第一三一回 ②
サチ虎将を随えて縦横に擬戦し
チルゲイ武神に見えて流暢に説陳す
傍らにいた幕僚の一人があわてて言うには、
「申し訳ありません。僭越ながら我々が各処に檄を飛ばしました」
モルトゥは瞋恚に満ちた眼で睨みつける。しかし何も言わずに向き直ると、おもむろに言った。
「王大母は上卿会議より叛徒とされているな」
チルゲイはすでに驚愕から覚めていたので、心持ち面を上げると、
「畏れながら申し上げます」
「何だ」
「叛逆とはそもそも何でしょう」
「ん?」
訝るモルトゥに、今や敢然と正対して言うには、
「叛逆とは大カンに仇を為し、人衆を害することを指すのではないかと愚考しますが、バアトルのお考えはいかがでしょうか」
「そのとおりだ」
「ならば王大母様を叛徒とするのは当たらないかと存じます」
「ほう、何故だ」
「然らば申し上げます。王大母様は冦難に接して独りハヤスン・カンを己のクリエンに迎えて、手厚く保護されています。これは『大カンに仇を為す』ものではありますまい」
返答を待たずに語を継いで、
「加えて先にバルゲイが兵を率いて至ったときには、努めて戦を避けようとされました。というのは外敵を前にして内で争うことの愚を慮ったからです。またバアトルが出征すると聞き及んでは、こうして微力ながら援兵を派遣されました。これは部族の独立を守るために一致協力することこそ肝要であると考えているからです。これは『人衆を害する』ものではありますまい」
「なるほど」
「これをもってこれを覩れば、王大母様に叛心ありとすることの誤謬を解っていただけようかと存じますが」
「ではなぜ、王大母は叛徒の汚名を着せられているのだ」
この問いにチルゲイは答えず、じっとモルトゥの目を見つめる。居並ぶ幕僚は肝を冷やして青ざめている。
「どうした、答えよ」
静かに促されて漸く口を開く。
「真の忠臣が逆臣とされる道理は、ただひとつです」
「回答になっておらぬな」
「……回答はバアトルの胸宇にございましょう」
「何?」
瞬時に険しい顔になったが、チルゲイは臆する様子もない。モルトゥはしばらくこれを睨んでいたが、ふっと息を漏らすと呵々大笑して言った。
「おもしろい奴だ。で、援軍とやらはどこにいる?」
「東方百余里に、靖難将軍イトゥク率いる五百騎が待命しております」
「五百か……」
あまりの寡兵に失望して呟く。チルゲイはちらとそちらを見て、
「王大母様は大カンを擁しておられます。これ以上の兵は割けません」
幕僚が勃然と色を成して、
「お前は先からカン、カンと云うが、今カンの位にあるのは……」
反駁しかけたところ、
「黙れ」
モルトゥに一喝で退けられる。また視線を戻して、
「ふふ、王大母はさても弁士を寄越したものよ。だがイトゥクの兵を我が軍に加えることはできぬ」
「承知しております。編成はすでに成されたもの。それを攪すのは本意ではありません」
「然らばどうする?」
「斥候として先行しましょう。まず我らが敵人と矛を交えます」
そして意味ありげに微笑みつつ、
「バアトルはそれを見てから大計をお定めください。バアトルの兵は大カンの近衛軍、濫りに用いるものではありません」
モルトゥは腕を組んでその言葉の意味を考えたが、やがて、
「ふむ、それもよかろう」
会見が終わる。二人は本営を去ったが、道中チルゲイが言うには、
「靖難将の言うとおり、バアトルは上卿に不満を抱いているぞ」
「どうしてそうと知れる?」
「私はあえてハヤスン・カンを正統の大カンとして、上卿会議を軽視する発言を繰り返してみたが、まるで否定しなかったではないか」
「……そうだな。ところで奇人よ。訊きたいことがある」
チルゲイは上機嫌で、
「何でも答えてやるぞ」
「『真の忠臣が逆臣とされる道理』とは何のことだ?」
「自明ではないか。『真の忠臣が逆臣とされる』のは『逆臣が忠臣を陥れた』からに決まっている。すなわち暗に『上卿どもこそ逆臣である』と言ってやったのだ。バアトルはそれをも否定しなかった」
「なるほど」
感心した様子のジュゾウに、にやっと笑って言うには、
「しかし殆うかった。バアトルが靖難将の思うような好漢でなかったら、我らは生きて帰れなかったろう」
「えっ?」
「それはそうだろう。私の言葉はすべて上卿を軽んじるものばかり。上卿の意を憚るものなら、決して看過するまい」
ジュゾウは今さらながらに青ざめる。チルゲイはおおいに笑ったがくどくどしい話は抜きにして、自陣に戻った二人が会見の顛末を話せば、みなおおいに喜ぶ。
翌朝、全軍にモルトゥ軍の先鋒になったと幾分誇張して告げれば、志士どもの士気はますます高揚する。そこでドクトの一隊から順次進発した。