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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
567/783

第一四二回 ③

インジャ盤天竜を敬して六条項を許し

ドルベン老大君を(いつわ)りて五百里を賜う

 一方、ハレルヤたちに逃げられてしまったタルタル・チノはどうしていたかと云えば、いよいよヤクマンからの使者を迎えていた。


「おお、よくぞ参られた」


大君(イェケ・アカ)の尊顔を拝し、これに勝る喜び(ヂルガラン)はありません」


 そう言って相対したのは、何と四頭豹ドルベン・トルゲその人。タルタル・チノは(ハツァル)(ほころ)ばせて言った。


「大族の相国(サンクオ)が自ら来られるとは」


「私など取るに足らぬものではありますが、ヤクマンがダルシェを重んじている(あかし)のひとつにはなりましょう」


 ますます上機嫌で、


「さてさて今日はどんな話を聴かせていただけるのですか」


 四頭豹は悠揚迫らぬ調子で言った。


「大君のご英断によって、我がヤクマンに(くみ)していただけるとのこと。ハーンをはじめ、みなおおいに(よろこ)んでおります。そこで我々からダルシェに、ダナ・ガヂャルを含む()()()()(注1)の牧地(ヌントゥグ)を進呈することにいたしました。ご嘉納いただけますでしょうか」


 それを聞いてタルタル・チノはおおいに驚き瞠目する。五百里四方と云えば、ヤクマンの版図(ネウリド)の幾分の一かに達しようという広大(ハブタガイ)土地(コソル)


「それは(ウネン)か! まことに方五百里もの牧地を……」


ええ(ヂェー)。たしかに五百里です。(クダル)は申しませぬ。ご満足いただけるでしょうか」


 今や嬉しさを抑えることもできず相好を崩して、


おお、おお(ヂェー ヂェー)! 爾後(じご)、ダルシェは相国(サンクオ)の尖兵となって敵人(ダイスンクン)を討ち果たしましょうぞ!」


「ありがたき言葉(ウゲ)。では早速ともにテンゲリに誓いましょう」


 タルタル・チノは大喜びでこれに応じる。四頭豹が率いてきた巫者(ボエー)祭壇(シトゥエン)を築き、(おごそ)かに誓いの儀式を()り行う。ことごとく()えると、四頭豹が言うには、


「これで我らは晴れて盟邦となりました。先に大君は我らのために戦っていただけると申されましたな」


然り(ヂェー)。ダルシェに二言はない。何処なりとも赴きましょう」


ありがとうございます(バヤルララ)。ならば『善事は矢のごとく』と謂います。精鋭を四千騎ほどお貸し願いたい」


「かまいませんとも。最も優れた兵を送りましょう。で、どこを攻めるのです?」


 四頭豹はふふと笑って、


「あわてなさるな。まず良将を二名選んで、二千騎ずつに分けてください。その一軍は東方へ駆けて光都(ホアルン)の対岸に布陣させます。もう一軍は北方へ走って、僭主ムジカのオルドを(おびや)かしていただきたい。無論、我らもともに兵を繰り出します」


「ほほう、どちらもなかなかの難敵、相手にとって不足はありませんな」


「我がヤクマンと()()(ガル)を携えたことを知れば、敵人は恐れ(おのの)くこと疑いありません。この(ソオル)(チャク)に両族の紐帯(ヂャンギ)はますます固くなることでしょう」


 タルタル・チノは喜び、また興奮して、


おもしろい(ソニルホルトイ)! 我らが組めば中原はおろか草原(ミノウル)すべてを制覇することもかないましょうぞ!」


 四頭豹はそれには応えずに話題を転じて、


「ではそれらの兵が約会(ボルヂャル)(ガヂャル)に至るころに、改めて譲渡する牧地を知らせるための使節をお送りします。楽しみにお待ちください」


おお(ヂェー)。案ずるな、兵はすぐに送りますぞ。よって牧地の件、くれぐれもよろしくお頼み申す」


承知しました(ヂェー)


 四頭豹が帰ると、タルタル・チノは嬉々として派兵の準備を進めた。北方へは新たに大将となったガリドを、東方へは副将のトゥクトゥクを()った。兵を送りだしてしまうと、あとは毎日にたりにたりと笑いながら使節の到来を待つばかり。




 待ちに待った使節が現れたのは、およそひと月も経ったころのこと。やってきたのは四頭豹ではなく小スイシ。


 覚えておられる方もあろうか、かつて赫彗星ソラの遠征に軍監として同行し、あれこれ口を出して策戦を妨げたあげく、ついにはこれを(おとしい)れた(注2)奸物。


 タルタル・チノは何げなく、


「おや、今日は相国(サンクオ)はいらっしゃらぬのか」


 問いかければ、小スイシはにこりともせずに、


相国(サンクオ)お忙しい(ザウグイ)。いつまでも貴君に関わってはいられぬ」


「はあ、何と……」


 すると傲然として言うには、


「なぜ跪拝せぬ、無礼(ヨスグイ)であろう。私はハーンの勅使として、貴君に牧地を下賜するためにはるばる来たのだぞ」


 タルタル・チノは怒るよりも虚を衝かれて呆然となる。


「よいか、今や貴君はハーンの属臣である。これまでのようにはいかぬぞ」


 (ようや)く反発する(オロ)が生じたが、密かに「方五百里、方五百里」と唱えて(こら)える。上席を小スイシに譲り、自らはその足下に(ひざまず)いて拝礼する。


 小スイシはふふんと(わら)って、さて何と言ったかと云えば、


「タルタル・チノ。貴君に与える地は以下のふたつ。ひとつはダナ・ガヂャルの周辺、()()()()()()の一角。もうひとつはそこから西北方、フンヂウレ(アウラ)からチョル平原に至る()()()()の地だ。ありがたく拝領せよ」


 これを聞いてタルタル・チノは驚愕する。がばっと(ヌル)を上げて、


「お待ちください! 私が聞き間違えたのでしょうか。勅使様は、『()()()()()()の一角』と『()()()()の地』とおっしゃいましたか」


 冷眼にて見下ろしつつ、


然り(ヂェー)。何か?」

(注1)【里】一里は0.8km。よって五百里は400km。すなわち五百里四方の面積は160,000㎢。ちなみに二十五里(20㎞)四方の面積は400㎢、百里(80㎞)四方の面積は6,400㎢となる。


(注2)【赫彗星ソラ……を(おとしい)れた】第八 四回①参照。

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