。かの英傑(クルゥド)才幹(アルガ)黒袍軍(ハラ・デゲレン)と称される精兵があれば、この前代未聞の危機(アヨール)もきっと越えられるはずであった。


 実際、シノンは青袍教徒が挙兵したことを知った当初はこれを静観する気でいた。ハーンに叛くことにはなお逡巡があり、また青袍の徒を討つことにも躊躇があった。しかしムライが言うには、


「すでにハーンは閣下が乱の首魁であると見定めております。もはや留まることはできません。()って戦うか、座して死ぬか、ふたつにひとつです」


「……であるか」


 果たしてキセイは間に合わなかった。シノンは反ハーンの旗幟を鮮明にして檄文を発し、天導教を奉じて東原を解放することを宣言してしまったのである。


 黒袍軍を中核(ヂュルケン)として糾合した兵力は三万騎。これに各地で決起した人衆(ウルス)を併せれば、数万からあわや十万にも達しようかという大軍勢となった。


 道中でこれを知ったキセイはあわてて馬首を(めぐ)らし、オルドへ駆け戻る。南伯造反を報せれば、ヒィは思わず立ち上がって、


「それは(ウネン)か!」


はい(ヂェー)! 三万騎をもってイルシュ平原に展開、楚腰道を断って北上の機会(チャク)を窺っているようでございます」


「信じられぬ。まさか南伯が……」


「一刻の猶予もなりませぬ。早急にご指示を!」


 ヒィは数瞬、(タルヒ)を巡らせると、


「叛徒の用意は万全。先んじられた以上、このままでは戦えぬ。オルドを一旦、北方に退避する。諸方に伝令。できるかぎりの兵を集めて合流(ベルチル)せよ」


 約会(ボルヂャル)(ガヂャル)にはタラントの西北、ズイエ(ムレン)に臨む名もなき平原(タル・ノタグ)とした。いざとなれば(ムレン)を押し渡って北伯ケルンと兵を併せることも視野に入れる。


 またインジャの代官(ダルガチ)としてあった金写駱(アルタン・テメエン)カナッサを、すぐに中原に返して急を報せる。雷霆子(アヤンガ)オノチは留まって助力(トゥサ)する。


 ヒィは移動(ヌーフ)の指揮を()りながら、次々と指令を出す。


「今日よりシノンの南伯の任を解いて『部族(ヤスタン)(ブルガ)』とする旨、広く知らしめよ。これを援けるものは必ず罰する。光都(ホアルン)の楚腰公にも早馬を出せ」


 準備の整ったものから(ホイン)を指して発つ。規律も秩序もなく、とにかく迅速(クルドゥン)が優先される。「(おく)るればすなわち人の制するところとなる」とはまさにこのこと。

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