表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
576/783

第一四四回 ④

ヒィ白夜叉に尋ねて義君の実を知り

シノン金写駱を縛して南伯の権を(あげつら)

 しかしミヒチは毅然として言うには、


「南伯は我がハーンの(オロ)(にじ)って、中原との(エイエ)(こぼ)つおつもりか」


 シノンも譲る気はないようで、


主君(エヂェン)の誤りを(ただ)すのは忠臣の務め(アルバ)。中原は制するべき(ガヂャル)であって、これと和するべきではない」


「南伯に独自のお考えがあるのはよろしい。しかしそれを決めるのはハーンです。己の思うところを通そうとて道理(ヨス)()げては、それこそ卑劣の(そし)りを(まぬが)れますまい。ハーンに異を唱えるなら、直に訴えるべきです」


「何だと? 先からハーン、ハーンと、(カブラン)の威を借るか。女狐め」


 ミヒチは(セトゲル)の中で、虎だろうが(チノ)だろうが知ったことじゃない、借りられるものは何でも借りるさ、と毒づきつつ、


「忠臣であろうとなかろうと、誤りは誤りと言わねばなりません。南伯は誤っています」


「ふふん、その雄心(ヂルケ)は褒めてやろう。しかしイルシュではこの俺が(ヂャサ)なのだ。『戦地に在っては君命も受けざるところあり』と謂うではないか」


 と、ミヒチはぱんと掌を打ち合わせて、


「それです! それが南伯の誤りです。南伯がイルシュにて専権を振るえるのは、ハーンの絶大な信任と許可があってのこと。それをお忘れですか。(ひるがえ)って云えば、ハーンの許しがないことについては権限がないのです。それに……」


「それに?」


「私が聞き違えたのだと思いますが、まさかハーンの統治するこの版図(ネウリド)を指して、『戦地』と称したわけではないでしょうね?」


 シノンはしばし言葉(ウゲ)を失う。ミヒチは黙って、じっとその(ヌル)を見ている。カノンやゾンゲルはどうなるかと(ガル)に汗握るばかり。カナッサは気を失っている。


 やがてシノンが言った。


「女、名は何と云ったか」


「ミヒチ。人からは不本意ながら白夜叉と呼ばれています」


 それを聞くと呵々と笑って、


「白夜叉か、言い得て妙だな。今日のところはお前の雄心と弁舌(ビルヂウル)に免じて(ゆる)してやる。だが、俺の考えは変わらぬ。異を唱えるならハーンに直訴せよと言ったな。いずれそうしてやろう」


 悠然と一礼して、


「お聞き届けいただき、ありがとうございます。では改めて失礼します」


 そう言うとみなを(うなが)して退出する。ゾンゲルがカナッサを背負う。馬上の人となるや、あとも顧みずに遠ざかる。


 しばらく行くうちにカナッサの意識が戻ったので、一旦(アクタ)を止めて休憩する。


「みなさん、すみません。私がいつもの癖で画など描きはじめたばかりに……」


 恐縮してしきりに謝るカナッサをみなで慰め、むしろ客人(ヂョチ)を危ない目に遭わせたとて揃って(テリウ)を下げる。カノンはまったく怒り(アウルラアス)が治まらず、


「南伯は(おご)ってるよ。ハーンに告げたほうがよくないか」


「ううん……」


金写駱(アルタン・テメエン)じゃなかったら、この一件をもって中原との和親は(つい)えたところだよ。いくらハーンの寵臣とはいえ、これは分を過ぎてるじゃあないか」


「そうだねえ……」


「何だい、白夜叉。はっきりしないね」


 するとやや言いにくそうにしながら、


「このことだけれども、金写駱さえよければハーンにも義君にも言わないでおいたほうがいいと思うのさ」


「どうして!?」


「……何となく」


 カノンは瞠目して二の句が継げない。カナッサがあわてて、


「ぜひそうしてください! もとはといえば私の失策(アルヂアス)。無事に解放されたことですし、あえて(サルヒ)を起こさないですめば、それに越したことはありません」


「うひぃ! あのまじめな金写駱が!」


 かくして四人はこのことは心の奥に秘め、誰にも言わぬことにした。


 ここで(モル)を分かって、カノンとゾンゲルは一台の(テルゲン)とともに光都(ホアルン)に向かい、ミヒチとカナッサはオルドへ戻った。


 カナッサはおおいに歓待されたあと、返礼(カリラ)の品々を託されて中原へと帰っていった。これには正使として神行公(グユクチ)キセイが同行した。ミヒチはまた指名されるのではないかと兢々としていたが、ほっと(オモリウド)を撫で下ろす。


 それぞれ無事に辿り着いたが、くどくどしい話は抜きにする。




 カナッサは中原に帰還すると、北原で描いた画をインジャに奉呈(オルゴフ)して鍾都(ハガム)や北伯夫妻について語り、ヒィ・チノの英明をおおいに讃えた。インジャは喜んでこれを賞し、キセイを厚くもてなした。


 キセイが帰ると、霖霪(りんいん)駿驥(しゅんき)イエテンを召して、カナッサとともに北道(ホイン・モル)の整備を命じた。来年、北原にてヒィ・チノと会盟するためである。


 また超世傑ムジカは独自に奔雷矩(ほんらいく)オンヌクドを東原へ()って、ヒィ・チノとの旧交を温めるとともにジョルチとの修好を勧めた。旧知を見て、ヒィ・チノが喜んだのは言うまでもない。


 こうして中原と東原の友誼(ナイラムダル)は日に高まったが、独り南伯シノンのみならず、それを快く思わないものもあった。(たと)えて云えば、「隣家の(ホニ)()えても、我が(クウ)(ホドウド)は満たない」といったところ。


 義君の勢いが盛んになれば必ずそれを妨げるのが四頭豹、不倶戴天の仇敵(オソル)とはまさにこのこと。果たしていかなる策動が行われるか。それは次回で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ