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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
562/783

第一四一回 ②

インジャ金写駱に命じて迎賓に任じ

セイネン黒曜姫を責めて紅涙を誘う

 これでナルモントの話は無事にすんだので、次はいよいよダルシェの件となる。


 が、それについては早馬(グユクチ)に告げておらず、またシャイカも先に名乗りはしたがまだ出自(ウヂャウル)は明かしていない。居並ぶ好漢(エレ)たちは、てっきりミヒチが東原から連れてきたものだと思っている。


 おもむろにハリンが進み出る。拱手して言うには、


「マシゲルよりハーンにひとつご相談したいことがございます」


「おお、赫大虫。私は獅子(アルスラン)のためなら助力(トゥサ)は惜しむまいぞ」


「ありがたきお言葉(ウゲ)。とはいえ相談というのは実は我らのことではありません。先日、マシゲルに珍しい客人(ヂョチ)が参りました。その客人についての相談でございます」


「ほう。どういう話かな」


 ハリンはどこから語ったものかしばし迷う様子だったが、やがて言うには、


「客人は()()について()くべからざる報をもたらしたのでございます」


 その名が発せられると、途端に座の空気がぴんと張りつめる。みなこれまで以上に熱心に(チフ)を傾ける。ハリンは続けて、


「ダルシェにヤクマンの四頭豹から幾度も招撫の使者が送られ、あろうことかタルタル・チノはそれを受けんとしていると」


 これを聞いて瞠目しないものはない。魔軍と四頭豹が(ガル)を結ぶなど、ジョルチにとって悪夢以外の何ものでもなかった。小白圭シズハンが思わず(ダウン)を挙げて、


「それは(ウネン)ですか? 俄かに信じがたい話です」


 セイネンもまた応じて、


「ダルシェといえば人に屈せぬことをもって立つ部族(ヤスタン)ではないか。その客人というのは信が置けるのか。四頭豹の流言ではないのか」


 ハリンは動ずることなく、鷹揚に答えて言うには、


「間違いありません。お疑いなら、まずはこの黒曜姫にお尋ねください。彼女こそ(くだん)の客人の一人です」


 みな吃驚して一斉に注視すれば、シャイカは(ヌル)を朱くして身を(すく)める。一丈姐(オルトゥ・オキン)カノンが優しく声をかけて、


「案ずることはないよ、みな驚いているだけさ。知っていることを正直(ツェゲン・セトゲル)に、順を追って話してあげな」


 シャイカはそうっと顔を上げて周囲を窺う。(ニドゥ)が合ったミヒチが真摯な表情で頷いたのに勇を得て、(ようや)く言った。


「まず、私はダルシェの(オキン)です」


「何と!」


 奇声を挙げたのは長旛竿(オルトゥ・トグ)タンヤン。たちまち鑑子女テヨナに睨まれて(アマン)(おお)う。それで遮るものもなくなったので、シャイカは経緯(ヨス)訥々(とつとつ)と語りはじめる。


 大君(イェケ・アカ)に命じられてヤクマンを探りに行ったことから始めて、盤天竜ハレルヤが笞辱を(こうむ)って捕らえられたこと、大君の暗殺に失敗して逃走(オロア)したこと、マシゲルの賢夫人(ボクダ・ウヂン)ウチンの言葉に(したが)ってジョルチに来たことまで仔細に述べる。


 眼前の(たお)やかな娘の口から出たとは思えぬ波瀾の物語(ウリゲル)に好漢たちは目を白黒させて、驚いたり嘆いたり(いきどお)ったりと(セトゲル)の休まる暇もない。インジャの表情もみるみる曇る。殊にハレルヤが捕らえられたと聞くと、


「……あの将軍が」


 声を漏らす。それをミヒチは耳聡(みみざと)く聞きつけて思うに、


「おや、盤天竜は義君は覚えてないだろうと言っていたが、今のが聞き間違いじゃなけりゃ、こちらもちゃんと覚えているようだよ」


 そしてハリンを見遣(みや)れば、やはり同じ(アディル)ことを考えたらしく小さく頷く。シャイカはいつの間にか話すこともなくなって、無言で(うつむ)いている。インジャがはっと我に返って、


「赫大虫、マシゲルの客人というのは、この黒曜姫のほかに盤天竜殿と活寸鉄とやらがあるのだな?」


はい(ヂェー)


 静か(ヌタ)に答えれば、ううむと唸って、


「私は盤天竜殿とは浅からぬ縁がある。向こうは覚えておらぬかもしれぬが……」


 ミヒチが黙っていられずに、


「十数年前に初陣の戦場でお会いになったのでしょう」


 驚愕して、


「どうしてそれを!?」


「どうしても何も、盤天竜殿がまったく同じことを申しておりましたよ。覚えていないどころの話ではありません」


「おお、そうであったか……」


 嘆息して感慨に(ふけ)っていたが、やがて言うには、


「赫大虫、私は盤天竜殿のために何をすればよい?」


「ご下問がありましたので、お答えします。盤天竜はダルシェがダルシェたることを望んでおります。よって大族より牧地(ヌントゥグ)を拝領し、その翼下で安穏として生きることはその(オロ)に大きく反します」


 インジャはおおいに感心して、


「さすがは()()の大将、その意気や善し」


「然るにタルタル・チノは、ヤクマンの招撫に応じてダルシェの心を失わんとしています。盤天竜はこれを討って部族(ヤスタン)の尊厳を復そうと志しておりますが、いかんせん同志(イル)三人(ゴルバン)を数えるのみで(クチ)が足りません」


 すると即答して何と言ったかと云えば、


「よろしい。我がジョルチは全力で盤天竜殿に助力しよう」


 シャイカがぱっと顔を輝かせたが、すかさずセイネンが立ち上がって言うには、


「お待ちください! それは兵を出してタルタル・チノを討つことも辞さないということですか」


「無論」


「なりませぬ。ダルシェはすでにヤクマンに投じんとしています。これと戦う(アヤラクイ)ことは四頭豹や亜喪神とも兵を交わすことにほかなりません」

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