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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
545/783

第一三七回 ①

コテカイ書庫を訪ねて笑面(だつ)(とが)

ミヒチ南伯を評して楚腰公に告ぐ

 さて白夜叉ミヒチは、ハーンに命じられてやむなく中原へ赴くことになった。ともに行くのは病大牛ゾンゲル、また光都(ホアルン)までは鉄面牌(テムル・フズル)ヘカトも同道する。出発の朝、不意に鳳毛麟角ツジャンが訪ねてきて言うには、


光都(ホアルン)に行く前に南伯を訪ねてほしい」


「それで?」


「ううむ。よく観て、思ったことを鉄面牌と光都(ホアルン)の楚腰公に伝えておいてくれ」


 というのは、ツジャンはその当初より隻眼傑(ソコル・クルゥド)シノンについて、「人の下風に立つものではない」と疑ってやまなかったからである。ただミヒチにはその懸念について伝えなかったので、首を(かし)げながら承知する。


 道中は飢えては喰らい、渇いては飲み、夜は休み、朝に発つお決まりの行程。「楚腰道」と称される駅站(ヂャム)(ウリダ)へ下っていく。駅を辿るおかげで、眠るところや糧食(イヂェ)について(セトゲル)(わずら)わせることもなく、無事に南伯のアイルに達する。


 先に軽騎を()って到着を告げていたおかげで、すんなりとシノンのゲルに通される。ミヒチらを迎えて言うには、


「ハーンの勅命(ヂャルリク)を奉じて中原へ参られるとか。ご苦労なことよ」


 ヘカトが丁重に答えて、


「東原がよく治まっているのは、南伯のおかげです。ハーンは常に南伯を(たた)えておりますぞ」


「それは光栄。さあ、ヘカト殿、それから随従のお二人も(くつろ)いでくれ」


 どうやらシノンは少しばかり思い違いをしているようであった。命を帯びたのはミヒチであってヘカトではないのだが、(ごう)も疑う様子はない。


 ゾンゲルがむっとして誤りを正そうとしたが、なぜかミヒチはそっと制する。同時にヘカトにも目配(めくば)せする。のちにヘカトがわけを問えば、答えて言うには、


「そんなことを指摘して互いに恥を掻くことはないだろう。それに鳳毛麟角から『よく観ろ』と言われていたからね。何だかこれはそのままにしといたほうがおもしろい(ソニルホルトイ)と思ったのさ」


 それはさておきシノンは上機嫌で、自信と気概に満ち溢れているようだった。もとよりヘカトは口数が少なく、また常には(ヘル)の滑らかなミヒチも遠慮して話を(うなが)すばかりだったので、(ボロ・ダラスン)(クチ)も加わっておおいに壮語しはじめる。


 相伴せる近臣は、帰順した小部族(ヤスタン)の中から登用されたものであったが、いずれも凡夫の類にてシノンを誉めそやすばかり、異を唱えることもない。それもそのはず、みな南伯に恩義があり、その才略(アルガ)と権勢を敬っているのでやむをえない。


 幼いころ(バガ・ナス)からの盟友(アンダ)である笑面(だつ)ヤマサンがあればまた違っただろうが、光都(ホアルン)の防衛を託されているためここにはない。


 とはいえやはり隻眼傑は英傑(クルゥド)と称されるに相応しく、言葉の端々に才気が横溢(おういつ)する。それにはヘカトもミヒチもおおいに感心する。また神箭将(メルゲン)ヒィ・チノを敬慕することも尋常ではなく、(ニドゥ)を輝かせて言うには、


「俺はハーンを(たす)けて、東原のみならず草原(ミノウル)すべてを(ガル)に入れたい。ハーンは、『諸王の王』としてこれに君臨するのだ。わくわくするだろう」


 また言うには、


「ハーンは一世の英雄、草原(ミノウル)にこれを超えるものなどあろうはずがない。ハーンは常に人衆(ウルス)の頂点にあらねばならぬ。日輪(ナラン)はテンゲリにおいて群を抜いて明るく、いかなるものも及ばないからこそ尊い。俺はそう思っているからこそハーンに従い、これに仕えるのだ」


 そのハーンにときに直言して(はばか)らぬミヒチは内心やや辟易(へきえき)したが、面には出さずに言った。


「南伯の忠心(シドゥルグ)は全人衆の範となりましょう」


 シノンは目をぎらぎらさせて喜ぶ。またしばらく飲んで、(ようや)くミヒチが言った。


「ヘカト様、明日も早く発たねばなりません。そろそろ」


「あ、ああ。そうだな」


 そう言って丁重に礼を言って辞去する。それぞれ案内されたゲルで一泊して翌朝、シノンに挨拶すれば、


「よく中原を(しら)べよ。いずれこの隻眼傑がハーンに奉呈(オルゴフ)してくれようからな」


 三人は苦笑しながら、はい(ヂェー)ともいいえ(ブルウ)とも言わずに出発した。しばらく行ったところでヘカトが尋ねて、


「鳳毛麟角から南伯を観るよう言われたのだろう。で、白夜叉はどう思った?」


 するとやや暗鬱な調子で答えて言うには、


光都(ホアルン)に着いたら話すよ。楚腰公にも伝えるよう言われたからね、幾度も同じ話をしたくないじゃないか」


「ふうむ」


 ヘカトは唸ったきり黙り込む。するとゾンゲルが(せき)を切ったように、


「わしはどうにも合いませんなあ! そもそも姐さんを随従と決めつけるなんて失礼(ヨスグイ)な奴じゃありませんか。周りに侍る連中も……」


 たちまちミヒチは怒鳴りつける。


「うるさい、お前のことなんて聞いちゃいないよ! ああ(ヂェー)、解ってるよ、お前がどう思ったかなんて。何せ長い付き合いだからねえ」


「へへへ……」


 にやにやしていると、


「ぼうっとしてると置いてくよ! 先はいやになるほど長いからね」


 さっと馬腹を蹴る。ゾンゲルは無論、ヘカトもあわててこれを追ったが、くどくどしい話は抜きにする。


 さらに楚腰道を下って旅は続く。ことがあれば話は長くなり、なければ短くなるもの。さすが隻眼傑の駅站(ヂャム)経営は完璧(ブドゥン)で、やはり無事に光都(ホアルン)に至る。

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