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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
559/783

第一四〇回 ③

盤天竜マシゲルにて賢夫人に(おし)えられ

白夜叉ジョルチにて金写駱に迎えらる

「フドウと兵を交わしたことなどありましたか」


 メサタゲが問えば、


偶々(たまたま)遭遇したのだ。お前はまだ軍にいなかった。インジャがメンドゥの妖人(注1)に養われていたころのことだから、十数年は経つだろう」


 ギィがはっと気づいて、


「それはもしや天下に轟く義君の初陣(注2)の話ではないか」


然り(ヂェー)。正しくは、初陣にどこかの小部族(ヤスタン)を破った帰途、我らに遭遇したのだ。そこで我らはたしかに(ノロウ)を向けた。慢心があったのだろう。まさか迎撃されるなどと思っていなかった我らは、虚を衝かれて勝を制しえなかった」


「盤天竜様はそのときに……」


そうだ(ヂェー)。敵の大将らしき少年を見たとき、なぜか(セトゲル)を惹かれて名を尋ねた。そこでインジャの名を知って『覚えておこう』と答えた。俺も名を訊かれたから、正直(ツェゲン・セトゲル)に名乗った」


「ははあ」


 メサタゲは嘆声を漏らす。ミヒチがその(ムル)を小突いて、


「誰だい、義君に縁がないなんて言ったのは。こちらの盤天竜殿は、ここにいる誰よりも早く義君に会ってるじゃないか」


「あ、たしかに!」


 ギィが呵々大笑して、


「なるほど、白夜叉の言うとおりだ。さすがはあのヒィ・チノが中原に差遣しただけのことはある」


 またハレルヤに向き直って、


「どうだろう、話を通してみてハーンが何と言うか確かめてみては。もしそれが意に沿わなければ、また別の方策を考えればよい」


「ハンにお(まか)せします」


 三人は深々と礼をする。ギィは欣然として言った。


「白夜叉たちはこのあとジョルチのオルドを訪ねるのだろう。赫大虫よ」


「えっ?」


 ハリンは急に呼ばれて(ニドゥ)を円くする。


「今の話を聞いていただろう。お前が白夜叉についてジョルチに参り、盤天竜殿の良きように計らってこい」


「私がですか?」


そうだ(ヂェー)。お前は人の(ドウラ)を酌むことに()けている。きっと盤天竜殿のためにはたらくのだぞ。またよく白夜叉の旅を輔けよ。こう見えて東原からの賓客だ」


「こう見えては余計だけど、私は嬉しいよ。よろしくね、赫大虫」


「あらあら、これは難題だ。心労で痩せてしまうかもねえ」


 言いつつよく肥えた腹(タルガン・ゲデス)をさすったものだから、一同は大笑い。またギィは、バラウンとベルグタイをその護衛に任じた。カノンが笑って、


「おや、病大牛みたいのが三人(ゴルバン)に増えたよ」


 するとみな口々に、


「酷いや、姐さん。俺はこいつらよりはできますぜ」


「病大牛の(ともがら)だなんて、ご勘弁を!」


「俺だってこの二人よりは……」


 ミヒチがまとめて一喝して、


「うるさいよ! 黙ってついてくるんだ!」


 真っ先に応えたのはもちろんゾンゲル、間髪入れず、


はい(ヂェー)、姐さん!」


 余の二人もつい背筋を伸ばして、


はい(ヂェー)!」


 そう答えたので、カノンは笑って、


「きっとそのうちみな『はい(ヂェー)、姐さん』って言うようになるね」


 三人は反論するでもなく、にやにやと少し嬉しそうにしている。コルブは(フムスグ)(しか)めて、


「あれでちゃんと務め(アルバ)を果たせるのかね」


 呆れて呟いたが、くどくどしい話は抜きにする。




 ミヒチたちは準備を整えると、諸将に見送られて出立する。(したが)う面々は、カノン、ゾンゲル、バラウン、ハリン、ベルグタイ、そしてダルシェからはシャイカ。


 ハレルヤやメサタゲが同行しないのを(いぶか)しく思う方もあるかもしれないが、これはギィがウチンの進言を容れて、ある意味気を()かせて留めたのである。


 というのも、不羈(ふき)をもって立つダルシェを再興すべきものが、余人に膝を屈したなどと風評が立っては何にもならないからである。かりにインジャに助力(トゥサ)を求めるとしても、その名を(はずかし)めぬ形にしなければならない。


 そこで自らはマシゲルに留まって、代わりにシャイカを送るよう勧めたという次第。ハレルヤとメサタゲがおおいに感謝したのは言うまでもない。


 またアンチャイがハリンに(さと)して言うには、


「盤天竜殿は単なる私人ではありません。今やダルシェの心を体現するもの、すなわちダルシェそのものです。ハーンに説くにそのことを忘れてはなりません」


 ハリンは答えて、


難しい理(ヘツウ・ヨス)はともかく、決して盤天竜殿に恥ずかしい思いはさせませんよ」


「ああ、赫大虫は何も言わなくても解っていた。貴女に(まか)せます」


 かくして四人の女丈夫と三人の気楽な護衛は、数名の従者(コトチン)とともに北上する。女たちはあれこれと喋り合い、ときに男どもを罵り、揶揄(からか)いながらの愉快な道中。敷設された駅站(ヂャム)を辿っていくので何の懸念もない。


 やがてオルドの南方に牧するジョンシのアイルに達する。族長(ノヤン)胆斗公(スルステイ)ナオルは、やはり西原の北伐に加担しているので不在だった。


 しかしそこにインジャからの迎えが来ていた。満面の笑みを浮かべて現れたのが誰だったかと云えば、金写駱(アルタン・テメエン)カナッサ。一人一人と丁重に挨拶を交わす。言うには、


「義君ジョルチン・ハーンの下命(ヂャルリク)で、みなさまをお迎えに上がりました。ジョルチ部ベルダイ氏のカナッサというつまらぬものでございます。人からは金写駱と呼ばれております。どうぞよろしくお願いします」


 一言半句(はぶ)くことなく、所作も含めて謹厳に七回繰り返す。

(注1)【メンドゥの妖人】タロト部の前ハーン、ジェチェン・ハーンの渾名(あだな)。インジャは六歳から十六歳までジェチェンの下で育った。第 三 回②参照。


(注2)【義君の初陣】ダルシェとの遭遇戦については、第 四 回④参照。

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