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草原演義  作者: 秋田大介
巻九
520/783

第一三〇回 ④

バルゲイ燕饗に(たお)れて衆庶圏営に投じ

モルトゥ軍命を奉じて奇人籌策(ちゅうさく)(めぐ)らす

 なるほど志士どもがオルドの周囲を取り巻いて気勢を挙げている。そのうちの一人が目敏(めざと)くイトゥクの姿(カラア)を見つけて、真っ先に歓声を挙げる。連れて余の志士どもも我勝ちに叫んだものだから場はますます混乱する。


 イトゥクは、チルゲイが(カンチュ)を引いたのに応じて歩み出ると、両手を広げて一同を鎮めた。(ようや)く喧噪が収まると、


「諸君はここがどこだかわかっていて騒いでいるのか。いやしくも大カンの御座所なるぞ」


 志士の一人があわてて飛び出して、


「靖難将軍様、お聴きください。我々は故なく大カンの宸襟(しんきん)を騒がしているのではありません。実はモルトゥ様より募兵の檄文が参ったのです。そこで我々はこれに応じるため、大カンの勅許を請わんとて集まっているのです」


「それにしてもこのやり方は感心できぬ。(ヂャサ)(のっと)って、然るべき手順を踏まねばならん」


 激しい語気にさすがに萎縮した様子で、


「申し訳ありませぬ。何せ粗野なものですから……」


 弁解を始める。なおもくどくど言い募ろうとするのを片手で制すると、


「しかし諸君の忠心(シドゥルグ)には、きっと大カンもお喜びであろう。私が代わって出兵の儀、請願してまいろうではないか」


 単純な志士どもは躍り上がって喜ぶ。イトゥクはチルゲイらを従えてオルドの中へ入った。高き座(オンドゥル)ではハヤスン・カンが身を縮めて震えている。左右にはガラコとモルテが侍し、平伏するイトゥクらの意図を量りかねてこれを眺めやる。


「臣、イトゥク、奏上したき旨あって参上いたしました。何とぞ大カンにお取り次ぎください」


 ガラコはちらとモルテを見る。応えて大カンに跪拝して言うには、


「このものどもは大カンの(ウルドゥ)たる忠臣、直答をお許しください」


 恐怖に(おのの)くハヤスンは幾度も頷いて、


「許す、許す」


 ただ繰り返す。それを見てイトゥクは、聖恩を拝謝して述べはじめる。


「オルドの周囲を騒がす彼らは、部族(ヤスタン)の行く末を憂えるまことの忠臣でございます。大カンもお聞き及びのことかと存じますが、先ごろウリャンハタを迎え撃つべくモルトゥ・バアトルが出陣し、四方に檄文を携えた早馬(グユクチ)を放ちました。彼らはそれに呼応して部族(ヤスタン)(ハルハ)たらんとしているのです。願わくば叡慮をもって、彼らに参陣することをお許しいただけますよう言上奉ります」


 もとよりハヤスンは自ら考える術を()たないから、困惑して左右を顧みた。とはいえガラコもモルテもすぐには判断しかねて(ヌル)を見合わせる。モルテが(アマン)を開いて言った。


「大カン、しばらくお待ちください。臣が靖難将軍の真意(カダガトゥ)(ただ)してまいります」


うむ(ヂェー)。そのようにせよ」


 モルテはつと近づくと小声で、


「貴殿はいかなるおつもりか。これからウリャンハタと会盟せんとするのに志士を煽動してどうするのです」


「それについてはチルゲイより説明が」


 代わって口を開いたのは奇人チルゲイ。先に語った策を再び披瀝すれば、さすがの賢婀嬌(けんあきょう)も唖然として(ダウン)も出ない。


「ともかく志士の処遇は我々にお(まか)せください」


 自信たっぷりに言えば、ううむと唸って果たして頷く。不安げに待つハヤスンのもとに小趨(こばし)りに戻ると、


「靖難将軍には深き考えがあるようです。勅許をお与えください」


 ほっとした様子で、


よし(ヂェー)、勅許を授けようぞ。モルトゥの檄に応じることを許す」


 イトゥクは平伏して謝すると、さらに言うには、


「ついては彼らの指揮を我らに委ねていただきますよう」


「そのようにせよ」


「ではすぐにも人員を点呼して、一両日中には出立することにいたします」


うむ(ヂェー)。武運を祈ろう」


「もったいないお言葉。みな奮い立ちましょうぞ」


 とて退出する。余の五人もそれぞれ拝謝してこれに続く。外で待機していた志士どもは、彼らが出てくるとわっと群がって首尾を問う。勅許を得たと聞くや、割れんばかりの歓声が挙がる。イトゥクはそれを制して、


「諸君の中でウリャンハタと戦ったことがあるものはいるか」


 これには互いに顔を見合わせるばかり、誰も(ガル)を挙げない。やがて一人の志士が進み出ると拳を突き上げて、


「彼奴らは人の牧地(ヌントゥグ)を荒らす野盗(クラガイ)。怖れるには足りません!」


 方々から「そうだ(ヂェー)」の声が飛ぶ。イトゥクはチルゲイを顧みてそっと苦笑すると、また向き直って、


敵人(ダイスンクン)は剽悍なる力猛きものども(クチュルゲテン)である。真に憂国の(ドウラ)あるものでなければこれに(あらが)うことはかなわぬ。よいか、ひと晩考えるときを与えよう。真に尊王攘夷の大義に(アミン)を賭ける(オロ)あらば、夜明けまでにクリエンの西十里の(ガヂャル)に参集せよ。僅かでも迷いがあれば来る必要はない」


 志士はおうと叫んで、刻限を(たが)えぬことを誓うと、各々出立の準備のために散っていった。イトゥクらはそれを見届けてゲルに帰る。


 翌朝、約会(ボルヂャル)の地へ至ってみれば、すでに数多の志士が彼らを待っていた。その数、およそ数百。予想以上の数に彼らは思わず(ニドゥ)(みは)った。オノチがチルゲイに(ささや)いて、


「なるほど。これを一人ずつ説得していたら際限がないな」


「そうだろう。『百聞は一見に()かず』と謂う。志士どもの狂った思想を転向させるには、いくら口で言っても無理だ。実際にウリャンハタの(ソオル)を知ってもらうのがいい」


 夜が明けた。勇躍(ブレドゥ)する志士は四隊に分けられて、それぞれイトゥク、ドクト、オノチ、ナハンコルジが率いることにした。チルゲイはイトゥクの傍ら(デルゲ)にあって、参謀の(アルバ)を担う。ここでジュゾウは独り別れて報告に去った。


 さて、いよいよ会盟の障碍となる尊攘志士を一掃するべく、前代未聞の策戦が始まった。このことから、奇人は猛将(バアトル)の知遇を得て高らか(ホライタラ)に大義を説き、名将は好漢(エレ)信頼(イトゥゲルテン)に応えて鮮やかに勝利を演ずることになるのだが、果たして奇人の考案した策とはいかなるものか。それは次回で。

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