表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻九
527/783

第一三二回 ③

オウタン徒爾に兵を発して恥辱を(こうむ)

ガラコ余暇に猟を楽しみ奇禍に遭う

 オウタンは驚いて、


「何ですと! それは(ウネン)ですか?」


「らしいね。あの狂癲婆によると」


「それは(カブラン)に翼を与えたようなもの。早急にこれを討たねば、取り返しのつかぬことになりましょうぞ」


「そうなんだけどね」


 オウタンはどんと(オモリウド)を叩いて、


「私にお(まか)せください。即座に軍を興して、かの叛徒(ブルガ)めを(とら)えてまいりましょう」


 その自信に満ち溢れた態度にデゲイはおおいに力づけられたが、なおも疑って、


「モルトゥは名高き(ネルテイ)名将、勝算はあるの?」


「ご案じ召されますな。我が将兵は部族(ヤスタン)随一の精鋭、シャガイの弱卒(アルビン)を持て余しているモルトゥごとき、万が一にも敗れる気遣いは無用です」


「そうかい。ならば君に託そう。捷報(しょうほう)を待っているぞ」


承知(ヂェー)


 意気揚々と退出すると、その(ウドゥル)のうちに軍令(カラ)を発して兵を召集した。準備がことごとく整うと、勇躍(ブレドゥ)して出陣する。総じて一万騎(トゥメン)、シュガク軍の中核(ヂュルケン)を占める力猛きものども(クチュゲルテン)である。


 幾日か経って、デゲイのもとに血相を変えてやってきたものがあった。混血児(カラ・ウナス)ムライである。彼はソドムが訪ねてきたときには別の任務(アルバ)を帯びてアイルを離れていた。この日、帰ってきて事の次第を聞いたのである。


「おお、混血児か。あわてているようだが」


「当然です! すぐにオウタンを召還してください!」


「どうしたのだ、彼ならもう……」


族長(ノヤン)は我が身を滅ぼすおつもりですか! 今ならまだ……」


 激しい語気にむっとして、


「穏やかではないね。どういうことか説明しろ」


 ムライもまた苛々しながら、


「オウタンが勝つことなどありえません。いたずらに兵を失うだけです」


「そうか? 勝算があると申しておったぞ。モルトゥの兵はシャガイから奪った弱卒五千に過ぎぬ。それに比べてオウタンに預けたのは精鋭一万……」


 ムライはほとんど叫ぶように、


「その精鋭を育てたのは誰ですか! あの兵衆がモルトゥ・バアトルに刃を向けるわけがありません。必ず(こぞ)って彼奴の下に走りましょうぞ!」


 そこで初めてデゲイは己の迂闊さに気づいて青ざめる。あわてて早馬(グユクチ)割符(ベルゲ)を与えてオウタンのあとを追わせた。弁解して言うには、


「狂癲婆のせいで(タルヒ)が回らなかったのだ。どうすればよかろう?」


「運をテンゲリに委ねるほかありませんな」


 冷たく突き放す。彼の姿(カラア)がアイルから消えたのは数日後のこと。先にセイヂュクを棄てた男は、今またデゲイの下からも去ったのである。


 そして彼の懸念は的中(オノフ)することになる。モルトゥはオウタン軍来襲を知ると呵々大笑して、


「使えぬ奴とは思っていたが、オウタンがこれほど魯鈍とは思いませんでした。労せずして我が兵衆を取り返すことができますぞ」


 僅か二千騎を従えると、チルゲイ、ドクト、ジュゾウの三人とともに発った。


 名もなき平原(タル・ノタグ)で相対すると、堂々の(デム)()く。先頭には高々(ホライタラ)とモルトゥ・バアトルの軍旗(トグ)が掲げられ、それを見ただけでシュガク軍は動揺する。オウタンは意気揚がらぬ将兵を叱咤して、


「敵はたかだか二千騎ではないか。さあ、ものども、叛徒を討て!」


 しかし誰も動こうとはしない。攻撃の銅鑼を鳴らす兵卒も、困惑して(ヌル)を見合わせるばかり。


 と、敵陣から十数騎が駆け出てくる。呆気にとられて見ていると、一列に並んで叫びはじめた。何と叫んだかと云えば、


「バアトルはここに在るぞ! 無道を去って正道に復せ!」


「お前らはそもそも誰の兵だ! バアトルの恩を忘れたか!」


「愚将を選ぶか、名将を選ぶか? 決断せよ!」


 などなど。これを聞いた将兵の動揺はさらに深まる。オウタンは顔を(カラムバイ)に染めて怒鳴り散らす。


「ええい、戯言(クダル)(チフ)を貸すな! 彼奴等は叛徒だぞ! さあ、何をしている。殺せ、彼奴らを殺し尽くすのだ!」


 その間にも造反を誘う(ダウン)は、シュガク兵の耳を打ち続ける。叫ぶ十数騎の中にはチルゲイ、ドクト、ジュゾウの姿もある。もとより声の大きいことを見込まれて従軍していたのである。


「聞くな、聞くな! わしの命に従え!」


 オウタンは激怒(デクデグセン)して、(ガル)にした(タショウル)で身近の兵を片端から()った。それを見て兵衆は瞬時(トゥルバス)(オロ)を決めた。怒声を挙げるや、どっとオウタンに襲いかかる。


「な、何をする? やめろ、叛逆は死罪だぞ!」


 (わめ)いたが(くみ)するものは一人とてなく、あっと言う間に鞍上から引き摺り下ろされて散々に殴られる。


 モルトゥは悠然とその混乱を眺めていたが、そこにほどなくオウタンを連行して部将たちが現れた。彼らは揃って平伏する。


「面を上げよ」


 部将たちは恐懼しながら身を起こす。モルトゥは笑って、


「よくぞ参った。またともに戦おう」


 これを聞いて等しく安堵の表情を浮かべる。そこへ重ねて言うには、


「もう不義のために戦う(アヤラクイ)ことはない。敵はウリャンハタでもジョルチでもない。我らの敵は、我が部族(ヤスタン)の敵は、ほかならぬ我が部族(ヤスタン)の内にあった。すなわち上卿会議を廃さねば、クル・ジョルチに未来はない。よいな?」


 応じて再び平伏すると、異口同音に叫んで、


承知(ヂェー)! 我ら一同、バアトルの掲げる大義のために(アミン)を惜しみませぬ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ