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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
543/783

第一三六回 ③

ショルコウ金杭星を(たす)けて北原の利を図り

ヒィ・チノ白夜叉を派して四方の情を探る

 道中格別のこともなく東原に帰ると、まっすぐにオルドを訪ねる。


「ハーン、戻りましたよ」


「おう、白夜叉。北伯たちはどうであった」


「それはもう()けるくらい仲睦まじく暮らしておいででした。司命娘子は(オイン)(・イ)(ルゲン)とも打ち解けているようで、あれなら心配は要りません」


 ヒィはおおいに喜んで、


「やはり俺の(ニドゥ)に狂いはなかった。あれならきっとうまくやると思っていたのだ。ほかに司命娘子は何か言ってなかったか」


 ミヒチはちょっとだけ悪戯心を起こして、


「ハーン個人には何も言ってなかったし、書簡の類も預かっておりませんねえ」


 ヒィはきょとんとして、


「それはどういう意味だ?」


いえ(ブルウ)、何でもありません。でもひとつ献策を預かっています」


 内心(ヘル)を出しつつ、渡し場(オングチャドゥ)と交易のための(バリク)を造る案を伝えれば、ヒィはみるみる目を輝かせて、


「おお、さすがは司命娘子だ! すぐに取りかかろう。鉄面牌(テムル・フズル)を呼べ。あれは神都(カムトタオ)商人(サルタクチン)だったから、渡し場のことにも明るかろう」


 また言うには、


「白夜叉、お前のところの族長(ノヤン)をこの件の代官(ダルガチ)とする。今すぐ行ってワドチャをここに連れてくるのだ」


「えっ、今からですか?」


そうだ(ヂェー)


 ミヒチはおおいに不服だったが、ハーンの勅命(ヂャルリク)には逆らえない。(ハツァル)を膨らませて、傍ら(デルゲ)のゾンゲルの(ノロウ)をわけもなく、ぱんと叩く。


 跳び上がらんばかりに驚いて、


「うへぇ! ありがとうございます」


「何でありがとうなのさ!」


はい(ヂェー)、姐さん。いってらっしゃい、お気をつけて」


 呆れ顔で退出する。再び馬上の人となってオラザ氏のアイルを指す。


 部族(ヤスタン)でも屈指の富を誇るオラザの族長(ノヤン)は長らくハイチョウが務めていたが、先年これを長子のワドチャに譲った。


 ワドチャはもとより経綸の才があり、また家畜(アドオスン)の病に詳しかったこともあって、その財産(エド)をますます増やした。その手腕(アルガ)をおおいに(たた)えられて、今では「長者(バヤン)」の渾名(あだな)を奉られている。


 駅站(ヂャム)を辿って数日。アイルに帰ったミヒチは、機嫌を(そこ)ねたままワドチャのゲルを訪ねる。


「帰りましたよ」


「おお、白夜叉。ご苦労だったな。ハーンや司命娘子の様子はどうだった」


 ワドチャが呑気に尋ねれば、


「司命娘子は息災でしたよ。ハーンについてはご自身で確かめてくださいな」


 無愛想な答えに目を円くして、


「何だって? どうしたんだ、いったい」


「ハーンがお呼びです。早くオルドへ」


 それを聞いておおいにあわてる。宿将を呼んで後事を託したり、従臣(コトチン)たちにあれこれ準備させたりしているうちに、ミヒチはいつの間にか退出していた。それに気づいたワドチャは、


「白夜叉め。何故ハーンがお召しか、言わずに帰りよった」


 側使い(エムチュ)を呼びに行かせたが言を左右にして応じないので、業を煮やして自らそのゲルに(フル)を運ぶ。戸張(エウデン)の前で叫んで、


「おい、白夜叉! お前は大事なことを言い忘れているぞ!」


 返事はない。


「ハーンが何で私を呼んだか、聞いているだろう!」


 再び叫べば俄かに戸張が開いて、


「うるさいねえ。そんなの行ってから聞けばいいじゃないか」


「お前ねえ、ハーンのご気性(チナル)では、何も知らずにただ来ましたってわけにはいかんだろう」


「私はもう疲れたから休むんですよ」


「そんなこと言って私を困らせるな。さあ、オルドへ参るぞ」


「今、帰ってきたばかりですが」


 (フムスグ)(しか)めて言えば、


「ハーンはお前に何と命じた」


「今すぐ族長(ノヤン)をここに連れてこい、と」


「ならばお前もともに行って復命せねばなるまいよ」


「…………」


 まったくワドチャの言うとおりである。ミヒチはしぶしぶゲルを出て、あとに(したが)った。二人は軽騎を率いてオルドへ駆ける。道々、渡し場と(バリク)の建設について説明すれば、ワドチャはおおいに感心して、


「さすがは司命娘子。まさに部族(ヤスタン)(ダナ)と言うべきだ。お前も不平ばかり言ってないで少しは……」


族長(ノヤン)、それ以上言ったら私は今すぐアイルに帰りますよ」


「…………」


 ミヒチはやると言ったら必ずやってしまう(たち)である。もちろんワドチャはよく承知しているので(アマン)(つぐ)まざるをえない。


 ところは再びオルド。無事に拝謁する。ヒィは(ヌル)を見るなり、


「おお、早かったな。話は聞いているだろう。鉄面牌とともに北原へ行って、司命娘子と(はか)ってまいれ。詳細については(まか)せる。(ナマル)までに完成させよ」


承知(ヂェー)


 答えながらワドチャは、事前に内容を聞いておいてよかったと(オモリウド)を撫で下ろす。ここで何のことかなどと尋ねるようでは、無能(アルビン)と思われかねない。


 それからヘカトも招いて酒食をともにする。話題は早くも中原との通交へと及ぶ。ヒィは首を(かし)げながら、


「俺は今すぐにでも義君インジャに会ってみたいが、その前に盟友(アンダ)たる獅子(アルスラン)ギィ、超世傑ムジカと話がしてみたい。二人は一昨年、ジョルチの南征を(チャク)にインジャに投じた。ジョルチが敗れたにもかかわらずだ。どういう経緯(ヨス)でそうなったのか、いかなる心境がそうさせたのか知りたい」

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