表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻一
59/783

第一 五回 ③ <マルナテク・ギィ登場>

ゴロ闇夜に襲われ転じて野盗と成り

アンチャイ好漢に救われ(とも)に獅子に(まみ)

 かくしてジュドとゴロは、アンチャイをマシゲル部へと送っていくことになったが、道中は格別のこともなく目指すアイルに着いた。案の定、アイルは出陣の準備に追われていた。


 そこに花嫁(オキ)が現れたと報せを受けて、ギィが飛び出してきた。ジュドは(アクタ)を降りて平伏する。ゴロはにやりと笑ってその後ろに隠れ、同じく平伏する。


「どういうことだ!」


 ギィが詰問する。その人となりはといえば、


 身の丈七尺半、年のころは二十歳、角面の中央(オルゴル)鼻梁(ハマル)はすらりと通り、双眸(ニドゥ)には煌々と清新の気を宿している。所作は溌剌(はつらつ)として威風辺りを払い、すでに英主聖王の風格を備えた偉丈夫(エレ)。内外の人衆(ウルス)はこれを尊んで「獅子(アルスラン)」と呼ぶ。


 答えてジュドが平身低頭、


「ははっ、それがしの愚かな手下が貴家の嫁とも知らずベルダイの息女を(さら)ってしまったと知って、恐懼して馳せ参じた次第。大王(ダヤン・ハン)に逆らう(オロ)は毛頭なく、ただ過ち(アルヂアス)を謝するのみにございまする」


 ギィは眉間にすっと皺を寄せて、


「お前の名は」


はっ(ヂェー)、それがしは草原(ケエル)でしがない野盗(ヂェテ)をしておりますジュドと申します」


「嫁は?」


はっ(ヂェー)(テルゲン)の中に。それはそうと、これはその愚かな手下の首でございます。どうぞこれにてお(ゆる)しを」


 それには一瞥をくれただけで、ジュドを睨みつけると、


「嫁に(ガル)をかけてはいないだろうな」


「め、め、滅相もありません! 丁重に、丁重にお連れ申し上げました」


「嫁を見る」


 そう言って馬車に近づく。(とばり)を掲げて中を覗くと、もちろんアンチャイが端座している。ギィは、そのあまりの美しさにあっと叫んだきり、しばし我を忘れる。


「どうした、嫁があまりに美しいんで驚いたか」


 不意にかけられた(ダウン)に驚いて振り返れば、眼前に旧知のゴロが立っている。またまたギィは言葉(ウゲ)を失う。


「義兄弟の(ヌル)を忘れたか。神都(カムトタオ)のゴロ・セチェンだ」


「お、おお!」


 ギィはただでさえ大きな(ニドゥ)をさらに見開いて、


「なぜここに、いや(ブルウ)、どうしてだ? ゴロ、いつの間に、お前は……」


 驚きが(こう)じて意味不明な言葉を羅列する。ジュドも何が起きているか呑み込めないでいる。ゴロはくっくっと笑いながら言い放った。


「首領、これが先に話したマシゲル部のマルナテク・ギィです。そして、このゴロ・セチェンの義兄弟だ!」


 ジュドはわっと叫ぶと跳び退(すさ)って、さらに(テリウ)を低くしてひれ伏す。


「そうとは知らずご無礼いたしました! ゴロ様がかくもたいしたお方とは存じませんでした。これまでの非礼(ヨスグイ)の数々、何とぞ、何とぞご容赦をぉぉ!」


 さすがのゴロも、(エム)を効かせすぎたかとあわててこれを助け起こす。もともとは斬り捨てて後顧の憂いを断つつもりだったが、平身低頭必死に謝っているのを見て、これを哀れんだのである。


 ギィだけがやはりさっぱりわけがわからない。そこで笑いながらここに至るまでの経緯(ヨス)を詳しく語れば、ただ嘆息するばかり。


 それはさておき花嫁が到着したとあらばお決まりの宴、居合わせたものみなこれに誘う。ジュドは辞することしきりであったが、ゴロに促されて(ようや)く席に連なることにした。


 かくして、美しい嫁を歓迎するのとギィと旧友の再会を祝うのとで盛大な宴が催された。ギィは上機嫌で言った。


「アンチャイは幸福(クトゥグ)(ヒーモリ)だ。ゴロと私を引き合わせてくれた」


 隣席のアンチャイは紅い頬(フラアン・ハツァル)をさらに染めて、


「私はゴロ殿に助けられただけです。幸福の神などとんでもない」


「ははは、しかしジュドのおかげで新妻を略奪する手間が(はぶ)けた」


 というのは、草原の婚礼(ホリム)の儀式のひとつで、婿になるものは嫁になる娘を略奪する慣習(デグ・ヨス)があったからである。これについてはまた機会があれば詳しく述べるかもしれない。


 ともかくジュドが一層身を縮めたことは言うまでもない。ゴロはそれを見て大笑い。神都(カムトタオ)を逃れてひと月、初めて(セトゲル)を許して飲む(ボロ・ダラスン)であった。


 ひと安心したところで、またヒスワへの怒り(アウルラアス)が湧き上がる。それとともにトシロルらにきちんと返礼(カリラ)しなければならないことを思い出した。二、三日経って落ち着いたところでギィに(はか)って、神都(カムトタオ)に使者を出すことにした。


「それなら信の置ける従臣(コトチン)を貸そう。書簡はどうする?」


「書簡は懲りた。口頭で(たの)む」


「そうだな。もとより『草原(ミノウル)の民は言葉(ウゲ)で、中華(キタド)の民は文字(ウセグ)で』と謂う」


 そう言って笑うと従臣を呼んだので、伝言を託して送り出す。それを見送ってしまうと、ギィは(いきどお)りを込めて言った。


「しかしそのハツチとやら、君をこのような境遇に(おとしい)れるとは腹の立つ奴だ。いったいどういうつもりだったのか」


いや(ブルウ)。おそらくあいつは律儀(ツェゲン・セトゲル)だから、礼でも書いて寄越したのだろう。それを奸夫に利用されたのさ」


「何にせよ余計なことをした」


「いずれたっぷり抗議してやるさ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ