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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
573/783

第一四四回 ①

ヒィ白夜叉に尋ねて義君の実を知り

シノン金写駱を縛して南伯の権を(あげつら)

 さて、長らく中原を旅していた白夜叉ミヒチたちは、義君インジャからの莫大な贈物(サウクワ)を携えて、ついに東原へ帰った。


 主君(エヂェン)である神箭将(メルゲン)ヒィ・チノ・ハーンはおおいに喜んで、ミヒチの伴った客人(ヂョチ)たちを歓待し、いろいろと尋ねた。インジャへの褒辞が溢れるのを聞いて「名は虚しくは伝わらぬもの」と感嘆する。また言うには、


「ジョルチン・ハーンからは、過分な贈物をいただいた。南伯と光都(ホアルン)にも分け与えようではないか」


 ミヒチが何げなく賛意を示すと、(ガル)()って、


「ならば、お前が南伯に届けよ。光都(ホアルン)へは一丈姐(オルトゥ・オキン)が持ち帰れ」


 早く帰って休みたかったミヒチは己の迂闊さを呪ったが、やむなく拝命する。


 (ようや)くにして散会し、赫大虫ハリンら客人たちは用意されたゲルへ案内される。あとについてミヒチも退出しようとしたところ、


「白夜叉、待て」


 ヒィ・チノが呼び止める。顧みたミヒチはあからさまにうんざりした様子で、


「わかってますよ。すぐに発てって言うんでしょう」


「そんなことは言わん。明日でよい。それよりちょっと尋ねたいことがある」


「何でしょう」


 しぶしぶ席に戻る。客人がことごとく去るのを待ってヒィ・チノが言うには、


「お前から見て義君はどうであった。客人の前では言いにくいこともあったろう。今ここで正直(ツェゲン・セトゲル)に話せ」


「ああ、そんなことですか」


 ヒィ・チノはぴくりと(フムスグ)を動かしたが、何も言わずに(ニドゥ)で先を(うなが)す。そこで答えて言うには、


「ほとんど赫大虫や一丈姐の言ったとおりの方ですよ。付け加えることは何もありません」


(ウネン)か? それが真なら、稀に見る英主。いわゆる英雄の類ではないか」


ええ(ヂェー)、そうなんでしょうね」


「おい、手を抜くな。しかとお前の見たところを言ってみろ」


「…………」


「どうした?」


 ミヒチは居住まいを正すと、まっすぐヒィ・チノの目を見て言うには、


「義君は私におっしゃいました。『(ヂェウン)のハーンに隠すべき秘密(ニウチャ)などない、すべて見てよい』と。ハーンは、例えば金写駱(アルタン・テメエン)に我らが機密をことごとく(さら)せますか?」


「ふうむ。それはできぬだろうな」


「義君がまたの名を赤心王(フラアン・セトゲル)と称される所以(ゆえん)です」


 ヒィは腕を組んで言った。


「……誠心(チン)をもって接すれば、必ず誠心をもって応えられるとは限らない。いつか(おとしい)れられて痛い目に遭うのではないか」


 小さく首を振って、


「そこがハーンとの相違です。義君はそのようなことを恐れていません。何より己が誠心を尽くすことに重きを置いているのです。果たして義君の周囲には、かの赤心に応えようというものばかりが集まります。だから結束(ヂャンギ)が堅い」


「…………」


 ヒィが黙ってしまったので、少しく話題を転じて、


「ハーン。奇人殿が伝えた神道子の言葉(ウゲ)(注1)、覚えておいでですか?」


 目を上げて、


「無論。それがどうした」


「……主星とやらに()ってしまうかもしれませんよ」


「ほう……」


 嘆声を漏らしたきり何も言わない。そこで続けて、


「マシゲルの獅子(アルスラン)殿、ヤクマンの超世傑殿、そのほか数多の英傑(クルゥド)が、義君のために己を(なげう)って尽力することを喜び(ヂルガラン)としています。ハーンもその一人にならぬとも限りません」


 ヒィは目瞬き(ヒルメス)もせずにミヒチを見つめていたが、やがて言った。


「ふうむ。それほどのものなら、いよいよ会うのが楽しみだ。白夜叉、ご苦労であった。下がってよい。今晩はゆっくり休め」


はい(ヂェー)。失礼いたします。……あ、ひとつだけ」


「何だ?」


「私がジョルチの内情(アブリ)を詳細に見聞してきたことは、余のものには秘密にしておいてください」


「なぜだ」


 問われたミヒチは人差し指を(ハツァル)に当てて小考したが、ついに言うには、


「何となくです。よろしいですね」


 唖然とするヒィに一礼して退出する。

(注1)【神道子の言葉(ウゲ)】奇人に書簡を託して、神箭将(メルゲン)に五年以内に主星を探すよう忠告したこと。ちなみにそれがジョルチン・ハーン四年(西暦1211年)のこと。現在はジョルチン・ハーン七年(西暦1214年)。第九 七回④参照。

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