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草原演義  作者: 秋田大介
巻九
534/783

第一三四回 ②

三上卿朋輩を売りてモルトゥの不興を買い

胆斗公盟邦を援けてエジシの帰郷を勧む

 さて西征諸軍は順調に進撃して、上卿たちに知られることなく予定された(ガヂャル)に達した。


 最も先行するシンが放ったタケチャク率いる斥候(カラウルスン)は、敵兵の配置を詳細に(しら)べ上げて全軍に知らせた。併せて彼らの内紛や堕落ぶりについても報告に及べば、好漢(エレ)たちは呆れるとともにおおいに喜んだ。


 ここでチルゲイとボッチギンが策を立てて数多の間諜を送り、不平を抱く人衆(イルゲン)を煽動した。三部族(ゴルバン・ヤスタン)会盟による大軍が迫っていることを秘匿せず、むしろ盛んに喧伝して動揺を誘ったのである。


 これによって人衆は上を下への大騒ぎとなり、家財(エド)(まと)めて逃亡(オロア)するものが続出した。


 また呼応して蜂起しようというものも多く、例えばシャガイの開明派からはすばやく提携を求める使節が送られてきた。快諾したのは言うまでもない。こうして上卿専制はますます根底から揺さぶられることになった。


 モルトゥ、ナオルの一万八千騎は、一段と進撃の速度を上げた。先駆けるはソラの赤流星、それにドクトとオノチが続き、中軍(イェケ・ゴル)はもちろんモルトゥの一万騎(トゥメン)、余の諸将は後軍(ゲヂゲレウル)となって続く。


 対する上卿どもは危機(アヨール)が迫ることを知りつつも、日ごろの対立を持ち込んで互いに迎撃の役務(アルバ)(かわ)そうと躍起になる。会議(クラル)は紛糾するばかり。


 ブリカガクの三上卿は、実際には内紛のためにそれどころではないことを知りながら、最も兵を擁するシャガイ軍を差し向けようとする。


 当然、イウトとハルは異議を唱えてさらなる西遷を主張する。ソドムは憤懣()る方なく、ただ迎撃せよと(わめ)き散らす。デゲイに至ってはもはや(ヌル)も出さずに、独り西方へ逃れようと準備を進めていた。


 結局、戦うとも逃げるとも和するとも決せぬうちに、シャガイの開明派が一斉に兵を挙げたとの報を受けて、ハルとイウトはあわてて退席する有様。


 ブリカガク三上卿はこの醜態をおおいに嘲笑(あざわら)って祝杯を交わしたが、それとて現状から(ニドゥ)(そむ)ける愚かしさでは変わらない。


 モルトゥが最初の(ブルガ)に選んだのは、内争に揺れるシャガイである。開明派からは続々と早馬(グユクチ)が来て戦況を伝えた。


 彼らはボッチギンの策に従って、神出鬼没の用兵でオスクダル軍やハル軍を苦しめていた。それでもハル父子は和解することなく、個々に兵を動かしていたから俄然優勢であった。そこにモルトゥ・バアトルが侵入したのである。


 会議では迎撃を避けんと腐心していたハルも、眼前に敵が現れては戦わざるをえない。あわてて兵を(まと)めようとしたが、叛徒鎮圧のため四方に兵を分けていたのですぐには揃わない。


 モルトゥらは苦もなくそれを各個に撃ち破りつつ進んだ。敵営の所在については開明派から情報がもたらされたから把握は容易(アマルハン)であった。


 まずハル軍が壊滅して、イウトは戦場から離脱(アンギダ)した。ハルは困り果てたあげく血縁(クダ)(ドウラ)(たの)んでオスクダルに投じたが、冷たく突き放された。やむなく彷徨するところを開明派の兵に発見されて斬殺された。


 オスクダルもまた数千の兵を掻き集めたが、ほどなく包囲覆滅(ムクリ・ムスクリ)された。


 シャガイ平定を()えると後事を開明派に託して、すぐにシュガク氏討伐へ転じる。族長(ノヤン)のデゲイはすでに人衆(ウルス)を遺棄して、家財を積んだ(テルゲン)を数十台も連ねて遁走(オロア)していた。


 そこでイウトは仮に族長(ノヤン)の位に就いたが募兵が思うようにいかず、敵軍を迎えるまでもなく自刎(じふん)して果てた。モルトゥはもとよりシュガク氏の出自(ウヂャウル)だったから、恭順を請う人衆を慰撫して安堵させた。


 残るはブリカガク三上卿と狂癲婆ソドムのみとなった。回天の実現を目前にして兵の士気は最高潮に達し、破竹の勢いでこれに迫った。


 シャガイ、シュガク両氏が抵抗らしい抵抗もできずに敗退したのを受けて、三上卿とソドムは恐慌に(おちい)った。


 相変わらずソドムが抗戦を主張して罵り散らしたのに対し、三上卿は顔を見合わせるばかりで何も言わない。(ようや)く彼らも事態が切迫しているのが解ったのである。


 戦うといってもブリカガク氏の兵力はせいぜい五、六千辺りで、オカク氏は元来祭祀を主催する氏族(オノル)にて、まとまった戦力は皆無に近い。


 余の小氏族(オノル)、すなわちヒズトゥ、カテルカ、シュドウなどはさらに(たの)みにならない。これではいたずらに死を求めるようなものである。


 三上卿はソドムの狂躁をあしらいつつ、腹中に奸計を練っていた。というのは上卿の位を放擲(ほうてき)してモルトゥに投じ、己の身を保たんというもの。


 そのためにチャウン・カンとソドムを捕らえて交渉に用いようと謀ったのである。二人を売れば、それは敵人(ダイスンクン)云うところの「回天の大業」にとって大功に違いないから、交渉いかんによってはさらなる栄華を享受できるかもしれぬなどと考えたのである。


 そこで彼らは一日衛兵(ケプテウル)をもってチャウン・カンとソドムを捕縛した。ソドムの怒り(アウルラアス)たるや凄まじく、(わめ)くやら暴れるやら手がつけられなかったが、散々に殴りつけて何とかおとなしくさせた。


 チャウンはすぐに諦めて従容として縄を受ける。オクドゥらはこれで我が身は安泰と(オモリウド)を撫で下ろして、モルトゥらの到来を待った。


 果たしてモルトゥがやってくると、捕らえた二人と蓄えた莫大な財宝(ダナ)を車に積んで本営を訪ねた。満面に卑屈な笑みを浮かべて、口々にモルトゥを(たた)えつつ、


「我らは不本意ながら上卿会議に従ってまいりましたが、今日バアトルの光臨を迎えるにあたり、前非を悔いて諸悪の根源(ウヂャウル)たる僭帝チャウンとソドムを捕らえてまいりました。何とぞ我らの忠心(シドゥルグ)をお疑いなさいませぬよう、伏してお願い申し上げる次第でございます」


 モルトゥは不機嫌な様子でそれを聞いていたが、やがてふっと冷笑すると、


「忠心? 胆斗公(スルステイ)殿、いかが思われるか」


 ナオルが答えて言うには、


主君(エヂェン)僚友(ネケル)を売って保身を図るような輩を生かしておいてはなりません。草原(ミノウル)においては最も恥ずべき行いです」


 周囲の好漢からも同意(ヂェー)(ダウン)が沸き起こる。三上卿は途端に青ざめて必死に助命を嘆願する。するとモルトゥは(フムスグ)(しか)めて、


「ああ、(チフ)が汚れる。斬れ(オンラヂドクン)!」


 三上卿は狂ったように泣き叫んだが同情するものとてなく、引き摺り出されて刑場の(シウデル)消えた(ブレルテレ)


 続いてはソドム。狂癲婆と渾名(あだな)されるだけにきっと騒ぎ立てるのだろうと早くもうんざりしていたところ、案に相違して悄然たる様子で平伏する。

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