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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
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第一四〇回 ④

盤天竜マシゲルにて賢夫人に(おし)えられ

白夜叉ジョルチにて金写駱に迎えらる

 ミヒチは半ば呆れつつ、半ばはおもしろがって、


「まあ、まじめな人だねえ。私たちはともかく、黒鉄牛(ハラ・テムル・ウヘル)たちにもちゃんと挨拶したよ。そっちは(おろそ)かにしたってかまわないのに」


 それを聞いてバラウンたちは「えっ!?」と(ニドゥ)を円くする。カナッサは何も気づかぬ様子で莞爾と笑うと、また深々と(テリウ)を下げて、


「みなさま等しく遠方からの賓客、どうして人を観て礼を変えたりしましょうや。さあ、ハーンがお待ちです。オルドへご案内いたします」


はい、はい(ヂェー ヂェー)。まったくまじめな人が来てくれてよかったよ」


「それが私の唯一(ガグチャ)の美点でございます」


 さらに二日ばかり旅は続く。そのうちにどうした(はず)みか、カナッサまでミヒチたちを「姐さん」と呼ぶようになった。


 これを見たバラウンとベルグタイは、なぜか先を争うようにして「姐さん」と呼びはじめる。何をどう思ってそうなったのか、それは本人はおろかテンゲリすらも知らぬこと。


 くだらない話はさておき、八人はついにフドウのアイルに辿り着く。オルドへ伺候すれば、方々から噂を聞きつけた好漢(エレ)たちが集まっていた。まずはカナッサが進み出て復命する。


「マシゲルより報せのあった東原からの賓客をお連れしました」


 高き座(ウンドゥル)より答えたのは、もちろん義君ジョルチン・ハーン。言うには、


金写駱(アルタン・テメエン)、ご苦労だった」


 そして並んで跪拝する余の七人に向かって笑いかけると、


「ようこそ、ジョルチへ。疲れたでしょう。さあ、面を上げて席に着いてください。詳しい話はそのあとで」


 そのあまりにさっぱりとしたもの言いにミヒチはおおいに驚く。内心思うに、


「ははあ、なるほど。これは傑物(クルゥド)だ。まったく己を飾らず、威を(つくろ)うこともない。人の上に立ってなかなかできることじゃない」


 勧められるままに席に着くと、早速酒食が運ばれてくる。もちろんすべて神餐手アスクワが腕に()りをかけて(こしら)えたもの。乾杯して何げなくひと口食べたゾンゲルが、思わず腰を浮かして、


「うひぃ! うまい(アムトタイ)! 姐さん、うますぎますよ」


 これにはみなどっと笑う。ミヒチは(ハツァル)を染めて、


阿呆(アルビン)だね、お前は。恥ずかしいじゃないか。黙ってお食べ!」


はい(ヂェー)、姐さん」


「でもお前の言うとおりだよ。こんなおいしい料理(シュース)は食べたことがない」


 ゾンゲルは大喜びで、誇らしげにバラウンたちを横目に見る。バラウンは(アマン)を尖らせたが、そこにちょうどアスクワが現れて、


「いかがですか。お口に合えばよいのですが」


 するとたちまち相好を崩して、


「すごくうまいです! ははあ、よもやこんなかわいい方が作ったとは……」


 カノンがみなまで言わさず、


「黒鉄牛!」


「すみません、姐さん……」


 しゅんとして(ムル)を落とす。ベルグタイはそれを(わら)いながら、ひたすら(むさぼ)り喰らう。ハリンがその(カンチュ)を引いて、


双角鼠(エベルトゥ・クルガナ)、そんなにあわてて食べたらみっともないよ。ハーンの御前だよ」


 これもたちまち下を向く。ミヒチは首を振って嘆息すると、


「まったくこいつらを連れていたら、君命を(はずかし)めないことはないね!」


 インジャも含めて諸将はおおいに笑う。鉄鞭(テムル・タショウル)のアネクが言うには、


「白夜叉は愉快な人だね」


 憤然として答えて、


「私じゃありませんよ。こいつらの(タルヒ)がどうかしてるんです」


 そうしてしばらくはわいわいと騒いでいたが、料理もほとんど片づいたところで(ようや)く百策花セイネンが言うには、


「ハーン、そろそろ客人(ヂョチ)の用向きをお尋ねになるべきでしょう」


「おお、そうであった。失礼しました、白夜叉殿。神箭将(メルゲン)のご高名はかねてより聞き及んでおります。(ヂェウン)のハーンは何と仰せでしたか」


 ミヒチもまた居住まいを正して、


「畏れながら申し上げます。我がハーンは昔日(エルテ・ウドゥル)よりハーンをお慕いしていて、いつの(ウドゥル)か親しく言葉(ウゲ)を交わすことを念願としております」


 インジャは大きく頷いて、


「それは私もまったく同感。互いに知己は数多あるにもかかわらず、いまだお会いできていないのは何とももどかしい。私はその噂を(チフ)にするたびに想いを(めぐ)らせ、いつしか神箭将殿を天涯比隣(注1)の朋友(イル)とも思うようになりました」


「我がハーンがそれを聞けば、欣喜雀躍して喜ぶことでしょう」


 それからインジャは、ヒィ・チノの北伐の成功をおおいに祝した。また金杭星(アルタン・ガダス)ケルンが、司命娘子ショルコウと婚姻(ホリム)して北伯に任じられたことを聞いて、それは妙策と(ガル)()って(たた)える。


 北原の話題になったので、ミヒチは言った。


「ハーンは北の道(ホイン・モル)をご存知でしょうか」


「浅学にして初めて耳にします」


 そこで以前にショルコウが説いた、北原を経由して東西を結ぶ道について語る。

挿絵(By みてみん)

 インジャはみるみる目を輝かせて、


「すばらしい! そんな道があろうとは、まるで知りませんでした」


ええ(ヂェー)。私たちもそれは同じ(アディル)です。司命娘子が北原に(とつ)いで初めて気がついたのですから」


 なおも興奮した様子で、


「白夜叉殿は、帰りはそちらから?」


「ああ、まだ何も決めていませんでしたが、それはよいですね。そうしましょう」


「それなら誰か答礼の使者を選ぶので、一緒に連れていっていただけませんか」


 ミヒチはこれまでいろいろと頼まれごとをしてきたが、ついに中原のハーンからも依頼を受けてしまったのである。苦笑しつつ言うには、


承知しました(ヂェー)。もう何を頼まれても驚きませんよ」


「ん? 私は何かおかしなことを頼みましたか」


いえ(ブルウ)、こちらの話です。失礼しました」


 かくして謹厳実直にして神筆の主たる好漢が、君命を受けて東原に遊ぶ次第となる。まさしく女傑の草原(ケエル)()けば、進むほどにこれを慕う従者が群がり起こり、ちょうど雁が列を成して飛ぶがごとく追従するといったところ。


 果たして白夜叉の新たな従者とはいかなるものか。また盤天竜の件はどうなるか。それは次回で。

(注1)【天涯比隣】どれだけ遠くにいても、まるですぐ隣にいるような気がするほど親しい友人のこと。

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