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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
553/783

第一三九回 ① <メサタゲ登場>

メサタゲ(ひそ)かに刀剣を(かく)して同胞を探り

シャイカ自ら犠牷と為りて弑虐(しいぎゃく)を試む

 さてダルシェの盤天竜ハレルヤは、大君(イェケ・アカ)タルタル・チノの逆鱗(げきりん)に触れたために、笞刑(ちけい)を得て檻車に押し込まれてしまった。


 頑健な体格が幸いして(ヤス)こそ砕けなかったが、皮は破れ、肉は裂け、見るも無惨な有様に(オロ)あるものは密かに(いきどお)った。


 黒曜姫シャイカは何も口には出さなかったが、やはり心中おおいに憂えてある決心をした。ハレルヤの容態を窺って恢復に時日がかかると見るや、焦ることなく策を練って機会(チャク)を待つ。彼女が何を為さんとしているかはいずれ判ること。


 嘆くものあれば、喜ぶものがあるのが世の道理(ヨス)()()の大将ハレルヤの失脚は、その座を狙うものにとっては天佑とも云うべきだった。


 野望を(たくま)しくするものは、(こぞ)ってタルタル・チノのもとを訪ねてその英断を讃え、またハレルヤの固陋(コキル)(そし)った。


 気を好くしたタルタルは、佞臣どものうちからガリドを立てて新たな大将とした。また副将にはトゥクトゥクを起用した。どちらも深慮遠謀なく、権勢を(みだ)りに振るうばかりの愚物。


 それまでハレルヤの下で戦っていた幕僚や部将たちの不満はおおいに募った。みな鬱屈を抱えたまま、早くハレルヤが恢復するよう祈った。


 とはいえ、恢復したからといって何をするという案があるわけではなかった。ただそのときが来たらきっと何かが起きるだろうと漠然と期待していたに過ぎない。


 しかし独りだけ、慨嘆するばかりの同胞(イル)とは異なって、やや明確な目算を秘めたものがあった。帳幕(ホシリグ)の幕僚としてハレルヤを輔けていたもので、名をメサタゲと云う。その人となりはと云えば、


 身の丈は七尺三寸ほど、年のころは盤天竜と同じ、細い(ニドゥ)(しろ)い歯、温顔にして爽邁(そうまい)なるも笑いの(うち)に刀を(かく)し、ときに寸鉄人を殺す叡智の主。人はこれを尊び、これを畏れ、「活寸鉄(生ける小さな刀の意)」の渾名(あだな)を奉る。


 メサタゲはもはや部族(ヤスタン)の分断は避けられぬと看た。結束(ヂャンギ)(ほころ)びを(つくろ)わんよりは、それを押し拡げて飛び出すのが(クトゥグ)と思い定めたのである。


 ハレルヤが恢復したらこれを救い出して同志を募り、奸賊に(くみ)して保身を図る老人(ウブグン)どもを討たなければならない。


 しかし日ごろは口数少なく、莞然と笑って人の話を聞いている(たち)のメサタゲは、焦ってことを起こそうとはしなかった。タルタル・チノを是とするものとも非とするものとも変わりなく交わり、黙ってその本心(カダガトゥ)を探った。


 中にはその智慧を(たの)んで意見を求めるものもあった。するとメサタゲは(うそぶ)いて言うには、


「ダルシェはダルシェさ。どんな境遇に在ってもそれを忘れなければいい」


 一騎当千の驍兵たちは、真意を(つか)みかねて決まって(ヌル)(ゆが)める。それを見てからからと笑うと、


「酷い顔だ。くだらぬことは考えずに(ヂダ)でも磨いていろ」


 それっきり何も言わない。これは叛心(オエレ)を誰にも悟られぬよう警戒していたからでもある。うっかり(セトゲル)を開いた相手が間者であったなら、ハレルヤを救うどころではない。


 自らが腹に刀を(かく)しているからこそ、迂闊に人を信用しないのがメサタゲの流儀であった。


 ところが観ることに集中すればするほど、観られていることにはなかなか気づかぬもの。ある(ウドゥル)、メサタゲを訪ねてきたものがあって、(にわ)かに言うには、


「活寸鉄は盤天竜と(オロ)を同じくするものでしょう?」


 内心ぎょっとしたが、平静(ガイグイ)を装って言うには、


「何のことかな? さっぱりわからない」


「隠さなくてもいい。私、知ってるよ」


 それこそ黒曜姫シャイカであった。彼女は彼女で黙って観察した結果、メサタゲこそ信頼(イトゥゲルテン)に足る同志(イル)と看てこれを訪ねたのであった。もとより知らない仲ではなかったので、メサタゲは莞爾と笑うと、


(かな)わないな、黒曜姫には」


 シャイカもまた微笑むと、


「活寸鉄はこのあとどうするつもりなの?」


 問えば答えて、


「今、我らにできることは少ない。何より盤天竜が起たなければ、大山(アウラ)を動かすことはできない」


ええ(ヂェー)


「黒曜姫は黒曜姫で何か思うところがあるのだろう?」


ええ(ヂェー)


 頷いたが、なかなか話そうとしない。飽かずに待っていると、やっと言うには、


「みな大君を恐れている。こればかりは身についたものだから、一朝に(くつがえ)すことはできない」


「そのとおりだ。たとえ盤天竜が起っても、面と向かって大君に逆らうのに躊躇するものはあるだろう」


ええ(ヂェー)。だから……」


 シャイカは口籠もる。メサタゲはたちまち意図を察して、


「なるほど、さすがは黒曜姫。その姿形(ウヂェスグレン)からは想像もできぬ雄心(ヂルケ)だ」


 褒められてシャイカは顔を(あから)める。メサタゲが言うには、


「だが黒曜姫よ、無理はするな。いかに(すぐ)れた(エルデム)があるとはいえ、お前は一個の女子(オキン)だ」


ええ(ヂェー)


 こういった会話がなされてから、メサタゲはなお一歩を進めて慎重に人を見極め、これぞというものにはそれとなく水を向けてみたが、多くのものは、


「俺も盤天竜に同意するし、同情もしているが、やはり大君の在るうちは……」


 そう言って何ごとも明言しない。さもありなんとてメサタゲは落胆もしなかった。やはりシャイカの言うように、大君への畏怖はどうにも(ぬぐ)いがたい。

(注1)【爽邁(そうまい)】気性がさっぱりしてすぐれていること。

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