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草原演義  作者: 秋田大介
巻九
525/783

第一三二回 ①

オウタン徒爾に兵を発して恥辱を(こうむ)

ガラコ余暇に猟を楽しみ奇禍に遭う

 さて、花貌豹サチと(はか)って擬戦にて志士軍を背走(オロア)せしめた奇人チルゲイは、モルトゥ・バアトルに問われるままに上卿会議からの離脱(アンギダ)を勧めた。しばらくモルトゥは黙考していたが、やがて口調を改めて言うには、


「貴公、名は何と云う?」


「チルゲイと申します」


「そうか。……私も王大母が叛徒(ブルガ)であるとは思っていなかったが、上卿どもを討つことまでは考えなかった。チルゲイの言にはたしかに義理(ヨス)がある。よろしい、人衆(ウルス)のために王大母と連合しよう」


 これには居並ぶ幕僚がおおいにあわてる。一人が進み出て、


「お待ちください! かかる大事をこのような何処のものともしれぬ弁士の一言で決するのはいかがなものかと。此奴は巧みな言説でバアトルを(たぶら)かそうとしているのやもしれませぬ」


 それをぎろりと睨むと、


「何だと? 私が小人の巧言に欺かれるとでも思っているのか」


 たちまち萎縮して、


いえ(ブルウ)、そういうわけでは……」


 深く溜息を()くと言うには、


「お前らはただのひとつもまともな意見を出せないのに、人の(フル)を引くことには労を惜しまぬ。お前らごとき小人輩に(かかずら)うのはもうたくさんだ。私の決定に不満がるのならばどこへなりとも去るがいい。(とが)めはせぬ」


 幕僚は互いに(ヌル)を見合わせて(はら)を探り合う。やがて三、四人ばかりが恐る恐る戸張(エウデン)へ向かう。青ざめ震えながらそれでも拱手して去ろうとすると、それへ向けてひと言、


「一旦去るからにはお前らは敵人(ダイスンクン)だ。戦場で(まみ)えたら、(アミン)はないものと思え」


 出ていきかけた幕僚たちはぎょっとして立ち止まる。モルトゥはそれを見るや怒り(アウルラアス)(あらわ)に大喝した。


「さっさと行け(ヤブ)! 私をこれ以上怒らせるな」


 哀れな数人の幕僚は足が二本しかないのを悔やまんばかりの勢いで走り出ていく。居残った幕僚(中には躊躇して動けなかっただけのものもあったが)は、選択を誤らなかったことに(セトゲル)の底から安堵した。しかしモルトゥは彼らに言うには、


「ここに残ったからにはそれなりに(オロ)を決めてもらう。以後、上卿会議討滅に逡巡の色を見せることは許さぬ。そのような言行を認めた瞬間、斬る」


 幕僚どもは震え上がって約に(たが)わぬことをテンゲリに誓った。(ようや)くチルゲイに向き直ると、


「さあ、王大母のもとに案内してもらおうか」


「お待ちください」


「ん? どうした」


「留めてあります靖難将軍と合流(ベルチル)してからお進みください。また兵卒の中には大義を解さぬ輩がおるやもしれませぬ。兵を併せたところでバアトル自ら彼らに説き聞かせていただけないでしょうか」


「それもそうだ。では靖難将へそうと伝えてくれ」


承知(ヂェー)


 チルゲイとジュゾウは、退出すると急いで引き返す。例の(ドブン)の上の(トイ)へ戻って、ことの顛末(ヨス)を告げれば、みな欣喜雀躍して成果を讃えた。


 すぐに(カラ)を下して進発し、無事に合流を果たす。イトゥクがチルゲイらを(したが)えてモルトゥに(まみ)えれば、おおいに喜んで酒食を饗し、ともに誓いを立てる。席上、チルゲイが()べて言うには、


「バアトル。兵卒に説くのに次の事項は必ず入れていただきたい。すなわち、(ネグ)に、クル・ジョルチの正統の大カンはハヤスン・カンであること。(ホイル)に、上卿会議とはともにテンゲリを戴かぬこと。(ゴルバン)に、回天の大業のためにウリャンハタ、ジョルチと和親すること。この三点はいずれを欠いてもいけません。これらはさながら連環のごとく密接に繋がっております」


 これに答えたモルトゥの言葉(ウゲ)は密かにチルゲイらを喜ばせた。何と言ったかと云えば、


「心得ておる。特にウリャンハタ、ジョルチとの和親は欠くべからざる大前提だ。なぜなら我々は内と外と同時に争うべき(クチ)()たぬ。膝を屈してでもウリャンハタと講和し、後顧の憂いを断っておかねば部族(ヤスタン)の存続は(あや)うい」


「そのとおりでございます」


「ただ懸念すべきは、ウリャンハタがこれに応じるかどうか……。彼奴らの我が部族(ヤスタン)に対する恨みは骨髄に達していよう。むしろ我が部族(ヤスタン)内訌(ブルガルドゥアン)を知って攻勢を強めぬともかぎらぬ」


 チルゲイは得たりとばかりに(アマン)を開いて、


「その懸念は無用でございます」


 断乎とした口吻(こうふん)(注1)に当然(いぶか)しげな顔をしたので、さらに言うには、


「ウリャンハタのことはお(まか)せください。一命を賭して会盟を実現させましょう」


 なおも釈然としない様子だったが、


「そうか。貴公なら憂いあるまい」


 そう言って一応得心する。


 さて、いよいよ兵卒を集めて訓示すれば、驚愕と歓喜(ヂルガラン)(ダウン)がともに巻き起こる。中でもイトゥクの連れてきた志士どもは卒倒せんばかりの熱狂ぶり。

(注1)【口吻(こうふん)】口ぶり。言い方。

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