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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
561/783

第一四一回 ①

インジャ金写駱に命じて迎賓に任じ

セイネン黒曜姫を責めて紅涙を誘う

 さて東原より旅を続けてきた白夜叉ミヒチたちは、ついに義君ジョルチン・ハーンに(まみ)えた。


 気楽で粗野な護衛たち、すなわち黒鉄牛(ハラ・テムル・ウヘル)バラウン、病大牛ゾンゲル、双角鼠(エベルトゥ・クルガナ)ベルグタイは、それぞれ礼を失する言動があったが、みなもとより気にする(たち)ではない。どっと笑って和気藹々(あいあい)と杯を交わす。


 神餐手アスクワの料理(シュース)をたいらげると、いよいよ神箭将(メルゲン)ヒィ・チノの言葉(ウゲ)を伝える。その間もミヒチは、怠りなくインジャを観察していたが、おもえらく、


「なるほど、これはとんでもない宏量、いわゆる大器ってやつだね。我がハーンはどちらかといえば才気煥発で配下にも厳しい君主(エヂェン)だが、このジョルチン・ハーンは何て言ったらいいんだろう。あえて求めずとも誰もがこの人のためならと喜んで尽力する。まったく稀有なことだよ。だいたい人ってのは怠けるものだからねえ」


 もちろん(ヌル)には出さずに、にこやかに会話を続ける。インジャとヒィ・チノ、双方が互いに尊び、惹かれ合っていることは十分にわかった。そこで言うには、


「実は我がナルモントは、ズイエ(ムレン)船着場(オングチャドゥ)を造って、北原に新たな(バリク)を築こうとしています。これもまた司命娘子の発案によるものです」


 インジャはおおいに感心して、


「その方は、ナルモントの(ダナ)と云うべき名臣ですね」


 応じてついショルコウが神都(カムトタオ)軍の奇襲を退けた話(注1)など披瀝(ひれき)しそうになるが、ぐっと(こら)えて言うには、


「その(バリク)は年内には完成する予定です。もしハーンの答礼の使者が北の道(ホイン・モル)を辿って便利があると判じたなら、いかがでしょう。北原にて我がハーンとお会いになりませんか」


 この提案にインジャは(ハツァル)を上気させるほど興奮して、


「実にすばらしい! これまで東原は遠方だと思い込んで諦めていました。何せ神都(カムトタオ)があの有様ですから。ぜひ実現させましょう!」


ありがとうございます(バヤルララ)。我がハーンもきっと喜びましょう」


 インジャは幾度も頷いて、諸将を見わたすと一人に(ニドゥ)を留めて言った。


金写駱(アルタン・テメエン)。白夜叉殿とともに東原へ行ってくれるか」


承知(ヂェー)。喜んで参ります」


「北原というのは、我らがあまり(フル)を踏み入れたことがない土地(コソル)。行く先々で気になったところを描いてきてほしい」


 それを聞いて、みななぜカナッサが選ばれたのか得心する。その異能(エルデム)を知らないミヒチに鉄鞭(テムル・タショウル)のアネクが、


「金写駱は、見たものをそのまま画にしてしまう神技を()っているのよ」


「へえ、そうなんですか。ただ実直ってだけではないんですねえ」


 ハリンがこれを(たしな)めて、


「それはちょっと失礼(ヨスグイ)じゃないか」


「金写駱が悪い(モータイ)んだよ。そんな技があるなんてひと言も言わないんだから!」


 当のカナッサが満面の笑みで言うには、


ええ(ヂェー)、姐さん。おっしゃるとおりです。何はともあれ、よろしくお願い申し上げます」


 またゾンゲルに向き直って、


「兄さん、東原のことをいろいろ教えてください。よろしくお願いいたします」


「うひぃ。俺のことを兄さんだなんて、そんな。いやあ、参ったなあ」


「調子に乗るんじゃないよ。金写駱は(へりくだ)っちゃいるが、ジョルチン・ハーンの正使として東原にお迎えするんだからね。お前なんかとは格が違うんだ」


 たちまち身を縮めて、


はい(ヂェー)、姐さん」


「その正使様を最も粗略に扱っているのは白夜叉じゃないか」


 ハリンが呆れて呟いたが、くどくどしい話は抜きにする。




 インジャは、ミヒチの奔放(ダルカラン)ではっきりとものを言う心性(チナル)をおおいに気に入って、さらに言うには、


「しばらくジョルチに留まり、金写駱にどこへなりとも案内してもらうがいい。特に我が名を付した割符(ベルゲ)を与える。これを示せば、版図(ネウリド)のうちにおいては何を視てもよいし、何を訊いてもよい。もし白夜叉殿に便宜を図らぬものがあれば、きつく叱責するだろう」


 あまりに破格の待遇に、セイネンがおおいに驚いて、


「ハーン、いくら何でもそれは……」


 諫めんとて身を乗り出したが、片手を挙げて制すると、


「白夜叉殿を介して、ヒィ・チノ・ハーンに我が版図を見てもらうのだ。私は信頼(イトゥゲルテン)ある(ヂェウン)のハーンに隠すべき秘密(ニウチャ)などひとつもない」


 セイネンは一礼して、


「失礼しました。ハーンのおっしゃるとおりです」


 これにもミヒチは内心驚いて、


「ますますありえないことだよ。なるほど、ジョルチン・ハーンにはもうひとつ渾名(あだな)があった。これこそまさに『赤心王(フラアン・セトゲル)』の面目躍如だね。いわゆる『赤心を推して人の腹中に置く(注2)』ってやつだ」


 そこで恭しく拝礼して言った。


ありがとうございます(バヤルララ)。テンゲリのごとく高く、エトゥゲンのごとく広いハーンのご厚情(エルゲン・セトゲル)に感謝いたします」

(注1)【ショルコウが神都(カムトタオ)軍の奇襲を退けた話】ヒィ・チノの一回目の北伐中、神都(カムトタオ)軍がその留守(アウルグ)を奇襲したが、ショルコウの十全な対応により事なきを得たこと。このときミヒチは傍にあってこれを助けた。第四 五回①~第四 五回④参照。


(注2)【赤心を推して人の腹中に置く】人を疑わず、真心をもって人に接すること。

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