表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
577/783

第一四五回 ①

インジャ東西に友誼を求めて公道を通じ

ドルベン南北に奸計を策して謀臣を派す

 さて、神箭将(メルゲン)ヒィ・チノの命を受けて長らく旅をしていた白夜叉ミヒチは、無事に任務(アルバ)()えて東原へ帰った。


 これに附けて義君インジャが送った金写駱(アルタン・テメエン)カナッサも、隻眼傑(ソコル・クルゥド)シノンに捕まるという危機(アヨール)はあったものの、何とか帰還した。


 このことから両部族(ヤスタン)の交流は一挙に進んだ。北道(ホイン・モル)の整備については中原側からは霖霪(りんいん)駿驥(しゅんき)イエテンが、東原側からは長者(バヤン)ワドチャがこれを行ったが、その完了を待たずして人の往来が盛んになる。


 新しくヒィ・チノが開いた鍾都(ハガム)には、中原はもちろんのこと、遠く西原からの商旅も訪れるようになった。


 かつて東西交易の中心(オルゴル)として栄えた神都(カムトタオ)は、僭帝ヒスワの暴政(注1)によって数年前からその座を失っていたが、北道の登場によってますます凋落した。もはや誰も神都(カムトタオ)に近づくことすらない。


 それでも北道の興隆はいつしかヒスワの(チフ)に届く。激怒(デクデグセン)したヒスワは、征北将軍タイラントと征西将軍ハラ・ドゥイドの二将にその分断を命じる。


 しかしその動きはすぐに察知されて、タイラントは北伯ケルンに、ハラ・ドゥイドは長韁縄(デロア・オルトゥ)サイドゥに蹴散らされる。


 これを受けてインジャは、旱乾(かんかん)蜥蜴(せきえき)タアバに兵を与えて、大ズイエ(ムレン)周辺を哨戒させることにした。また盤天竜ハレルヤが、(たの)まれたわけでもないのに東行して睨みを()かせることもあった。


 そうなると神都(カムトタオ)の弱卒では(ガル)(フル)も出ない。ヒスワはぎりぎりと歯噛みしたが為す術もない。


 こうした北方の趨勢を注視しているものがあった。草原(ミノウル)中に(チルメ)を張っている四頭豹ドルベン・トルゲである。南原に座したまま、千里も彼方の情勢を得て奸智を(めぐ)らせる。


 ウリャンハタの北伐についても次々と報告がもたらされていた。今や上卿会議の命運(ヂヤー)は風前の灯、武神モルトゥの攻勢を受けて壊滅寸前(注2)であった。


 ある(ウドゥル)、大スイシを召して言うには、


「クル・ジョルチは思ったより(もろ)かったな。だが、十分にときは稼いだ」


 大スイシは無言で小さく頷く。


「西原については別に思案がある。視るべきは東原および北原」


「…………」


 なぜか嬉しそうな様子で、


「天下は今や三分されている。(ネグ)に我がヤクマン、(ホイル)にジョルチとウリャンハタ、そして(ゴルバン)にナルモントだ。余のものは数えるに足らぬ」


はい(ヂェー)


 初めて(ダウン)を発したが、すぐに(アマン)を閉ざす。かまうことなく続けて言うには、


(エレグ)となるのは東原だ。これを得たものが、天下を手中に収めよう」


 そこで眼前の老人(ウブグン)を窺うが、その表情からは何を考えているのか読み取れない。ふふんと笑って、


「東原にはおもしろい(ソニルホルトイ)男が二人ある。わかるか?」


 問えば、さすがに黙っているわけにもいかず、


「……さて、誰でございましょう」


「とぼけた奴だ。まあよい。奸人ヒスワと、南伯シノンよ」


「…………」


「ヒィ・チノは飛ぶ(クシ)を落とす勢いだが、この両者は言ってみれば獅子身中の虫……。これあるかぎり、奴の足許(あしもと)は決して定まらぬ」


 そこで大スイシの表情に僅かな変化が表れる。見逃すはずもなく、


「何か思うところがあるようだな。申せ」


はい(ヂェー)。南伯は仰せのとおり看過しえぬ傑物(クルゥド)と存じますが、あの奸人は……。かつては智恵も見られましたが、今や妄執に囚われた狂人(ガルゾウ)。衰亡を待つばかりではないかと愚考いたします」


 すると四頭豹はからからと笑って、


「まったくお前の言うとおりだが、狂人には狂人の使途がある」


 笑い収めると、身を乗り出して言うには、


「というわけで、お前には神都(カムトタオ)に行ってもらう。来たるべき日に備えて、狂人を薬籠中のものとせよ」


「…………」


「よいか。狂人には逆らうことなく、これを喜ばせてやることだ」


 そこからは声をひそめてあれこれと策を授ける。老臣は幾度も頷いて、やがて一礼して退出すると、その日のうちに発つ。


 また四頭豹はその(クウ)たる小スイシを呼びだした。白心(ツェゲン・セトゲル)なきこの男は、奸策を託すのにまことにちょうどよい。これまでも赫彗星ソラや、ダルシェの大君(イェケ・アカ)タルタル・チノを喜んで(おとしい)れてきた(注3)。

(注1)【ヒスワの暴政】偽って投降した鉄面牌(テムル・フズル)の計略によって、軍民両政に混乱を(きた)したこと。第九 一回②および第一〇二回③参照。


(注2)【モルトゥの攻勢を受けて……】第一三四回②参照。


(注3)【喜んで(おとしい)れてきた】ソラについては第八 四回①を、タルタル・チノについては第一四二回④参照。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ