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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
569/783

第一四三回 ①

ミヒチ北道を辿りて郭中に鐘声を聴き

ケルン画聖に請いて紙上に形影を(もと)

 さて、放浪部族ダルシェを巡って、かたや義君インジャは盤天竜ハレルヤの信を得て生涯の盟約を結び、かたや四頭豹ドルベンは大君(イェケ・アカ)タルタル・チノを欺いてその(クチ)を奪った。


 あれほど恐れられた()()が、独り四頭豹の奸計によって一朝に衰退したことは、草原(ミノウル)中を震撼させた。


 ダルシェの兵衆、殊に精鋭に数えられるものは方々に分散させられていたので、為す術もなくただ呆然とするばかり。それでも一騎、二騎と逃走(オロア)して、長躯ハレルヤに投じた。


 もちろんそのまま四頭豹の軍門に降ったものもあった。真っ先にそれを表明したのは、何と新たに大将となっていたガリド。檻車に(とら)われていたが、必死に嘆願して(ゆる)され、ヤクマンの宿将ゴルバン・ヂスンの下で百人長(ヂャウン)に登用された。


 また副将だったトゥクトゥクに書を送れば、これもあっさりと降った。二人は、決心が着かずに留まっていた魔軍の一部を返されて、以後は四頭豹の(ノガイ)として生きることとなった。


 それを知ったタルタル・チノは切歯扼腕したがときすでに遅く、いかんともしがたい。すっかり(ふさ)ぎこんで、みるみる老いていった。


 先に黒曜姫シャイカは、活寸鉄メサタゲに告げて刺客(アラクチ)への警戒を(うなが)したが、タルタル・チノはもはや昔日(エルテ・ウドゥル)の覇気もなく、ハレルヤたちのことまで考えが及ばなかった。


 ガリドらの背信を知って怒り(アウルラアス)心頭に発したのは、むしろハレルヤ。部族(ヤスタン)の尊厳を何より重んじる彼にとって、南原での醜態はどれも堪えかねるものだった。


 そこで手勢が数百騎となったところで、早くもこれを率いてヤクマンの辺境を(おびや)かして回った。先のジョルチとの盟約で領内での略奪を許されてはいたが、それは一顧だにせず(もっぱ)ら南原を猟場としたのである。


 ハレルヤたちが唯一(ガグチャ)、インジャとの盟約を利して行ったことがある。それは何と第六条の「(オキン)(さら)ったら、必ず(めと)れ」であった。


 なぜなら逃れてきたものはシャイカを除いてみな男ばかり、そこでジョルチン・ハーンの版図(ネウリド)に在る娘を選んで(エメ)としたのである。ハレルヤはキャラハンの娘と、メサタゲはジョシの娘と通婚した。


 余談になるが、オルドの女官(チェルビ・オキン)にシャイカが任用されたことについて、鉄鞭(テムル・タショウル)のアネクは妬心を(たくま)しくしてインジャをおおいに疑った。


 そこでオルドに在るものにだけシャイカの責務(アルバ)を明かすことにした。すなわち鉄鞭のアネク、天仙娘キノフ、鑑子女テヨナ、小白圭シズハン、飛天熊ノイエン、長旛竿(オルトゥ・トグ)タンヤン、そして神餐手アスクワの七人(ドロアン)である。


 何はともあれ、ダルシェからの客人(ヂョチ)については無事に決着を見た。次に(ニドゥ)を向けるべきは東原である。


 ナルモントの白夜叉ミヒチは、与えられた割符(ベルゲ)を活用して、金写駱(アルタン・テメエン)カナッサの案内であちらこちらと見て回った。いつの間にか赫大虫ハリンも再び合流(ベルチル)して、ふた月ほどもうろうろして(ようや)くオルドに帰還する。


 ちょうどそのころ西原の北伐は佳境を迎えていた。王大母の傷が癒え、(ゴルバ)(ン・ヤ)(スタン)会盟が成って(注1)、いよいよ上卿会議を覆滅しようというところ。早馬(グユクチ)がもたらす戦況に好漢(エレ)たちはおおいに沸いた。


 ミヒチは奉祝して、


「おめでとうございます。まもなく西原にも平和(ヘンケ)が訪れますね」


 インジャは莞爾として答えて、


神箭将(メルゲン)殿には先を越されたが、こちらの北伐も何とかなりそうです」


「良い報せを東原に持って帰れそうです」


「おや、もう発たれますか」


 吹きだして、


「何をおっしゃいますか。何か月こちらにいたことやら。ちょっと遊びすぎました。そろそろ帰らないとハーンに叱られます」


「では送別の宴を」


 インジャは方々の好漢に早馬を送ってオルドに集めると、ミヒチたちのために盛大な宴を催した。いよいよ出発の(ウドゥル)には、何乗もの(テルゲン)に莫大な贈物(サウクワ)を積んで、ヒィ・チノ・ハーンへの答礼品とした。一丈姐(オルトゥ・オキン)カノンが(ダウン)を挙げて、


「あら! ハーンはうっかりしています。私たちは北の道(ホイン・モル)から帰るんですよ。となると大ズイエ(ムレン)を渡ることになります。こんなにたくさんの荷、運べませんよ」


 インジャはにやりと笑って、


「心配は要らぬ。まあ、河畔(エルギ)に行ってみるといい。そこに(ヌル)の長い霖霪(りんいん)駿驥(しゅんき)イエテンというものと、小さくて肥った(タルガン)豬児吏トシロルというものが待っている。渡河については二人に訊ねよ」


 カノンはさっと(ハツァル)(あから)めて、


はい(ヂェー)。とっくにお考えだったんですね。余計なことを申しました」


 みなどっと笑う。


 ともかく一行は旅装を整えて馬上の人となり、インジャたちは親しくこれを送っていく。十里進んでは杯を交わし、また十里進んでは別れを惜しむ。

(注1)【三部族(ヤスタン)会盟が成って】第一三三回④参照。

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