第一 五回 ①
ゴロ闇夜に襲われ転じて野盗と成り
アンチャイ好漢に救われ俱に獅子に見ゆ
ゴロは神都からマシゲル部を指して逃げる途中、焚火をしている一団に遭った。闇夜に寂しい思いをしていたためもあって、ほっとして近づく。
「すまぬが私も交ぜてくれないか」
首領格と思しき髭の男が口許だけを歪めて笑うと、答えて言うには、
「おや、独りかい。そいつは危険だぜ。この辺には野盗が横行してるんだ。うろうろしてるとぶすりとやられるぜ」
一団はこれを聞いてどっと哄笑する。それでもゴロのために席を空けると、にやにや笑いながら座るよう勧めた。
ゴロはこの野卑な連中に少なからぬ嫌悪を覚えたが、疲れていたこともあり、また野盗に襲われるのもおもしろくないので礼を言って座った。早速杯が用意されたので、ひと息に干す。
首領が尋ねて言うには、
「お前は察するに街の民だろう」
ゴロは二杯目も一気に干しつつ、
「いかにもそうだが」
それを聞いて、密かに首領は傍らの副首領に目配せする。彼もまたそっと頷き返したが、ゴロは気づかない。
「なぜこんな夜に独りでうろついてるんだい?」
「貴公には関わりない話だ」
「へへっ、聞いたか。俺様のことを『貴公』だとよ」
一同はまた大笑いして囃し立てる。首領は調子に乗って、
「まあまあ、そう言わずにちょっと話してくれてもいいだろう。草原じゃ焚火を囲んだら、その一夜は仲間と思ってつきあうもんだぜ。もし行き先が一緒なら送ってったっていいんだ。なあ、そうだろう?」
周囲に同意を求めれば、みなわあわあと賛同する。ゴロは面倒になって適当に調子を合わせることにした。
「マシゲル部に友人を訪ねるところだ。ところが発つ時刻を誤って陽が暮れてしまったのさ」
首領はわざとらしく驚いて、
「マシゲル! ……マシゲルねぇ。そうかい、マシゲルか。まあ、明日またのんびり出発すればいいさ。今日は飲んだ飲んだ、さあ、もう一杯」
ゴロは彼らの相手をするのが煩わしく、また鬱憤が溜まっていたこともあって黙々と杯を重ねた。気がつけばいつもより酒量が過ぎていた。昼の疲れも出て、やがてうとうとしはじめる。
ゴロが横になって完全に眠ってしまうと、首領は俄かに神妙な顔つきになった、かと思うと弾けるように笑いだす。
「ははあ、何と間の抜けた奴だ。我らがその野盗だというのに!」
そう、実はこの一団こそ野盗であった。首領は手下に命じてゴロを後ろ手に縛り上げた。さらに腰から剣を奪い、懐を探る。
「げっ、首領。こいつ何も持ってませんぜ」
「何だと? 何かないか、探せ探せ」
検べたが、もちろん何も出てこない。首領は怒りだしてこれを蹴り飛ばした。ゴロはううっと唸って目を覚ます。縛られているのに気づいておおいに驚く。
「何をする!」
「うるさい!」
もう一度ゴロは蹴り飛ばされる。
「よく聞け、俺様はこの辺じゃあちっとは名の知れたジュドってんだ。夜雷公ジュドって言やあ、マシゲルの部隊も避けて通るくらいだ」
「何? では野盗というのは……」
「俺様よ」
それを聞いてゴロは天を仰いだ。やっと神都の難を逃れたというのに、すぐまた野盗に遭うとは何たる不運、何たる不明。思わず慨嘆して呟いて言うには、
「この私がたかだか野盗の手にかかって屍を野に晒すことになろうとは……。知恵者が聞いて呆れる。もうどうにでもなるがいい」
と、ジュドがそれを聞き咎める。
「セチェン? お前はセチェンと称されているのか。俺様は数多の衆を率いているが、ついぞセチェンと呼ばれるものを見たことがない。お前、名は何と云う」
答える義理とてなかったが、もはや抗う気もなく、
「ゴロ・セチェン」
ジュドはおおいに驚いて、
「ゴロ・セチェンだと? 神都のゴロ・セチェンか。嘘を申すな。ゴロ・セチェンともあろうものがこんなところに独りで居るわけがない。身に一銭も持たずにあっさりと賊の手に落ちるということがあろうか」
ゴロは自虐的な心境で、神都での遭難を逐一説明してやった。ジュドはなぜかおとなしく聞いていたが、言うには、
「お前のような一銭も持たぬ奴を殺してもしょうがない。どうしようかと思っていたところ、図らずもお前が高名なゴロ・セチェンと知った。聞けば、もう神都へは戻れまい。どうだ、いっそ我らの仲間にならぬか」
野盗に加わるなど不本意極まりないが、断れば殺されよう。ここはこいつらを欺いてとりあえず命を保つのが先決。意を決して答えて、
「よかろう。どうせテンゲリにも受け容れられぬ身。先の富貴を忘れて盗賊に身を窶すのも一興」
ジュドは大喜びで縄を解いた。しかし副首領が眉を顰めて、
「こやつ、我らを欺く肚かも知れませんぞ」
どきりとしたが、それをジュドが窘めて、
「命を助けてやったんだ。そんな心配あるまいよ」
ゴロは内心舌を出す。蓋しこいつはいかにも恐ろしげな風貌ではあるが、どうやら単純なお人好しに違いない。これならいつか必ず逃げ出す機会はあるだろう。
むしろ警戒すべきは副首領、己より明らかに卓れたゴロの出現によって自らの地位が脅かされはしないだろうかなどとつまらぬことを考えているようだ。何ともまあ見当違いではあるが、こういう小人ほど何をするかわからぬものである。
ともかくその日から、ゴロはジュドの配下となった。富豪が一日にして謀叛人から野盗にまで落ちぶれたことになる。まさにテンゲリの意思には逆らいがたく、昨日の栄華も今日の夢といったところ。