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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
590/783

第一四八回 ②

ヒィ青袍を禁じて北原に兵禍を招き

シノン讒謗(ざんぼう)を試みて河西に奸謀を疑う

 ついにヒィ・チノに叛して挙兵するものが現れた。


 最初に蜂起したのは北原の蕃王の一人で、名をザシンと云う。あえてカーンの(ツォル)を採り、自らを「悟天将軍」と称する。また盟友(アンダ)のチャクバルを誘い、こちらは「護教将軍」を名乗る。


 もちろんともに青袍(フフ・デール)の徒。おおいにヒィ・チノ・ハーンの非を鳴らし、北伯打倒を唱える。


 燎原の(ガル)が広がるがごとく、みるみる膨れ上がって北原を蹂躙する。これは四散していたセペート部の遺民が加わったためである。元来両者は必ずしも友誼(ナイラムダル)ある関係ではなかったが、天導教を介して結びついたもの。


 北伯たる金杭星(アルタン・ガダス)ケルン・カンは、オルドへ早馬(グユクチ)を送って報せるとともに、速やかに討伐の軍を興した。傍ら(デルゲ)にはもちろん司命娘子ショルコウがあったが、実弟(デウ)イドゥルドの失態(アルヂアス)(セトゲル)を痛めており、やや精彩を欠く。


 ともかく急を告げられたヒィは、小金剛モゲトに救援を命じる。タラント軍はズイエ(ムレン)を押し渡って北原に攻め入った。


 これがいわゆる「東原動乱」の端緒となった。この時点ではあれほどの大乱になると予測(ヂョン)したものはほとんどなかったが、詳細については縷々(るる)述べることにする。


 ケルンとモゲトは合流(ベルチル)して、ともに叛徒(ブルガ)に当たる。幾度か戦う(アヤラクイ)うちに、両将は激しい違和を感じる。


 用兵よろしきを得て敵の戦列(ヂェルゲ)打ち砕き(エムブルー)、そろそろ潰走(オロア)に転じるだろうというころになっても、敵人(ダイスンクン)は一向に退かない。


 (ニドゥ)をぎらぎら光らせながら執拗に(あらが)う。(ノロウ)を向けるどころか、進んで死地に身を投じて()まない。おかげで大勢が決してなお力戦を()いられる。


 そもそも草原(ケエル)の兵は、逃げること自体は恥としていない。利あらずと見れば、騎馬の快足を活かしてたちまち離脱(アンギダ)する。兵力を温存して機会(チャク)を待つのである。


 よってケルンもモゲトも、このような敵に遭ったことがほとんどない。斬っても斬っても最後の一兵まで向かってくる異様さに、おおいに辟易(へきえき)して次第に恐ろしくなってくる。モゲトがショルコウに言うには、


「いったいあれは何なんだ。狂人(ガルゾウ)の群れか。たしかにハーンは『根絶やし(ムクリ・ムスクリ)にせよ』とおっしゃったが、このままではまことに殺し尽くさねば終わらぬぞ」


「そんな(ソオル)を続けていては、たとえ勝っても損失は計り知れないわ。死をも恐れぬとはよく云うけれど、さすがに常軌を逸している」


 ケルンが難しい(ヌル)で、


「死を恐れないどころの話じゃない。むしろ喜んで死のうとしているようだ。気味が悪いったらない」


 首を捻りながらも、襲いくる敵と戦い続けるほかない。


 幸いにしてザシンもチャクバルも勇猛ではあったが、その用兵は拙劣だった。またその兵衆は戦意は旺盛でも練度が劣っていた。とはいえ、ケルンもモゲトも、疲弊と恐怖を訴える兵衆を叱咤しながらの転戦を余儀なくされる。




 北原での戦況が一進一退している間に(ハバル)になる。ところが猛烈な寒波に襲われ、家畜(アドオスン)人衆(ウルス)も次々と(たお)れる。例年になく厳しい春であった。


 天導教の覚真導師はますます勢いづいて、


「真天王が偽り(クダル)の王を責めているぞ。正法(ヂャサ)を行わぬからだ。今すぐ悔い改めて正法(ヂャサ)に帰せ!」


 そう説いて人衆を煽動する。


 オルドでは鳳毛麟角ツジャンがこれを憂えて、困窮する人衆に対する施し(オグリゲ)を進言する。損害の大きかったものは奉呈(オルゴフ)するべき家畜を免除、かつハーンの持てる家畜を賜与することにする。


 また光都(ホアルン)の楚腰公サルチンと連携して、糧食(イヂェ)袍衣(デール)を納めさせることにした。神行公(グユクチ)キセイを走らせれば、瞬く間(トゥルバス)に快諾の返答を得て帰ってくる。


 と、それから数日して、やはりサルチンから急使が送られてくる。ツジャンが(いぶか)しく思いながら会ってみると、


「楚腰公様が内密(ニウチャ)(はか)りたいことがあるとのこと。至急、光都(ホアルン)へお越しください」


「どういった話だ。先に(たの)んだ件か」


はい(ヂェー)。それもありますが、さらなる大事を抱えていらっしゃるご様子。余人を交えることなく直に諮らねばならぬと仰せでした」


 さては青袍教が光都(ホアルン)でも騒動を始めたか、それとも南伯に関することか、もしやヤクマン軍が対岸に現れたか。ざっと思案を巡らせたが、たしかに一度会って話すべきことに事欠かない。


承知(ヂェー)。すぐに参ろう」


 急いで準備を整えて、あれこれと後事を人に託す。オルドにてヒィに(まみ)えると、


「楚腰公に会ってまいります。世事多端のときだからこそ、しかと意志(オロ)を通わせておかねばなりません。すぐに戻りますが、何かございましたら鉄面牌(テムル・フズル)長者(バヤン)にお尋ねください」


うむ(ヂェー)、楚腰公によろしく伝えてくれ」


 あっさりと送りだす。このことをヒィ・チノはおおいに悔やむことになる。なぜなら、それっきりツジャンの姿(カラア)は、ふっつりと消えて(ブレルテレ)しまったからである。


 待てど暮らせど帰ってこないのを怪しんで光都(ホアルン)にキセイを()ってみれば、あわてて帰ってきて言うには、


「鳳毛麟角は光都(ホアルン)に現れておりません。それどころか、楚腰公はそんな使者は出していないとのことですぞ!」


「何だと……?」


 青ざめて方々を捜させたが、踏跡(カウルガ)さえ見つからない。果たしてツジャンがどうなったかは、いずれ判ることゆえ今は述べない。

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