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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
548/783

第一三七回 ④

コテカイ書庫を訪ねて笑面(だつ)(とが)

ミヒチ南伯を評して楚腰公に告ぐ

 戻ってきたミヒチを見て、サルチンが(いぶか)しんでいると、


「楚腰公、もうひとつお伝えしておきます」


「どうした、怖い(ヌル)をしているぞ」


 左右を見回すと少し顔を近づけて、


「南伯よりも、どうやら笑面(だつ)のほうが黒い影(ハラ・セウデル)を飼ってるよ」


「何と。奴に会ったのか」


ええ(ヂェー)


 サルチンも(ダウン)をひそめて、


()()()とはどういうことか」


「笑面獺は、何も見ていない」


「ん?」


隻眼傑(ソコル・クルゥド)以外は」


 (フムスグ)(しか)めて言うには、


「お前の言うことはいちいち解りにくいな」


「悪かったね。ええと、何て言えばいいかな。南伯が己の野心をハーンに託しているように、笑面獺はすべてを南伯に託しているってことさ。それ以外は彼にとってすべて瑣末なこと」


「つまり光都(ホアルン)との友誼(ナイラムダル)や契約はおろか……」


そう(ヂェー)、我がハーンでさえも……。彼には忠心(シドゥルグ)どころか信義も(ドウラ)もさっぱりないよ。いっそ見事と言いたいくらいなもんさ」


「なるほど。よく教えてくれた」


 ミヒチはもう一度顔を近づけると、


「まあ、気をつけたほうがいい。ただし解っているだろうが、すべて私の印象だからね。まるで外れてるってこともあるからね」


承知した(ヂェー)


 ミヒチはこれですっきりしたとばかりに莞爾と笑うと、何ごともなかったように帰ったが、くどくどしい話は抜きにする。




 ツジャンからの(わずら)わしい依頼も(ようや)く片づいたので、ミヒチは三日ばかりをのんびりと休養に充てた。


 そのまま住みついてしまいそうな気配にゾンゲルがそわそわしはじめたので、しぶしぶ重い腰を上げて発つことにする。そこへ一丈姐(オルトゥ・オキン)カノンがやってきて、


「行くのかい?」


「まあ、年内にはジョルチまで行っておかないとだからねえ」


「私も行くよ」


 (にわ)かに言ったので、さすがのミヒチもおおいに驚く。


「それは本心(カダガトゥ)かい!? もの好きだねえ。かまわないけど楽じゃないよ」


「だからいいんじゃないの」


 呵々と笑う。それぞれ準備を整えて、ともに発つ。ヘカトに代わってカノンが加わったことになる。


 さて一行は舟で対岸に渡った。いよいよ中原である。(ムレン)を離れてヤクマン部の版図(ネウリド)に入ってしまうと危険(アヨール)が多いので、河沿いに北上して神風将軍(クルドゥン・アヤ)アステルノ率いるセント氏のアイルを指す。


 数日間は何ごともない。天候にも恵まれて気分よく(アクタ)を駆る。ある(ウドゥル)、軽く食事でも摂ろうと馬を止めて休憩していたところ、カノンが声をひそめて言った。


「昨日あたりから跡を()けてくる奴があるようだよ」


「えっ!? それは(ウネン)?」


 ミヒチが思わず声を挙げる。それをしっと制して、


「間違いない。ずっと同じ速さ、同じ間隔でついてくる連中がある。商旅に見せているがおかしいだろう?」


 ゾンゲルが首を(すく)めて、


「うひぃ」


 呟くが、これは黙殺される。ミヒチはいよいよ眉を(ひそ)めて、


「何ものだろうね。どうする?」


「そうだねえ。野盗(ヂェテ)の類ならとっくに襲ってきてると思うんだ。そうじゃないということは……」


神都(カムトタオ)、あるいはヤクマンの間諜といったところかねえ」


 そう言えば、カノンは嬉しそうに、


「さすがは白夜叉、私も同じ意見だよ」


「うひぃ」


「どっちにしろ(わずら)わしいには違いない。()いてしまうか、討ってしまうか……。相手は何騎ほど?」


「おそらくは十騎(アルバン)前後。……やってしまうかい?」


 カノンの(ニドゥ)が光を帯びる。


「うひぃ」


「うるさいね、さっきから! (アマン)を縛っときな!」


はい(ヂェー)、姐さん」


 しゅんとして黙り込む。そんなゾンゲルを放っておいて、二人の女丈夫は何やら密談しはじめる。と、ゾンゲルはふと左手前方、五十歩ほど先に一騎の人影(セウデル)を認めて言った。


「ちょっと姐さん方、あれをご覧なさい」


 ところが二人は相談に夢中で気づかない。勇を奮い起こしてさらに言うには、


「姐さん方! あちらにも胡乱(うろん)な奴がおりますぜ」


 やっとミヒチが応えて、


「何だい、うるさいよ。大事な話をしてるんだから……」


 言いつつ顔を上げれば、ゾンゲルの指す一騎が(ようや)く目に留まる。


「ん? あれは(オキン)だね。何をしているんだろう、独りで」


 カノンもまた気づいて、


「あら、かわいい娘さんじゃないか。偶々(たまたま)通りかかったんだろう。あんな子に(ツォサン)を見せたらいけないね。もう少し先へ進んで、人目につかないところでやっちまおうよ」


 そこで三人は何食わぬ顔で再び馬上の人となると、そっと駆けだした。ちらりと後ろを見遣(みや)れば、(くだん)の商旅もまた動きだす。


 一方、前にいた娘はというと、そのまま馬を止めてじっとこちらを見つめている。ミヒチたちは特段の意を払うことなくそのまま北上する。


 と、ゾンゲルがちらとそちらを見て、


「うひぃ。姐さん方、あの子もついてきますぜ」


 横目で見れば、たしかに五十歩ほどの間合いは保ちつつ、こちらの足に合わせて馬を走らせている。カノンが眉間に皺を寄せて、


「何だかわからないけど、気にしてもしかたないね。娘さんには悪いけど、ちょうどいいところを見つけたらやるよ」


 さてこのことから両個の女丈夫は縦横に得物を振るって、寒光影裡に人頭は落ち、殺気叢中に血雨を噴くという次第となる。


 またテンゲリの導きによって一個の佳人に()い、その口から驚くべき顛末(ヨス)を告げられるわけだが、これこそまさに「面上には笑容ありといえども、眉間には殺気を帯着す」といったところ。果たして彼女たちはいかにしてこれを逃れるか。また謎の娘はいかなるものか。それは次回で。

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