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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
584/783

第一四六回 ④

青袍の徒シノンを称揚して裔孫と(あが)

西原の相インジャに謙譲して国名を改む

 ジョルチとナルモントの会盟の(ガヂャル)に選ばれたのは、北道(ホイン・モル)のほぼ中央(オルゴル)に当たるオンゴド・アウラ(※精霊の山の意)平原。


 神箭将(メルゲン)ヒィ・チノが伴ったのは、鉄面牌(テムル・フズル)ヘカト、一丈姐(オルトゥ・オキン)カノン、司命娘子ショルコウ、長者(バヤン)ワドチャ、白夜叉ミヒチ、神行公(グユクチ)キセイ、小金剛モゲト、病大牛ゾンゲル、そして金杭星(アルタン・ガダス)ケルン・カンの九名である。


 鳳毛麟角ツジャンと隻眼傑(ソコル・クルゥド)シノン、それから光都(ホアルン)の楚腰公サルチンは留守(アウルグ)を託される。


 義君インジャに(したが)ったのは、胆斗公(スルステイ)ナオル、超世傑ムジカ、獅子(アルスラン)ギィ、通天君王マタージ、百策花セイネン、鉄鞭(テムル・タショウル)アネク・ハトン、癲叫子ドクト、雷霆子(アヤンガ)オノチ、飛生鼠ジュゾウ、赫大虫ハリン、奔雷矩(ほんらいく)オンヌクド、金写駱(アルタン・テメエン)カナッサ、飛天熊ノイエン、神餐手アスクワ、そして黒曜姫シャイカの十五名。


 余の好漢(エレ)たちもみな名高きヒィ・チノ・ハーンに会いたがったが、泣く泣くあとに残る。


 さらにインジャの下には二人の女傑が在った。誰あろう、クル・ジョルチの王大母ガラコと賢婀嬌(けんあきょう)モルテである。


 前年に黥大夫(げいたいふ)カンバル、靖難将軍イトゥクが中原を訪れていたが、今夏は断事官(ヂャルグチ)ガラコ自らやってきたことになる。これは単なる表敬ではない。部族(ヤスタン)の大事を告げるべく来たのである。


 北原に発つ少し前のこと、ガラコはインジャに(まみ)えて、ひととおり挨拶を交わすと言うには、


「我が部族(ヤスタン)は、ジョルチ部との友好(ナイラムダル)恒久(モンケ)のものとなることを望んでおります。そこでクル・ジョルチの呼称を(はばか)って、これを改めることにいたしました」


 インジャはおおいに驚く。モルテが莞爾と微笑んで言うには、


「そもそもクル・ジョルチとは、ジョルチに対抗して付けられた名称で、その意は『(おお)いジョルチ』です。今やかつての同族として睦み合おうと云うのに、百年前の確執の下で生まれた名に(こだわ)るのは愚かしいことと言わねばなりません」


 ガラコが呵々と笑って、


「というわけで今後は『ボギノ・ジョルチ』を(ウルス)の名といたします」


 インジャは(ニドゥ)(みは)る。何となれば、ボギノ・ジョルチとはすなわち、「短いジョルチ」の意。モルテが()べて言うには、


「我が部族(ヤスタン)は、百年前にジョルチから分かれて興ったもの。すなわちその歴史は浅く、人衆(ウルス)に恩沢を施した時日も『短い(ボギノ)』と言わざるをえません。とはいえ百年も経てば『新しい(シネ)』とは言えません。なのでボギノ・ジョルチとなった次第です」


 これを聞いたインジャは大きく頷くと、


「実に謙譲の(セトゲル)に溢れた美称。その名を聞いただけで部族(ヤスタン)が新生したこと明らかである。我らは同じ幹から分かれた左右の枝葉、これからも(ガル)を携えて草原(ミノウル)平和(ヘンケ)のために道を行おうぞ」


 言えば、ガラコとモルテは三拝して言葉(ウゲ)のとおりにすることを誓った。以後、二人は歓待を受けていたが、インジャ(みずか)らこれを誘って連れてきたのである。


 さていよいよ約会(ボルヂャル)(ウドゥル)。前日には両軍とも無事に到着してそれぞれ(トイ)を張り、使者を送り合って会盟に備える。


 明けて当日はテンゲリの恵みか、爽やかな涼風がそよぎ、何とも心地好い朝を迎える。双方の好漢は心躍らせながら、中央に張られた幕舎(チャチル)へと(フル)を運ぶ。


 近づけば得も言われぬよい香りが漂う。それはアスクワが暗いうちから仕込みはじめた料理(シュース)のもの。みな(シルスン)をごくりと呑んで、期待に(オモリウド)を膨らませる。


 このたびの会盟は、ヒィ・チノの希望により仰々しい儀式はことごとく(はぶ)き、席を連ねて酒食をともにしながらあれこれ諮ることになっていた。


 本来ジョルチ部は、どちらかといえば荘重な礼を好む傾向がある。多くは獬豸(かいち)軍師サノウの意向(オロ)によるものだったが、そのサノウは南征失敗の責を負って下野したきり、行方は(よう)として知れない。


 ともかくヒィ・チノの提案を(こば)む理由は何もなかった。となれば名分はともかく、やることはいつものお決まりの宴と同じである。


 西側の席にはインジャを筆頭に中原の諸将が、東側の席にはヒィ・チノをはじめとした東原の諸将が座った。北側にはテンゲリに捧げる祭壇が据えられている。


 インジャはヒィ・チノと相対するや、初めて会うはずなのになぜか無性に懐かしく思う(ドウラ)が込み上げてきて言うには、


「ああ、ついにお会いすることができましたね。ジョルチのインジャです。今日は、いえ(ブルウ)、以後末永くよろしくお願いします」


 一方のヒィ・チノはといえば、話しかけられてその目を見た瞬間(トゥルバス)に、頭頂から尾骨にかけて雷霆(アヤンガ)が突き抜けたような衝撃を覚えて、思わず腰を浮かす。隣席(サーハルト)のヘカトが驚いて目を()る。


「あっ……」


 何となくそのまま立ち上がると、揖拝(ゆうはい)して言うには、


「ナルモントのヒィ・チノです。お初にお目にかかります。かねがね義君の高名(ネルテイ)は聞き及んでおり、お会いしたいと念じておりました。こちらこそよろしくお願い申し上げます」


 ゆっくりと着座したが、その間も視線はインジャから離れない。目瞬き(ヒルメス)も忘れてまじまじと見つめる。


 シャイカが女官(チェルビ・オキン)を率いて、(ボロ・ダラスン)を注いで回る。またアスクワの指揮する一隊は、次々と料理を運び入れる。卓上が酒食で満ちるとインジャが杯を掲げて、


「では、両部族(ヤスタン)の友好を祈念して」


 乾杯を告げれば、あとはおおいに飲んで、おおいに食す。もとよりテンゲリの定めた宿星(オド)の集い、一語を交わすごとに(オロ)は通じ、流觴飛杯(りゅうしょうひはい)して()むことがない。まさに英傑(クルゥド)は英傑を知り、好漢は好漢を()るといったところ。


 かくして飛虎は改めて神占の言に想いを致し、天将たる宿運(ヂヤー)について熟慮することになるわけだが、このことによって黒羽の翼を失おうとは、まことにテンゲリの配剤は測りがたきもの。果たしてヒィ・チノを待ち受けるのはいかなる運命か。それは次回で。

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