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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
544/783

第一三六回 ④

ショルコウ金杭星を(たす)けて北原の利を図り

ヒィ・チノ白夜叉を派して四方の情を探る

 ワドチャがおおいに頷きつつ、


「超世傑殿については存じ上げませぬが、獅子(アルスラン)ギィは(まぎ)れもなく一世の英傑(クルゥド)(サルヒ)の噂によれば、マシゲルは(ソオル)に由らず自ら望んで幕下に投じたとのこと。義君なる人物、どれほどの器量か想像もつきません」


「それよ。俺も不慮のこと(注1)がなければ、十年近くも前にジョルチを訪ねているはずだったのだ。獅子や超世傑もさることながら、以前に東原に来た(注2)胆斗公(スルステイ)ナオルもまた俊傑だった。まったくインジャとはたいしたものではないか」


 ミヒチがふと気づいて、黙って杯を傾けているヘカトに言うには、


「おや、鉄面牌(テムル・フズル)は義君と面識はないの?」


うむ(ヂェー)。そういえばないな……」


 するとゾンゲルがやめておけばよいのに、


「姐さん、わしも知りませんぜ」


阿呆(アルビン)だね! 鉄面牌も知らないのに、いわんやお前みたいなものが知るわけなかろう。黙って飲んでな!」


はい(ヂェー)、姐さん」


 嬉しそうに杯を傾ける。ヘカトは胡乱(うろん)な目をこれに向けたが、気を取り直して言うには、


「いっそ中原へ誰か()ってはいかがですか」


 ヒィはばしっと膝を叩いて、


「そうだな! ここであれこれ言っていてもしかたない。では……」


 座をぐるりと見回して、


「白夜叉、お前は案外ものがよく見えている。中原へ行ってこい」


 ミヒチは細い(ニドゥ)をこれ以上ないくらい見開くと、


「いやです」


 即答したものだから、傍ら(デルゲ)のワドチャが狼狽のあまり杯を落とす。あわてふためいて言うには、


「おい、ハーンの命令(ヂャルリク)を言下に断るとは何ごとだ。申し訳ありません、どうかお(ゆる)しを……」


 ヒィは呵々大笑して、


「俺は白夜叉のそういうところを買っているのだ。だがどうあっても行ってもらう。何も今すぐ発てと言っているのではないぞ」


「では来年あたり……」


「ん? 明朝……、遅くとも明日の夕刻(ヂルダ)には」


 これを聞いてミヒチは(フムスグ)を吊り上げる。ほかの相手なら瞬時(トゥルバス)に罵詈雑言が九百(イェスン)ばかり溢れだすところだったが、さすがに自重してただひと言、


最悪(モータイ)!」


 ワドチャが青ざめるのもどこ吹く風。さらに(あらが)って言うには、


「使者ならいつも神行公(グユクチ)が務めているじゃありませんか。今回も神行公に(たの)んだらどうです?」


 ヒィはふふんと笑って、


「あれには東原ではたらいてもらう。それに迅速(クルドゥン)を重んじるなら奴を送るが、今回はそうではない。じっくりと中原を観てきてほしいのだ。諦めて行け(ヤブ)


はい、はい(ヂェー ヂェー)。わかりましたよ」


 早速中原へ行く算段をして、やはりゾンゲルが護衛がてらついていくことになった。ヘカトも渡し場(オングチャドゥ)を建設するにあたって、職人などを(もと)めるべく光都(ホアルン)まで同行する。


 ミヒチは中原に何の知己もないので、ワドチャがギィに宛てた書簡を(したた)めてこれに託した。また文字(ウセグ)を知らぬヒィに代わって、ムジカやナオルらに宛てた書簡も作成した。ミヒチは眉を(しか)めて、


「病大牛、お前がすべて預かっといて。失くしたら承知しないよ」


はい(ヂェー)、姐さん」


 そうして翌朝、ぶつぶつ言いながらそれでも発つ用意をしているところへ、何とツジャンが現れて言うには、


光都(ホアルン)を経由して中原に行くそうだな」


「ああ、鳳毛麟角。(チフ)が早いね」


「そこで白夜叉に頼みがある」


 それを聞くやテンゲリを仰いで、


「最悪! あんたもかい。まったく何でもかんでも私に押しつけて!」


 ツジャンはやや気圧(けお)されながら、


「すまないが、ここはひとつ頼まれてくれ」


「何を」


 冷たく訊き返せば言うには、


光都(ホアルン)に行く前に南伯を訪ねてほしい」


「それで?」


「ううむ。よく観て、思ったことを鉄面牌と光都(ホアルン)の楚腰公に伝えておいてくれ」


 呆気にとられて、


「それだけ?」


ああ(ヂェー)、とりあえずそれだけだ。率直に思ったことを言うのだぞ」


「……よく解らないけど、頼まれたよ」


 溜息を()いて(うべな)う。準備が整ったので、ヘカト、ゾンゲルとともにオルドへ挨拶に寄ってから旅立つ。ツジャンは遠くにそれを見送りながら密かに思うに、


「南伯は人の下風に立ち続けられるものではない。あの白夜叉は存外に賢いが、よく知らぬものからはそうは見えない。いかに隻眼傑(ソコル・クルゥド)とはいえ、あれを前にしては思わぬ(ゆる)みを生じるだろう。それを白夜叉が何と見るか……」


 (きびす)を返しつつ、


「もちろん南伯は有能だし、ハーンの信頼(イトゥゲルテン)も厚く、忠心(シドゥルグ)も旺盛だ。このまま何も起きなければそれに勝ることはない」


 また顧みて、


「ただおかしな言い方だが、信頼も忠心もどちらも度が過ぎる。さながら細い糸を双方から力いっぱい引いて、(あや)うく均衡を保っているようなもの……。ちょっとしたことでどうなるか……」


 ひとつ首を振ると、


「私の考えすぎならそれでよい。まずは白夜叉の見たところを知ってからだ」


 なおもぶつぶつ言いながら去ったが、くどくどしい話は抜きにする。




 かくして一個の女丈夫は数多の任務(アルバ)を託されて発ったのであるが、このことから宿星(オド)はますます(めぐ)り、東原と中原の紐帯(ヂャンギ)は密やかに進んで、のちの大同の素地を成すこととなる。


 (たと)えて云えば(オス)の高きから低きに流れるがごとく、時流の赴くところ、渦中の人は悟らずとも自ずからひとつ(ネグ)といったところ。まずは鳳毛麟角の求めに応じて南伯を訪ねるが、果たして白夜叉の旅はいかなる顛末(ヨス)を辿るか。それは次回で。

(注1)【不慮のこと】チルゲイとともにいよいよジョルチを訪ねようとしたところ、(エチゲ)であるダコン・ハーンが()せったために帰郷しなければならなかったこと。第四 一回③参照。


(注2)【以前に東原に来た】神都(カムトタオ)の意図を探るべく、ナオルらがチルゲイとともに派遣されて、その足でナルモントを訪れたこと。第九 七回①参照。

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