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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
572/783

第一四三回 ④

ミヒチ北道を辿りて郭中に鐘声を聴き

ケルン画聖に請いて紙上に形影を(もと)

 例によってカナッサは、宴席の様子を描きはじめる。一瞥したケルンはやはり驚嘆して、


「おいおい、これは何の魔法(エスベルン)だ!!」


「とんでもない、ただの画です。あ、どうぞお気になさらず、どうかそのままで」


 と、なぜかケルンは、しばらくもじもじと恥じらう様子。ついに意を決して言うには、


金写駱(アルタン・テメエン)とやら、ひとつ頼みがあるのだが……」


「何でしょう。カンのためなら何でもいたしましょう」


「……そのう、何だ。画を……、ええと、我が(エメ)の画を、ひとつ描いていただけないか」


 真っ赤になって語尾は消え入らんばかり。それを見た一同は、愉快な気分になって等しく笑みを浮かべる。カナッサは即座に答えて、


ええ(ヂェー)、喜んで。では、ご両人が並んでいるところを……」


 するとあわてて(ガル)を振って、


いや(ブルウ)、俺の(ヌル)なんぞ描かんでよいから、こう、大きく妻の顔を……」


はい(ヂェー)(かしこ)まりました」


 謹厳に答える。カノンが半ば呆れつつも、


「何ともまあ、正直(ツェゲン・セトゲル)な人だね。司命娘子はいい人に(とつ)いだよ」


 当のショルコウは(ハツァル)をやや(あから)めながら、


「まったくこの人ったら。ああ、恥ずかしい」


「すまぬ。だがあの(エルデム)を見たら、どうしても欲しくなった。額に入れて(ハナ)に飾るんだ」


 うきうきして、まるで幼子(チャガ)のような(はしゃ)ぎよう。ショルコウは(ムル)(すく)めてテンゲリを仰ぐ。かくしておおいに交歓して夜は()ける。


 無事にショルコウの肖像画も完成したが、ケルンはひょっとしたら義君の豪奢な贈物(サウクワ)よりこちらを喜んだかもしれない。その贈物についてショルコウが、


(ヂュブル)のみなに配ってあげてはいかがでしょう。義君はきっと独りあなたを尊んでいるわけではありません」


 そう進言すると僅かの躊躇もなく、


「それはいい! みなを集めて好きなものを持っていってもらおう。いつか義君が北原にいらっしゃったら、我々森の民(オイン・イルゲン)は総出で歓待しよう」


 即日、四方に早馬(グユクチ)を送って、来た端から何でも分け与えた。五日も経たぬうちに(テルゲン)を空にしてしまうと満足げに頷いていたが、(にわ)かにはっと瞠目して言った。


「しまった! まことにすべて分けてしまったぞ。我が妻よ、お前に首飾りのひとつも取っておくべきだった!」


 ショルコウはくすくすと笑って、


ありがとうございます(バヤルララ)。その言葉(ウゲ)だけで十分です」


「そうか? どうも俺はうっかりしているからなあ」


 首を(かし)げてぼやいたが、この話はここまでとする。




 さてミヒチたちは北伯夫妻に別れを告げて、ついに故郷に帰ることにした。再び鍾都(ハガム)に一泊、ズイエを渡河して東原に入る。


「やれやれ、やっと帰ってきたよ。まっすぐオラザに帰って寝てしまいたいところだけど、一応ハーンに挨拶しとかないとねえ」


 ぶつぶつ言いながら、無事にオルドに辿り着く。果たしてヒィ・チノに(まみ)えると、早速あれやこれやと尋ねられる。


 またカナッサやハリンたち中原からの客人(ヂョチ)を紹介すれば、(ダウン)を挙げて大喜び。(ボロ・ダラスン)を運ばせて、お決まりの宴となる。


 ヒィ・チノは上機嫌で、旧知の消息やらインジャの人となりを興味深く聴いた。カナッサはもちろん、マシゲルのハリンや光都(ホアルン)のカノンまでもが口を極めてインジャを誉めそやすと、


「まことに名は虚しくは伝わらぬもの。ますます会いたくなってきたぞ」


 そこで、北原での会盟を打診したところ快諾されたと知って、


「さすがは白夜叉、よくやった。俺の(オロ)をよく汲んでくれた」


 そう言って激賞する。また言うには、


「西原の北伐が()われば暇もできるだろう。来夏には実現できそうか」


 ミヒチが答えて、


「その北伐も勝利は目前とか。来夏なら十分に間に合うでしょう」


「よし。では北の道(ホイン・モル)を整えてお迎えせねばならんな。司命娘子と長者(バヤン)にもうひとはたらきしてもらおう」


 ミヒチが内心思うに、


「おやおや、鍾都(ハガム)が完成してひと息()いていたっていうのに。族長(ノヤン)にはすまないことをしたようだよ」


 もちろん面には出さず、


「すばらしいお考えです」


 すまして答える。するとヒィ・チノは、


「それにしてもジョルチン・ハーンからは、過分な贈物をいただいた。南伯と光都(ホアルン)にも分け与えようではないか」


はい(ヂェー)、すばらしいお考えです」


 何げなく答えれば、手を()って、


「白夜叉もそう思うか! ならば、お前が南伯に届けよ。光都(ホアルン)へは一丈姐(オルトゥ・オキン)が持って帰れ」


 ミヒチは露骨に(フムスグ)(ひそ)めて己の失策(アルヂアス)を呪ったが、「覆水盆に返らず」とはまさにこのこと。ハリンがにやにやしながら(カンチュ)を引いて(たしな)める。


 かくしてミヒチの帰郷はいまだならず、人を(わら)えばきっと己に返るもの、うっかりしたことを言ったばかりにさらなる任務(アルバ)を得てしまった。


 このことから南伯の雄心(ヂルケ)おおいに(そそのか)され、厚情(エルゲン・セトゲル)はかえって仇讎(きゅうしゅう)(注1)を生むといった次第となる。


 (ホイン)で勇者を喜ばせた賜物(ソヨルガル)が、南で覇者を忿(いか)らせることになろうとは、まことに人の処遇は難しい。果たして白夜叉と隻眼傑(ソコル・クルゥド)の会見は、いかなる顛末(ヨス)を辿るか。それは次回で。

(注1)【仇讎(きゅうしゅう)】あだ。かたき。

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