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草原演義  作者: 秋田大介
巻九
532/783

第一三三回 ④

アサン圏営に赴きて(まさ)鴆毒(ちんどく)を除かんとし

ナユテ祭壇を設けて(まさ)に連盟を誓わんとす

 そしてついに機は熟した。ガラコの傷が完全(ブドゥン)に癒えたのである。


 一同がうち揃ってオルドへ伺候すると、ハヤスンは何ごとかと身構える。代表してカンバルが小趨(こばし)りに進み出ると、ウリャンハタ、ジョルチとの会盟および上卿会議追討の詔勅(ヂャルリク)を求める上奏を行った。


 突然のことにハヤスンはおろおろして言うべき言葉(ウゲ)も知らない。そこでガラコ、モルテ、モルトゥ、チルゲイが代わる代わる道理(ヨス)を説いたが、青ざめて震えはじめる有様でとても詔勅どころではない。


 彼にとってはいまだ上卿会議に逆らうことなど夢想だにしないことだった。また、迂闊に会盟に赴けば、その場で(とら)えられて処刑されてしまうのではないかという不安もあった。


 居並ぶ好漢(エレ)にとっては一笑に付すべき妄想に過ぎないが、ハヤスンにしてみればこれまでの経緯(ヨス)からして決してありえないことではないように思われたのである。それを察したガラコが業を煮やして言うには、


「大カンはウリャンハタやジョルチの内実(アブリ)を誤解しておられます。彼らが敵人(ダイスンクン)ではなく信頼(イトゥゲルテン)ある同志(イル)であることは、次の一事を示せば事足ります。刺客(アラクチ)に襲われた私の傷を治したのは、そのウリャンハタの丞相(チンサン)であります」


「何と! それはいったい……」


 目を白黒させているハヤスンに、今度はチルゲイが言うには、


「大カン、お聴きください。我がウリャンハタは、クル・ジョルチの人衆(イルゲン)を憎んでいるわけではありません。憎むべきは上卿の非道、西原の平和(ヘンケ)安寧(オルグ)のために是非とも会盟を結んでいただきたい」


 ますます驚愕して、


「い、今、お前は何と言った。『我がウリャンハタ』と言ったのか? となると……」


はい(ヂェー)。実は私はウリャンハタ部カオエン氏の出自(ウヂャウル)にて、外交を管掌しております。大カンを欺く(オロ)はもとよりなく、ただ人衆の苦難(ガスラン)を憂えて参ったのです」


 ハヤスンは再び言葉を失う。そこでモルテが言った。


「大カン、いまだ信じられぬということであれば、かの聖医(ボグド・エムチ)丞相をお召しになって直にご下問されてはいかがでしょう」


「……ううむ」


 それを肯定と看做(みな)して、早速アサンが招き入れられる。アサンは涼やかな表情で拱手拝礼する。その典雅にして礼に(かな)った挙措は、ハヤスンの緊張をおおいに(やわ)らげる。


「……お、お主はウリャンハタの丞相だとか」


はい(ヂェー)。カオエン氏のアサンと申します。以後お見知りおきのほどを」


「ま、まずは王大母を治療してくれたこと、厚く礼を言う」


 莞爾と微笑んで、


「両部族(ヤスタン)友誼(ナイラムダル)のために微力を尽くしたに過ぎません。王大母様がご恢復なされたのはすべてテンゲリの賜物(アブリガ)、私の(クチ)ではありません」


 その謙虚な応答にハヤスンの(ヘル)も徐々にほぐれてさまざまな問いを発したが、いずれも打てば響くように間髪入れず明快に答える。ハヤスンはもとより、すでにアサンを知悉(ちしつ)するチルゲイたちまでその叡智におおいに感心する。


 ほどなくハヤスンの警戒心は熔解して、これに全幅の信頼を寄せるに至る。チルゲイが内心思うに、そもそもアサンこそ外交に向いているのである。


 こうなれば話は早い。ハヤスンは上機嫌で勅許(ヂャルリク)を与え、ガラコらは席を移して会盟の算段に入った。ここでもアサンは自ずと場を主導して、みなに自由(ダルカラン)に意見を述べさせながらも誰もが満足できるよう調整した。


 かくしてアサンは、ナユテとカムカの二人を伴って帰途に就いた。チルゲイらは引き続きクリエンに残り、ジュゾウだけがジョルチにこれを報せるべく去った。


 くどくどしい話は抜きにして、約会(ボルヂャル)(ウドゥル)、約会の(ガヂャル)には、遅滞することなく三部族(ゴルバン・ヤスタン)の代表が集まった。


 すなわちウリャンハタからは、衛天王カントゥカ、聖医アサン、潤治卿ヒラト、奇人チルゲイ、神道子ナユテ、花貌豹サチ、渾沌郎君ボッチギン、矮狻猊(わいさんげい)タケチャク、蒼鷹娘(ボルテ・シバウン)ササカ、笑破鼓クメンの十人。率いる兵は一万七千騎。


 ジョルチからは、ハーンの代理(ダルガチ)たる胆斗公(スルステイ)ナオル、太師エジシ、百万元帥トオリル、癲叫子ドクト、飛生鼠ジュゾウ、雷霆子(アヤンガ)オノチ、隼将軍(ナチン)カトラ、(えん)将軍タミチ、石沐猴(せきもっこう)ナハンコルジ、赫彗星ソラ、白面鼠(シルガ・クルガナ)マルケの十一人。率いる兵は八千騎。


 そしてクル・ジョルチから、ハヤスン・カン、王大母ガラコ、武神モルトゥ、賢婀嬌(けんあきょう)モルテ、黥大夫(げいたいふ)カンバル、靖難将軍イトゥクの六人。率いる兵は一万騎(トゥメン)


 総じて二十七人、三万五千騎が集結したのである。


 ナユテの指示で祭壇(シトゥエン)が築かれると、カントゥカ、ナオル、ハヤスンの三人がテンゲリに誓いを立てて、会盟の儀式が行われた。三部族(ヤスタン)の協和、上卿会議の覆滅などが高らか(ホライタラ)に誓詞に(うた)われる。


 また駅站(ヂャム)の敷設が決められたことにより、クル・ジョルチの版図(ネウリド)も従来の駅站(ヂャム)網に連なることになった。その整備はカンバルの管掌するところとなり、戦後ジョルチから顧問として美髯公(ゴア・サハル)ハツチが派遣されることとなった。


 またこれも戦後の話となるが、クル・ジョルチからジョルチン・ハーンへ使節を派遣すること、ウリャンハタの有する技術を伝授することも併せて決められた。


 そしていよいよ西遷を繰り返す上卿会議をいかに捕捉して滅ぼすかが議題に上る。幸いにして帥将に衛天王、花貌豹、武神が、兵略に渾沌郎君、百万元帥、白面鼠があり、驍将雄将に至っては綺羅(オド)のごとく存する。


 まさしく西原の帰趨はこの策戦に懸かっているわけだが、果たしていかなる軍略が用いられるのか。それは次回で。

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