第一三一回 ①
サチ虎将を随えて縦横に擬戦し
チルゲイ武神に見えて流暢に説陳す
さて、モルトゥ(実はその幕僚)が出した檄文を契機に、奇人チルゲイはクリエンに跋扈する過激な尊攘志士を一掃するべく策を練った。幸いカンの勅許を得て、志士を呼集した靖難将軍イトゥクらは、これを四隊に分けて出立した。
道を分かった飛生鼠ジュゾウは、計略を携えて一路衛天王カントゥカの座す本営へと馬を駆った。ジュゾウを迎えた好漢たちは、彼がすぐに舞い戻ってきたことを不審に思いつつ相対す。まず潤治卿ヒラトが口を開いて、
「飛生鼠ではないか。どうしたのだ、いったい?」
そこで仔細に事情を語れば、居並ぶ好漢は唖然とする。やがてカントゥカが呵々と笑うと、
「おもしろいではないか。それで誰を派遣すればいい?」
ほっとして言うには、
「チルゲイは花貌豹殿を推薦いたしました」
「さもあろう。余人には委せられぬ」
早速急使を立ててこれを召す。神道子ナユテとともに戸張をくぐったサチは、拱手して挨拶する。カントゥカに促されて再びジュゾウが策を説けば、ぴくりと眉を動かしただけで何も言わない。
「花貌豹、概要は解ったか」
「はい」
「では一軍を率いてこれを遂行せよ」
即答はせず、しばし黙考してから、
「承知。ただ少々ときをください。蒼鷹娘と娃白貂に諮って用意を整えねばなりません」
「もっともだ。では飛生鼠、お前はチルゲイに委細承ったと伝えよ。こちらの準備が整ったら矮狻猊を遣わす」
ジュゾウは拝謝して、タケチャクとあれこれ相談してから意気揚々と退出する。サチもこれに続いて退いた。
なぜサチが拝命するにあたって、蒼鷹娘ササカと娃白貂クミフに諮る必要があったかと云えば、もちろん彼女たちがその副将だったこともあるが、加えてササカは武具を、クミフは軍袍などを司る将領だったからである。二将に何を諮ったかは、いずれ判ること。
自陣に帰ったサチは、二人に計略を聞かせて意見を求める。するとササカが言うには、
「三日もあれば十分だわ」
「ではよろしく嘱む」
ササカとクミフは、全軍に命を下して、早速作業にかからせた。俄かに慌ただしくなった陣営を訪ねてきたものがあった。麒麟児シンと一角虎スクである。驚いたナユテが来意を問うと、シンが言うには、
「聞いたぞ。策戦があるらしいではないか」
スクもまた、
「久しく戦がなかったからな。腕が泣いておるわ」
「何だ、二人とも。と言うことは……」
異口同音に答えて、
「そうだ、俺たちも軍に加えろ」
これには呆れて、
「まったく御しがたい連中だな。君たちは一軍を預かる将軍だろう。そんな恣意(注1)が許されると思っているのか」
すると顔を見合わせてにやりと笑う。シンが言うには、
「それが許されるんだな。我が軍の強さを示すのに俺たちがいないのはおかしいだろうと直訴したら、殊の外喜んでな。ならば加われってことになったのさ」
「案の定、ヒラトが眉を顰めていたが」
そう言って大笑い。ナユテはややあわてて、
「待て、待て。己の軍兵はどうするのだ」
聞けばシンは知世郎タクカに、スクは竜騎士カトメイにそれぞれ預けてきたとのこと。開いた口の塞がらないナユテに、シンが涼しい顔で、
「まあ、そろそろ大カンから早馬が来て、俺たちの正しいことを証明してくれよう。というわけで、よろしくな」
そこに卒かに声が飛ぶ。言うには、
「加わるのはかまわぬが、指揮には完全に従ってもらうぞ」
声の主は言うまでもなく花貌豹サチ。顧みた両雄に重ねて言った。
「一軍の将とはいえ、我が軍に組み込むからにはほかのものと同じ扱いにするが、それでもよいか」
「はい、はい。俺は戦さえさせてもらえばいいのさ。なあ、麒麟児」
「ああ。大将軍の命には逆らうまい」
かくして二人の猛将も従軍することになったが、この話はここまで。
一方のジュゾウは駆けに駆けて無事に志士軍に追いついた。ちょうどモルトゥの進路が判明して合流を図る使者を送ろうとしていたところだったので、疲労も見せずに志願する。イトゥクはおおいに喜んでチルゲイとともに送りだす。
行くこと二日、モルトゥ軍が野営するところに出合った。陣前に立って高らかに来意を告げれば、しばし待たされたあとに本営に案内される。中央に在るは部族の至宝と名高いモルトゥ・バアトル。拱手して挨拶すれば、
「私は王大母に援軍を要請した覚えはないが」
そう言うので二人は愕然とする。
(注1)【恣意】自分の思うままに振る舞う心。気ままな考え。