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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
579/783

第一四五回 ③

インジャ東西に友誼を求めて公道を通じ

ドルベン南北に奸計を策して謀臣を派す

 そのころ、ついにウリャンハタの北伐が完了(注1)した。クル・ジョルチ部の政事を壟断(ろうだん)していた上卿会議は打倒され、ハヤスン・カンは新たに王大母ガラコを断事官(ヂャルグチ)に任じた。これによって部族(ヤスタン)の面目は一新される。


 援軍として一年余り西原に遠征していた胆斗公(スルステイ)ナオルらも、(ようや)く帰還して復命する。これを迎えた好漢(エレ)たちは、快哉を叫んで壮挙を(たた)えた。


 クル・ジョルチからやってきた黥大夫(げいたいふ)カンバルと靖難将軍イトゥクは、盛大に歓待された。インジャは親しくこれに(ダウン)をかけて、回天の成就を祝した。二人は感激して幾度となく拝謝する。


 カンバルたちは、数日間をジョルチン・ハーンの黄金の僚友(アルタン・ネケル)と交歓して過ごした。綺羅(オド)のごとき陣容におおいに感嘆し、また満足して西原に帰る。


 インジャはこれに美髯公(ゴア・サハル)ハツチを伴わせて、会盟(注2)のときに約した駅站(ヂャム)の敷設を担わせる。これによってますますジョルチ、ウリャンハタとの結びつき(ヂャンギ)が深まるはずである。


 ハツチは渡河すると、まずは衛天王カントゥカに(まみ)えて北伐の成功を寿(ことほ)いだ。そして自身の任務(アルバ)について告げれば、カントゥカは頷いて言った。


「西原もやっと安寧(オルグ)を得ることができた。これを(チャク)駅站(ヂャム)版図(ネウリド)の全域に拡げたい。お前の(クチ)を借りてよいか」


 というのも、西原においてはイシとカムタイを結ぶ(モル)があるばかりで、そのほかの(ガヂャル)については、いまだ整備の途上だったからである。


 もちろんハツチは勇躍(ブレドゥ)して快諾する。これを受けて、地理に明るい知世郎タクカ、双城間の道を整えた実績のある銀算盤チャオ、実務に()けた瑞典官イェシノルの三名が担当に任命された。


 ハツチはおおいに喜んで、早速クル・ジョルチも含めた西原全域の駅站(ヂャム)網について討議を始めたが、くどくどしい話は抜きにする。




 こうしてクル・ジョルチ部の回天はインジャに強力な味方(イル)を生むことになったが、実は四頭豹のもとにも密かに新たな人材を加えていた。


 誰あろう、ムライ・セクルである。すなわち混血児(カラ・ウナス)の異名を持つ(くだん)の策士。タイクン氏を離れ、シュガク氏のデゲイの下を去り、その後どこをどう巡ったか、俄かに中原に姿(カラア)を現したのであった。


 これを引見した四頭豹は、瞬く間(トゥルバス)にこの男を気に入って、


「ちょうどお前のようなものを探していたのだ。きっとテンゲリが(つか)わしたに違いない」


 そう言っておおいに喜んだ。ムライは拝礼して言うには、


「身に余る光栄、鞠躬(きくきゅう)(注3)して相国(サンクオ)のために尽くしましょう。私のようなものを探していたとおっしゃいましたが、何をすればよろしいのですか」


「ふふ、話が早いな。まあ、急ぐな。お前は東原についてはあまり知らぬだろう」


はい(ヂェー)。何せクル・ジョルチからは数千里を(へだ)てておりますゆえ。(サルヒ)の噂では、神箭将(メルゲン)なる英傑(クルゥド)が旭日の勢いで東原を席巻(せっけん)しているとか。しかしそれ以上のことは何も」


 卑下することもなく正直(ツェゲン・セトゲル)に答えれば、これも四頭豹の(オロ)(かな)ったらしく、


よろしい(サイン)。知らぬことを知らぬと言うのもまたセチェンの(あかし)。実に良い」


 ますます上機嫌。さらに言うには、


「お前には東原ではたらいてもらいたい。(ブルガ)を謀るには、まず敵を知らねばならぬ。私が細かに教えてやろう。そのあとで我が計策を授ける。以後、何をどうするかはお前に(まか)せる」


 ムライは望外の信頼(イトゥゲルテン)を寄せられて思わず平伏すると、


「ありがたきお言葉(ウゲ)。身命を賭して相国(サンクオ)の計策を成就せしめましょう」


「まったくよいときに来た。さもなくんば私が自ら行かねばならぬと思っていたところだ」


 これには驚いて、


相国(サンクオ)が自ら?」


然り(ヂェー)。実は先に一人東原に送ったのだがな。そのものも多少は知恵が回るが、大計を託すにはやや心許(こころもと)ない。その点、お前は良い」


ありがとうございます(バヤルララ)


 もちろん四頭豹が言うのは小スイシのこと。思うに彼だったら、知らぬことも己を飾って知っているように装っただろう。しかしそういう姑息な心性(チナル)は大計を成すには向かない。必ず糊塗した(ほころ)びから、ことは破れるものである。


 ともかくムライは、毎夜四頭豹とあれこれと話し込んだがこの話もここまで。




 そうこうするうちに(オブル)が近づく。群雄たちもそれぞれ家畜(アドオスン)を追って冬営地(オブルヂャー)移動(ヌーフ)する。俗に「(ゾン)は集めて、冬は食べる」と謂うとおり、じっと逼塞(ひっそく)して(ハバル)の到来を待つばかり。


 しかし「草原(ケエル)の民はすることがなければ(ウルドゥ)()ぐ」とも謂う。すなわち春を迎えてすぐに動けるように、謀略や諜報が盛んに行われるのもまた冬なのである。

(注1)【北伐が完了】第一三四回②、第一三四回③参照。


(注2)【会盟】第一三三回④参照。


(注3)【鞠躬(きくきゅう)】身を屈めて畏れ慎むこと。懸命に務めに励むこと。

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