第一四〇回 ④
盤天竜マシゲルにて賢夫人に訓えられ
白夜叉ジョルチにて金写駱に迎えらる
ミヒチは半ば呆れつつ、半ばはおもしろがって、
「まあ、まじめな人だねえ。私たちはともかく、黒鉄牛たちにもちゃんと挨拶したよ。そっちは疎かにしたってかまわないのに」
それを聞いてバラウンたちは「えっ!?」と目を円くする。カナッサは何も気づかぬ様子で莞爾と笑うと、また深々と頭を下げて、
「みなさま等しく遠方からの賓客、どうして人を観て礼を変えたりしましょうや。さあ、ハーンがお待ちです。オルドへご案内いたします」
「はい、はい。まったくまじめな人が来てくれてよかったよ」
「それが私の唯一の美点でございます」
さらに二日ばかり旅は続く。そのうちにどうした弾みか、カナッサまでミヒチたちを「姐さん」と呼ぶようになった。
これを見たバラウンとベルグタイは、なぜか先を争うようにして「姐さん」と呼びはじめる。何をどう思ってそうなったのか、それは本人はおろかテンゲリすらも知らぬこと。
くだらない話はさておき、八人はついにフドウのアイルに辿り着く。オルドへ伺候すれば、方々から噂を聞きつけた好漢たちが集まっていた。まずはカナッサが進み出て復命する。
「マシゲルより報せのあった東原からの賓客をお連れしました」
高き座より答えたのは、もちろん義君ジョルチン・ハーン。言うには、
「金写駱、ご苦労だった」
そして並んで跪拝する余の七人に向かって笑いかけると、
「ようこそ、ジョルチへ。疲れたでしょう。さあ、面を上げて席に着いてください。詳しい話はそのあとで」
そのあまりにさっぱりとしたもの言いにミヒチはおおいに驚く。内心思うに、
「ははあ、なるほど。これは傑物だ。まったく己を飾らず、威を繕うこともない。人の上に立ってなかなかできることじゃない」
勧められるままに席に着くと、早速酒食が運ばれてくる。もちろんすべて神餐手アスクワが腕に縒りをかけて拵えたもの。乾杯して何げなくひと口食べたゾンゲルが、思わず腰を浮かして、
「うひぃ! うまい! 姐さん、うますぎますよ」
これにはみなどっと笑う。ミヒチは頬を染めて、
「阿呆だね、お前は。恥ずかしいじゃないか。黙ってお食べ!」
「はい、姐さん」
「でもお前の言うとおりだよ。こんなおいしい料理は食べたことがない」
ゾンゲルは大喜びで、誇らしげにバラウンたちを横目に見る。バラウンは口を尖らせたが、そこにちょうどアスクワが現れて、
「いかがですか。お口に合えばよいのですが」
するとたちまち相好を崩して、
「すごくうまいです! ははあ、よもやこんなかわいい方が作ったとは……」
カノンがみなまで言わさず、
「黒鉄牛!」
「すみません、姐さん……」
しゅんとして肩を落とす。ベルグタイはそれを嗤いながら、ひたすら貪り喰らう。ハリンがその袖を引いて、
「双角鼠、そんなにあわてて食べたらみっともないよ。ハーンの御前だよ」
これもたちまち下を向く。ミヒチは首を振って嘆息すると、
「まったくこいつらを連れていたら、君命を辱めないことはないね!」
インジャも含めて諸将はおおいに笑う。鉄鞭のアネクが言うには、
「白夜叉は愉快な人だね」
憤然として答えて、
「私じゃありませんよ。こいつらの頭がどうかしてるんです」
そうしてしばらくはわいわいと騒いでいたが、料理もほとんど片づいたところで漸く百策花セイネンが言うには、
「ハーン、そろそろ客人の用向きをお尋ねになるべきでしょう」
「おお、そうであった。失礼しました、白夜叉殿。神箭将のご高名はかねてより聞き及んでおります。東のハーンは何と仰せでしたか」
ミヒチもまた居住まいを正して、
「畏れながら申し上げます。我がハーンは昔日よりハーンをお慕いしていて、いつの日か親しく言葉を交わすことを念願としております」
インジャは大きく頷いて、
「それは私もまったく同感。互いに知己は数多あるにもかかわらず、いまだお会いできていないのは何とももどかしい。私はその噂を耳にするたびに想いを廻らせ、いつしか神箭将殿を天涯比隣(注1)の朋友とも思うようになりました」
「我がハーンがそれを聞けば、欣喜雀躍して喜ぶことでしょう」
それからインジャは、ヒィ・チノの北伐の成功をおおいに祝した。また金杭星ケルンが、司命娘子ショルコウと婚姻して北伯に任じられたことを聞いて、それは妙策と手を拍って称える。
北原の話題になったので、ミヒチは言った。
「ハーンは北の道をご存知でしょうか」
「浅学にして初めて耳にします」
そこで以前にショルコウが説いた、北原を経由して東西を結ぶ道について語る。
インジャはみるみる目を輝かせて、
「すばらしい! そんな道があろうとは、まるで知りませんでした」
「ええ。私たちもそれは同じです。司命娘子が北原に嫁いで初めて気がついたのですから」
なおも興奮した様子で、
「白夜叉殿は、帰りはそちらから?」
「ああ、まだ何も決めていませんでしたが、それはよいですね。そうしましょう」
「それなら誰か答礼の使者を選ぶので、一緒に連れていっていただけませんか」
ミヒチはこれまでいろいろと頼まれごとをしてきたが、ついに中原のハーンからも依頼を受けてしまったのである。苦笑しつつ言うには、
「承知しました。もう何を頼まれても驚きませんよ」
「ん? 私は何かおかしなことを頼みましたか」
「いえ、こちらの話です。失礼しました」
かくして謹厳実直にして神筆の主たる好漢が、君命を受けて東原に遊ぶ次第となる。まさしく女傑の草原を征けば、進むほどにこれを慕う従者が群がり起こり、ちょうど雁が列を成して飛ぶがごとく追従するといったところ。
果たして白夜叉の新たな従者とはいかなるものか。また盤天竜の件はどうなるか。それは次回で。
(注1)【天涯比隣】どれだけ遠くにいても、まるですぐ隣にいるような気がするほど親しい友人のこと。