第一 五回 ③ <マルナテク・ギィ登場>
ゴロ闇夜に襲われ転じて野盗と成り
アンチャイ好漢に救われ俱に獅子に見ゆ
かくしてジュドとゴロは、アンチャイをマシゲル部へと送っていくことになったが、道中は格別のこともなく目指すアイルに着いた。案の定、アイルは出陣の準備に追われていた。
そこに花嫁が現れたと報せを受けて、ギィが飛び出してきた。ジュドは馬を降りて平伏する。ゴロはにやりと笑ってその後ろに隠れ、同じく平伏する。
「どういうことだ!」
ギィが詰問する。その人となりはといえば、
身の丈七尺半、年のころは二十歳、角面の中央に鼻梁はすらりと通り、双眸には煌々と清新の気を宿している。所作は溌剌として威風辺りを払い、すでに英主聖王の風格を備えた偉丈夫。内外の人衆はこれを尊んで「獅子」と呼ぶ。
答えてジュドが平身低頭、
「ははっ、それがしの愚かな手下が貴家の嫁とも知らずベルダイの息女を攫ってしまったと知って、恐懼して馳せ参じた次第。大王に逆らう意は毛頭なく、ただ過ちを謝するのみにございまする」
ギィは眉間にすっと皺を寄せて、
「お前の名は」
「はっ、それがしは草原でしがない野盗をしておりますジュドと申します」
「嫁は?」
「はっ、車の中に。それはそうと、これはその愚かな手下の首でございます。どうぞこれにてお恕しを」
それには一瞥をくれただけで、ジュドを睨みつけると、
「嫁に手をかけてはいないだろうな」
「め、め、滅相もありません! 丁重に、丁重にお連れ申し上げました」
「嫁を見る」
そう言って馬車に近づく。帳を掲げて中を覗くと、もちろんアンチャイが端座している。ギィは、そのあまりの美しさにあっと叫んだきり、しばし我を忘れる。
「どうした、嫁があまりに美しいんで驚いたか」
不意にかけられた声に驚いて振り返れば、眼前に旧知のゴロが立っている。またまたギィは言葉を失う。
「義兄弟の顔を忘れたか。神都のゴロ・セチェンだ」
「お、おお!」
ギィはただでさえ大きな眼をさらに見開いて、
「なぜここに、いや、どうしてだ? ゴロ、いつの間に、お前は……」
驚きが嵩じて意味不明な言葉を羅列する。ジュドも何が起きているか呑み込めないでいる。ゴロはくっくっと笑いながら言い放った。
「首領、これが先に話したマシゲル部のマルナテク・ギィです。そして、このゴロ・セチェンの義兄弟だ!」
ジュドはわっと叫ぶと跳び退って、さらに頭を低くしてひれ伏す。
「そうとは知らずご無礼いたしました! ゴロ様がかくもたいしたお方とは存じませんでした。これまでの非礼の数々、何とぞ、何とぞご容赦をぉぉ!」
さすがのゴロも、薬を効かせすぎたかとあわててこれを助け起こす。もともとは斬り捨てて後顧の憂いを断つつもりだったが、平身低頭必死に謝っているのを見て、これを哀れんだのである。
ギィだけがやはりさっぱりわけがわからない。そこで笑いながらここに至るまでの経緯を詳しく語れば、ただ嘆息するばかり。
それはさておき花嫁が到着したとあらばお決まりの宴、居合わせたものみなこれに誘う。ジュドは辞することしきりであったが、ゴロに促されて漸く席に連なることにした。
かくして、美しい嫁を歓迎するのとギィと旧友の再会を祝うのとで盛大な宴が催された。ギィは上機嫌で言った。
「アンチャイは幸福の神だ。ゴロと私を引き合わせてくれた」
隣席のアンチャイは紅い頬をさらに染めて、
「私はゴロ殿に助けられただけです。幸福の神などとんでもない」
「ははは、しかしジュドのおかげで新妻を略奪する手間が省けた」
というのは、草原の婚礼の儀式のひとつで、婿になるものは嫁になる娘を略奪する慣習があったからである。これについてはまた機会があれば詳しく述べるかもしれない。
ともかくジュドが一層身を縮めたことは言うまでもない。ゴロはそれを見て大笑い。神都を逃れてひと月、初めて心を許して飲む酒であった。
ひと安心したところで、またヒスワへの怒りが湧き上がる。それとともにトシロルらにきちんと返礼しなければならないことを思い出した。二、三日経って落ち着いたところでギィに諮って、神都に使者を出すことにした。
「それなら信の置ける従臣を貸そう。書簡はどうする?」
「書簡は懲りた。口頭で嘱む」
「そうだな。もとより『草原の民は言葉で、中華の民は文字で』と謂う」
そう言って笑うと従臣を呼んだので、伝言を託して送り出す。それを見送ってしまうと、ギィは憤りを込めて言った。
「しかしそのハツチとやら、君をこのような境遇に陥れるとは腹の立つ奴だ。いったいどういうつもりだったのか」
「いや。おそらくあいつは律儀だから、礼でも書いて寄越したのだろう。それを奸夫に利用されたのさ」
「何にせよ余計なことをした」
「いずれたっぷり抗議してやるさ」