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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
52/783

第一 三回 ④

インジャ天に祈りて聖廟に二将を裁き

ナオル書を携えて神都に賢者に(まみ)

 ジュゾウの案内で裏道を抜けてサノウの家を目指す。雑踏を避けてほどなく到着すれば、誇らしげに言うには、


「俺はこの(バリク)のことなら隅々まで知ってるんだ。大路(テルゲウル)から来ようとしたら、まだ入口辺りをうろうろしていただろうぜ」


 早速ナオルが門を(たた)く。しばらく待ったが何の返事もない。留守かと(いぶか)ったが、そこでジュゾウが言うには、


「また居留守を使ってやがる。十中八九、中に居るぜ。人嫌いだから気が向かなきゃ出てこないんだ」


 それを聞いたドクトが首を(かし)げて言った。


「そんなに人が嫌いなら、何もこんな人の多い(バリク)に住まんでもよかろうに」


 ナオルはぷっと吹き出す。ジュゾウがわけ知り顔で、


「そこがあの先生の難しい(ヘツウ)ところさ。ナオル殿よ、どうする?」


「困ったな。何とかならないか」


 すると得たりとばかりに笑みを浮かべると、(オモリウド)を叩いて言うには、


「何とかしろってんなら、何とかするさ。ちょっと待っててくれ。ひと足先に先生にご挨拶してくるぜ」


 どういうことか尋ねる前に、走り去ってしまう。残された二人は(ヌル)を見合わせるばかり。


 ジュゾウはさっと裏手に回ると、塀の割れ目を見つけて(フル)を掛ける。やぁっと気合いを入れれば、いとも容易(アマルハン)にこれを乗り越えてしまった。飛生鼠と渾名(あだな)される所以(ゆえん)である。


 庭に下り立ったジュゾウは、記憶の糸を手繰(たぐ)って書斎の位置を確かめると、まっすぐに駈けだす。外からそっと小声で呼びかけて、


「先生、お久しぶりです。ジュゾウが参りましたぜ」


「何、ジュゾウだと?」


 中から驚きの(ダウン)、ばたばたと出てきたのを見ればこれぞイェリ・サノウ。


「いつ戻ってきたんだ。案内もなしに入り込むとは無礼(ヨスグイ)であろう」


「先生が一向に案内に出ないからですよ。そんなことより、表でナオル殿とドクト殿が待ってるんだ、早く入れてやってくれませんか」


「それを先に言え。まったくしょうがない奴だ」


「へへ、しょうがないのは先生のほうだ」


 サノウは苦虫を噛み潰したような顔で門へ向かった。ナオルとドクトは(にわ)かに門が開いたので少なからず驚く。あわてて拱手して挨拶する。


「これはこれは先生、本日は先の返礼(カリラ)に参りました。飛生鼠を見ませんでしたか」


 そう言ううちにもサノウの肩越しにジュゾウの人(なつ)っこい笑顔が現れたので、二人は呆気にとられる。サノウはにこりともせずに、


「何はともあれ上がるがよい。この大鼠が君たちの来訪を伝えてくれたんでな」


 ナオルは密かにジュゾウに尋ねて、


「おい、何をしたんだ」


「や、ちょっと裏の塀を乗り越えて、挨拶に伺っただけだ」


 この答えにナオルが呆れたのは言うまでもない。客間に入ると主客改めて挨拶を交わし、それぞれ席に着いた。ナオルが早速インジャの書簡と贈物(サウクワ)を手渡そうとすれば、


「書簡は快く受け取ろう。だが贈物は持って帰ってくれ。あれは私も半ば好きでやってこと、受け取れぬ」


 そう言うのを三人であれこれ(なだ)めて何とか納めさせた。みな無事に務め(アルバ)を果たして大喜び。


 サノウは(ボロ・ダラスン)を出して、これをもてなした。オロンテンゲル(アウラ)でドクトが加わった経緯(ヨス)を話せば、さすがのサノウも感嘆しきり、インジャのために祝辞(ウチウリ)を述べた。杯がひと(めぐ)りしたところでナオルが、


「そうそう、ハツチからも書簡を預かってまいりました」


 サノウがこれを読めば、牢を破って救い出してくれたことへの感謝と、草原(ケエル)自由(ダルカラン)な暮らしぶりについての報告であった。ふんと(ハマル)を鳴らして、


律儀(ツェゲン・セトゲル)な奴だ。ま、そちらの暮らしも満更ではなさそうだが」


 ここぞとばかりにジュゾウが草原を讃えて、一度来るよう勧める。ナオルとドクトもしきりに誘ったが、笑って言うには、


(バリク)を追われるようなことになれば嫌でも行くが、そうでもならんかぎりはな」


 ナオルがふと思い立って、表情を改めると、


「あれから先生の身に何かございましたか」


いや(ブルウ)、何も。一度だけ呼ばれて牢獄が燃えたときの様子を問われたが、何も見ておらぬと答えたらそれっきりだ。心配は要らぬ」


「だとよいのですが……」


 そのころにはドクトはすっかり酔っ払って、


「ナオルは気を揉みすぎじゃ、飲め飲め!」


 とて杯になみなみと酒を注ぐ。


「もう酔ってるのか。……あっ! こやつ、もう一本空にしてやがる。しょうがないな、まさかコヤンサンのようなことはあるまいが……」


 そうこうするうちにその(ウドゥル)は暮れ、三人はサノウ邸に泊まった。




 翌朝、ナオルは目覚めるとハツチからもう一通書簡を預かっているのを思い出して、サノウに尋ねた。


「ゴロ・セチェンという人をご存知ですか。やはり書簡を預かっているのですが」


「ゴロか、あのときは奴もコヤンサンにえらい目に遭わされたからな」


 事の次第を聞いて、ナオルはおおいに驚くと、


「それは丁重にお詫びを申さねばなりません。これから三人で伺います」


「奴はこの(バリク)随一の富豪(バヤン)でな、店舗を何軒も()っている。今はどこにいるか……、まあ、とりあえずジュゾウが家を知っているから、そこを訪ねるがよかろう」


 ナオルは礼を言ってジュゾウを呼び、まだ寝ていたドクトを叩き起こして(バリク)に出た。さてこれから三人は、ハツチの書簡を携えてゴロ・セチェンを訪ねるわけだが、このことから再び大騒ぎになろうとは、さすがのサノウも知らぬこと。


 まさに凶事は必ず不意を衝き、感謝の書簡がかえって仇を為すといったところ。三人のゴロ訪問はいかなる騒ぎを巻き起こすか。それは次回で。

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