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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
57/783

第一 五回 ①

ゴロ闇夜に襲われ転じて野盗と成り

アンチャイ好漢に救われ(とも)に獅子に(まみ)

 ゴロは神都(カムトタオ)からマシゲル部を指して逃げる途中、焚火をしている一団に遭った。闇夜に寂しい思いをしていたためもあって、ほっとして近づく。


「すまぬが私も交ぜてくれないか」


 首領格と(おぼ)しき(サハル)の男が口許(くちもと)だけを(ゆが)めて笑うと、答えて言うには、


「おや、独りかい。そいつは危険(アヨール)だぜ。この辺には野盗(ヂェテ)が横行してるんだ。うろうろしてるとぶすりとやられるぜ」


 一団はこれを聞いてどっと哄笑する。それでもゴロのために席を空けると、にやにや笑いながら座るよう勧めた。


 ゴロはこの野卑な連中に少なからぬ嫌悪を覚えたが、疲れていたこともあり、また野盗に襲われるのもおもしろくないので礼を言って座った。早速杯が用意されたので、ひと息に干す。


 首領が尋ねて言うには、


「お前は察するに(バリク)(イルゲン)だろう」


 ゴロは二杯目も一気に干しつつ、


「いかにもそうだが」


 それを聞いて、密かに首領は傍ら(デルゲ)の副首領に目配(めくば)せする。彼もまたそっと頷き返したが、ゴロは気づかない。


「なぜこんな夜に独りでうろついてるんだい?」


「貴公には関わりない話だ」


「へへっ、聞いたか。俺様のことを『貴公』だとよ」


 一同はまた大笑いして(はや)し立てる。首領は調子に乗って、


「まあまあ、そう言わずにちょっと話してくれてもいいだろう。草原(ケエル)じゃ焚火を囲んだら、その一夜は仲間(イル)と思ってつきあうもんだぜ。もし行き先が一緒なら送ってったっていいんだ。なあ、そうだろう?」


 周囲に同意を求めれば、みなわあわあと賛同する。ゴロは面倒(ヤルシグタイ)になって適当に調子を合わせることにした。


「マシゲル部に友人を訪ねるところだ。ところが発つ時刻を誤って陽が暮れてしまったのさ」


 首領はわざとらしく驚いて、


「マシゲル! ……マシゲルねぇ。そうかい、マシゲルか。まあ、明日またのんびり出発すればいいさ。今日は飲んだ飲んだ、さあ、もう一杯」


 ゴロは彼らの相手をするのが(わずら)わしく、また鬱憤が溜まっていたこともあって黙々と杯を重ねた。気がつけばいつもより酒量が過ぎていた。昼の疲れも出て、やがてうとうとしはじめる。


 ゴロが横になって完全に眠ってしまうと、首領は俄かに神妙な顔つきになった、かと思うと(はじ)けるように笑いだす。


「ははあ、何と間の抜けた奴だ。我らがその野盗だというのに!」


 そう、実はこの一団こそ野盗であった。首領は手下に命じてゴロを後ろ手に縛り上げた。さらに腰から(ウルドゥ)を奪い、(エブル)を探る。


「げっ、首領。こいつ何も持ってませんぜ」


「何だと? 何かないか、探せ探せ」


 (しら)べたが、もちろん何も出てこない。首領は怒りだしてこれを蹴り飛ばした。ゴロはううっと唸って目を覚ます。縛られているのに気づいておおいに驚く。


「何をする!」


「うるさい!」


 もう一度ゴロは蹴り飛ばされる。


「よく聞け、俺様はこの辺じゃあちっとは名の知れたジュドってんだ。夜雷公ジュドって言やあ、マシゲルの部隊も避けて通るくらいだ」


「何? では野盗というのは……」


「俺様よ」


 それを聞いてゴロは(テンゲリ)を仰いだ。やっと神都(カムトタオ)の難を逃れたというのに、すぐまた野盗に遭うとは何たる不運、何たる不明。思わず慨嘆して呟いて言うには、


「この私がたかだか野盗の(ガル)にかかって屍を野に(さら)すことになろうとは……。知恵者(セチェン)が聞いて呆れる。もうどうにでもなるがいい」


 と、ジュドがそれを聞き(とが)める。


「セチェン? お前はセチェンと称されているのか。俺様は数多の(バルアナチャ)を率いているが、ついぞセチェンと呼ばれるものを見たことがない。お前、名は何と云う」


 答える義理とてなかったが、もはや(あらが)う気もなく、


「ゴロ・セチェン」


 ジュドはおおいに驚いて、


「ゴロ・セチェンだと? 神都(カムトタオ)のゴロ・セチェンか。(クダル)を申すな。ゴロ・セチェンともあろうものがこんなところに独りで居るわけがない。身に一銭も持たずにあっさりと賊の手に落ちるということがあろうか」


 ゴロは自虐的な心境で、神都(カムトタオ)での遭難を逐一説明してやった。ジュドはなぜかおとなしく聞いていたが、言うには、


「お前のような一銭も持たぬ奴を殺してもしょうがない。どうしようかと思っていたところ、図らずもお前が高名(ネルテイ)なゴロ・セチェンと知った。聞けば、もう神都(カムトタオ)へは戻れまい。どうだ、いっそ我らの仲間にならぬか」


 野盗に加わるなど不本意極まりないが、断れば殺されよう。ここはこいつらを欺いてとりあえず(アミン)を保つのが先決。(オロ)を決して答えて、


「よかろう。どうせテンゲリにも受け容れられぬ身。先の富貴を忘れて(ウマルタヂュ)盗賊に身を(やつ)すのも一興」


 ジュドは大喜びで縄を解いた。しかし副首領が(フムスグ)(ひそ)めて、


「こやつ、我らを欺く(はら)かも知れませんぞ」


 どきりとしたが、それをジュドが(たしな)めて、


「命を助けてやったんだ。そんな心配あるまいよ」


 ゴロは内心(ヘル)を出す。(けだ)しこいつはいかにも恐ろしげな風貌(ガタル)ではあるが、どうやら単純なお人好しに違いない。これならいつか必ず逃げ出す機会(チャク)はあるだろう。


 むしろ警戒すべきは副首領、己より明らかに(すぐ)れたゴロの出現によって自らの地位が脅かされはしないだろうかなどとつまらぬことを考えているようだ。何ともまあ見当違いではあるが、こういう小人ほど何をするかわからぬものである。


 ともかくその(ウドゥル)から、ゴロはジュドの配下となった。富豪(バヤン)が一日にして謀叛人(ブルガ)から野盗にまで落ちぶれたことになる。まさにテンゲリの意思には逆らいがたく、昨日の栄華も今日の夢といったところ。

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