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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
556/783

第一三九回 ④

メサタゲ(ひそ)かに刀剣を(かく)して同胞を探り

シャイカ自ら犠牷と為りて弑虐(しいぎゃく)を試む

 メサタゲが(にわ)かにぱんと(エメル)を叩いて、


「そうだ、黒曜姫。お前の考えを聴こう」


「何でしょう?」


「我ら三人、帰るところがない。これからどうしたものかな」


 どこか楽しそうな口調である。シャイカはやや呆れて、


「活寸鉄! あなたって……」


 辛うじて言葉(ウゲ)を呑み込んだが、メサタゲは鋭く応えて、


「おいおい、そんな(ヌル)をするな。俺は機に臨んで変に応ずる(たち)なんだ。緻密に考えを巡らせていても、ちょっと狂っただけですべて徒労になるからな」


 屈託なく笑う。シャイカは気を取り直して、ハレルヤに言うには、


「三年ほど前に、盤天竜様がかわいがっておられたものがいるではありませんか」


「ん?」


黒鉄牛(ハラ・テムル・ウヘル)ですよ。大勢客人(ヂョチ)が訪ねてきて連れていった(注1)でしょう」


 (ようや)く腑に落ちて、


「おお! 黒曜姫はまことに賢い! あれはもとはマシゲルの部将。記憶を復したとかで獅子(アルスラン)に返したのだった」


 メサタゲが嬉しそうに、


「では決まりですな。マシゲルの厩舎(アラチュグ)を借りましょう」


うむ(ヂェー)。獅子と黒鉄牛なら、我らを粗略には扱うまい」


「黒鉄牛の奴、もとの記憶を復したせいでダルシェのことをすっかり忘れて(ウマルタヂュ)なければいいんですがね」


「いくら何でもそこまで阿呆(アルビン)ではない」


 三人は高々(ホライタラ)と笑い合うと、マシゲルの牧地(ヌントゥグ)を指して北上の途に就いた。道中は飢えては喰らい、渇いては飲み、夜休み、朝発つお決まりの行程。


 マシゲルのオルドは、ジョルチに投じたあともケルテゲイ・ハルハに在った。ところがそもそもかの地は、ギィたちが(ブルガ)の追撃を逃れるべく隠れ潜んだ険隘(けんあい)の地。何となく見当をつけてはいたが、一向に辿り着けない。


「やれやれ、獅子どころか銀鼠(ウネン)にも逢わない。参りましたね」


 余の二人は取り合わない。もっと西方かと馬首を転じてさらに進む。と、シャイカがはっと手綱(デロア)を引いて、


「あれを。何処かの兵が哨戒しています」


 ハレルヤも馬を止めてじっと(ニドゥ)を凝らしていたが、やがて愁眉を開くと、


「何とここで旧知に()えるとは、何という僥倖」


「ご存知なのですか」


 シャイカが驚いて問えば、メサタゲを(うなが)して、


「活寸鉄、あれを見ろ。お前も知っている連中だ」


「ふうむ。黒鉄牛を除いたら、よそに知己などないんですがね……」


 ともあれ目を細めて彼方を望む。


「あ……」


 その目がみるみる見開かれる。


「盤天竜様! あれはもしかして!」


然り(ヂェー)。赤流星に違いない」


「赤流星?」


 シャイカが問う。頷いて嬉しそうに言うには、


「ジョシ氏の精鋭だ。俺はつくづく(れき)公と縁がある(注2)らしい」


「礫公……」


「ジョシの族長(ノヤン)だ。名はソラとか云ったかな。たしか彼らもジョルチに投じたのであったな」


 メサタゲが答えて、


はい(ヂェー)。どうやら我らは(モル)を誤ったようです。ジョシが与えられたのはメンドゥ(ムレン)に近い牧地だったはず」


「まあよい。これもテンゲリの導き。まずは礫公に挨拶だ」


 しかしこのとき赫彗星ソラは、ウリャンハタの北伐を援けるべく出征していて留守(注3)であった。話が前後して混乱する方もあろうが、西原の北伐はまだ完了していない。ちょうど武神モルトゥが奇人チルゲイの説得に応じて帰投(注4)したころである。


 ソラの不在を知って一行は落胆したが、もちろん盤天竜の勇名は知れわたっていたので、留守陣(アウルグ)にておおいに歓待される。また早馬(グユクチ)が立てられ、マシゲルに三人の来訪が知らされる。


 幾日か滞留していると、ほどなく迎えが来た。見れば当の黒鉄牛バラウンと迅矢鏃(じんしぞく)コルブであった。コルブは、ギィがバラウン一人では不安に思って附けたのである。


 かつての主従は三年ぶりの再会をともに喜び合う。ひととおり再会を祝すると、バラウンは早速目を転じて言うには、


「ああ、シャイカちゃん! ちょっと見ない間にさらに美人(ゴア)になったねえ」


 メサタゲが笑って、


「何だい、盤天竜様より黒曜姫に会えたことのほうが嬉しそうじゃないか」


 バラウンは(テリウ)を掻きながら、


「えへへ。そんなことは……」


「で、黒曜姫はどうなんだ。黒鉄牛はお前をお気に召してるようだぜ」


 するとうっすらと微笑を(たた)えて言うには、


「ありがとう。でも黒鉄牛は誰にでもそういうことを言うから」


「えっ、そんなっ! そんなことないよぅ!」


 あわてて弁明する。コルブが呆れて、


「まったくお前は記憶があってもなくても変わらんな」


 これには一同大笑い。ともかく危地(アヨール)を脱した安堵から、ダルシェの三人も久しぶりに(くつろ)いで酒食を楽しんだ。その夜はアイルに一泊して、翌日ともに発つ。


 ()()を追われた三個の宿星(オド)は、旧知を(たの)んで獅子に投じることになった。このことから草原(ミノウル)に冠たる猛将(バアトル)は、遠く昔日(エルテ・ウドゥル)の邂逅に思いを致し、英雄の恩沢に浴して客人の座を得る次第となる。


 これこそまさしく、おおいなるテンゲリの叡慮は人智の及ばぬところにて、その宿縁は十数年前にすでに定まれりといったところ。果たしてマシゲルに向かった盤天竜たちを待つのはいかなる命運(ヂヤー)か。それは次回で。

(注1)【客人(ヂョチ)が……連れていった】奇人たちがカラバルの同士討ちを再現したところ、記憶を復したのでマシゲルに連れて帰ったこと。第一〇二回②参照。


(注2)【礫公(れきこう)と縁がある】かつて梁公主に(おとしい)れられた赫彗星と、盤天竜は戦場で相対した。第八 三回①~第八 三回④参照。その後、マシゲルに投じた赫彗星を偶々(たまたま)ダルシェが襲ったことを機に黒鉄牛の所在が知れた。第九 八回③参照。


(注3)【出征していて留守】ジョルチからの援軍については、第一二〇回④参照。


(注4)【モルトゥが……帰投】第一三二回①参照。

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