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草原演義  作者: 秋田大介
巻一〇
542/783

第一三六回 ②

ショルコウ金杭星を(たす)けて北原の利を図り

ヒィ・チノ白夜叉を派して四方の情を探る

 ケルンもやはり喜んで酒食の用意を命じると、二人を盛大にもてなす。しばらくは歓談に興じていたが、ふとショルコウが表情を改めてそっとミヒチに言うには、


「ズイエは騎馬のままで渡ったきたんでしょ?」


ええ(ヂェー)。もう少しすると(オス)が増えて、舟が要るようになるねえ」


「ひとつハーンに献策があるのだけど、伝えてもらっていいかな」


「いいも何もこれで一応ハーンに命じられて来てるからね。伝えるくらいならお易い御用だ」


 そこでショルコウが何と言ったかと云えば、ズイエ(ムレン)に新たに渡し場(オングチャドゥ)を造って、北原に小さな(バリク)を開くべきとのこと。ミヒチは驚いて、


「北原に(バリク)を? いったい何のために」


 すると答えて言うには、


「ハーンは交易は自由(ダルカラン)にせよとおっしゃったけど、いざ森の民(オイン・イルゲン)がそれをしようと思っても、どこに何を持っていけばよいやら(エウレン)(つか)むような話でしょ。だから交易するための(バリク)があれば喜ばれるんじゃないかと思ってね」


「ああ、なるほど! いいかもね。(バリク)で市が開かれるなら、草原(ケエル)の民にとっても森の民と交易しやすくなる」


そう(ヂェー)! 実はすでに便の良い(ガヂャル)も幾つか考えてあるんだ」


「さすがは司命娘子! きっとハーンもお喜びになるよ」


 その地については改めて見て回ることにして、なおもショルコウが言うには、


「北原に(バリク)を造る利点が実はもうひとつあるわ。これまでナルモントは北原を軽んじてきたけど……」


 おもむろに西(バラウン)の方角を指して言うには、


「いい? シェンガイ山脈(ニルウン)(ホイン)に見ながら西行すると、ズイエ(ムレン)の上流に突き当たる。それを渡れば何とそこは中原よ。(ムレン)を二度渡るというだけで何となく避けてきたけど、道程は神都(カムトタオ)を経由するのとそれほど違わない」

挿絵(By みてみん)

「えっ、そうなの?」


「間違いない。今の神都(カムトタオ)があの有様では、中原との円滑な通交はしばらく望めない。ズイエにひとつ渡し場を造るだけなら、神都(カムトタオ)を攻略するよりよほど容易(たやす)いでしょう」


 そう言って嫣然と笑う。ミヒチはいよいよ感心して、


「ハーンはすぐにでも貴女の言うとおりにするだろうよ。以前からジョルチのハーンに会いたがっていたからね。それにしてもそんな(モル)があったんだねえ」


「私も北原に来るまで気づかなかったわ」


 するとそのころにはすっかりゾンゲルと意気投合、(ムル)を組んで笑語していたケルンが赤い(ヌル)で割り込んできて、


「おい、美しい女性(オキン)二人で何を密談している! お前らも飲め。(ボロ・ダラスン)は飲むためにあるんだぞ」


 途端にショルコウは相好を崩して、


「あらあら、今日はえらく早く酔ってしまったのではないですか。飲みすぎですよ。もう少しゆっくり飲まなければ」


いや(ブルウ)、俺がもっと飲めるのを知ってるだろう。ああ、この病大牛が悪いんだ。此奴が痛快すぎてつい酒が進む」


 ゾンゲルは吃驚して、


「わしのせいですかい! いやですよぅ、旦那(アバガイ)が自分でどんどん注ぐのがいけないんですよぅ」


 すかさずミヒチが(テリウ)を叩いて、


「北伯を(つか)まえて()()なんて呼ぶ奴がどこにある! 呆れた奴だねえ」


はい(ヂェー)、姐さん」


 首を縮めて謝す。ケルンは大笑いで、


(ゆる)してやってくれ。よし、病大牛だけは俺のことを『旦那』と呼んでもよいことにしよう」


「ひゃあ、それだけはお(ゆる)しを。ハーンに叱られます」


「つくづくおもしろい(ソニルホルトイ)奴だ」


 ケルンは満悦の(てい)。四人は二、三刻も飲んでから(ようや)く散会した。




 夜、ミヒチは寝台に横たわっておもえらく、


「司命娘子が思ったよりずっと息災でよかった。金杭星(アルタン・ガダス)ともずいぶん仲良くやってるようだし。北原に()して、かえって活々しているくらいだわ」


 またつらつら思うに、


「てっきり司命娘子はハーンと結ばれると思っていたのだけれども、人の運命(ヂヤー)というのは判らないものだね。幾度そのことを尋ねてみようと思ったかしれないけど、言わないでよかった」


 (セトゲル)の中で付け足して、


「私はあの病大牛とは違うからね。言わなくてよいことは決して言わないのさ」


 そんなことを思っているうちにいつの間にか眠ってしまったが、くどくどしい話は抜きにする。


 それから数日に(わた)ってミヒチは(ヂュブル)に滞在した。その間にショルコウが(バリク)を造るべきとして挙げた土地(コソル)などを検分した。いよいよ帰ることにして言うには、


「ほかにハーンに伝えるべきことはないかい?」


 すると即座に答えて、


ええ(ヂェー)、特に。ミヒチが見たままを話してくれたらいいわ」


 ミヒチは僅かの間、無言でショルコウが涼しい顔をしているのを眺めていたが、


「わかった。じゃあ、そのうちまた来るよ。それまで息災で」


 ゾンゲルに向かって言うには、


「ほら、お前も挨拶するんだよ。河が増水する前に帰らないとね」


はい(ヂェー)、姐さん。じゃ、ショルコウ姐さんもケルン様も息災で」


 丁寧に揖拝(ゆうはい)して別れを告げる。満足して振り返れば、とうにミヒチは遠ざかりつつある。


「ややや! おおい、姐さん。待っておくれよぅ」


 あわてて追いかける。ミヒチが何か甲高い(ダウン)で罵り返したようだが、何と言ったかはすでに聞き取れない。北伯夫妻は顔を見合わせて大笑いしたが、この話はここまでとする。

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