第一四五回 ③
インジャ東西に友誼を求めて公道を通じ
ドルベン南北に奸計を策して謀臣を派す
そのころ、ついにウリャンハタの北伐が完了(注1)した。クル・ジョルチ部の政事を壟断していた上卿会議は打倒され、ハヤスン・カンは新たに王大母ガラコを断事官に任じた。これによって部族の面目は一新される。
援軍として一年余り西原に遠征していた胆斗公ナオルらも、漸く帰還して復命する。これを迎えた好漢たちは、快哉を叫んで壮挙を称えた。
クル・ジョルチからやってきた黥大夫カンバルと靖難将軍イトゥクは、盛大に歓待された。インジャは親しくこれに声をかけて、回天の成就を祝した。二人は感激して幾度となく拝謝する。
カンバルたちは、数日間をジョルチン・ハーンの黄金の僚友と交歓して過ごした。綺羅星のごとき陣容におおいに感嘆し、また満足して西原に帰る。
インジャはこれに美髯公ハツチを伴わせて、会盟(注2)のときに約した駅站の敷設を担わせる。これによってますますジョルチ、ウリャンハタとの結びつきが深まるはずである。
ハツチは渡河すると、まずは衛天王カントゥカに見えて北伐の成功を寿いだ。そして自身の任務について告げれば、カントゥカは頷いて言った。
「西原もやっと安寧を得ることができた。これを機に駅站を版図の全域に拡げたい。お前の力を借りてよいか」
というのも、西原においてはイシとカムタイを結ぶ道があるばかりで、そのほかの地については、いまだ整備の途上だったからである。
もちろんハツチは勇躍して快諾する。これを受けて、地理に明るい知世郎タクカ、双城間の道を整えた実績のある銀算盤チャオ、実務に長けた瑞典官イェシノルの三名が担当に任命された。
ハツチはおおいに喜んで、早速クル・ジョルチも含めた西原全域の駅站網について討議を始めたが、くどくどしい話は抜きにする。
こうしてクル・ジョルチ部の回天はインジャに強力な味方を生むことになったが、実は四頭豹のもとにも密かに新たな人材を加えていた。
誰あろう、ムライ・セクルである。すなわち混血児の異名を持つ件の策士。タイクン氏を離れ、シュガク氏のデゲイの下を去り、その後どこをどう巡ったか、俄かに中原に姿を現したのであった。
これを引見した四頭豹は、瞬く間にこの男を気に入って、
「ちょうどお前のようなものを探していたのだ。きっとテンゲリが遣わしたに違いない」
そう言っておおいに喜んだ。ムライは拝礼して言うには、
「身に余る光栄、鞠躬(注3)して相国のために尽くしましょう。私のようなものを探していたとおっしゃいましたが、何をすればよろしいのですか」
「ふふ、話が早いな。まあ、急ぐな。お前は東原についてはあまり知らぬだろう」
「はい。何せクル・ジョルチからは数千里を隔てておりますゆえ。風の噂では、神箭将なる英傑が旭日の勢いで東原を席巻しているとか。しかしそれ以上のことは何も」
卑下することもなく正直に答えれば、これも四頭豹の心に適ったらしく、
「よろしい。知らぬことを知らぬと言うのもまたセチェンの証。実に良い」
ますます上機嫌。さらに言うには、
「お前には東原ではたらいてもらいたい。敵を謀るには、まず敵を知らねばならぬ。私が細かに教えてやろう。そのあとで我が計策を授ける。以後、何をどうするかはお前に委せる」
ムライは望外の信頼を寄せられて思わず平伏すると、
「ありがたきお言葉。身命を賭して相国の計策を成就せしめましょう」
「まったくよいときに来た。さもなくんば私が自ら行かねばならぬと思っていたところだ」
これには驚いて、
「相国が自ら?」
「然り。実は先に一人東原に送ったのだがな。そのものも多少は知恵が回るが、大計を託すにはやや心許ない。その点、お前は良い」
「ありがとうございます」
もちろん四頭豹が言うのは小スイシのこと。思うに彼だったら、知らぬことも己を飾って知っているように装っただろう。しかしそういう姑息な心性は大計を成すには向かない。必ず糊塗した綻びから、ことは破れるものである。
ともかくムライは、毎夜四頭豹とあれこれと話し込んだがこの話もここまで。
そうこうするうちに冬が近づく。群雄たちもそれぞれ家畜を追って冬営地に移動する。俗に「夏は集めて、冬は食べる」と謂うとおり、じっと逼塞して春の到来を待つばかり。
しかし「草原の民はすることがなければ剣を研ぐ」とも謂う。すなわち春を迎えてすぐに動けるように、謀略や諜報が盛んに行われるのもまた冬なのである。
(注1)【北伐が完了】第一三四回②、第一三四回③参照。
(注2)【会盟】第一三三回④参照。
(注3)【鞠躬】身を屈めて畏れ慎むこと。懸命に務めに励むこと。