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草原演義  作者: 秋田大介
巻九
519/783

第一三〇回 ③

バルゲイ燕饗に(たお)れて衆庶圏営に投じ

モルトゥ軍命を奉じて奇人籌策(ちゅうさく)(めぐ)らす

 一方、ウリャンハタの北伐軍はチルゲイからの報告を待っていた。やっと飛生鼠ジュゾウが至って事の次第を告げるや、一同小躍りして喜ぶ。太師エジシが頷いて言うには、


「おおいによろしい。あとはクリエンの世論を会盟へと誘導してください。それから、モルトゥ・バアトルに接触を試みてください」


 そのモルトゥが兵を率いて向かっていることなど彼らが知る(よし)もない。ともかく(カラ)を受けたジュゾウは引き返した。


 王大母のクリエンで、あれこれみなで談義しているところへ、あたふたとカンバルがやってきて、


「諸君、容易ならざる事態となった」


 イトゥクが尋ねて、


「何があったんです?」


 答えて言うには、


「モルトゥ・バアトルが出陣した」


「えっ! それはつまり……」


そうだ(ヂェー)。ウリャンハタ迎撃に発ったのだ」


 先ごろモルトゥの幕僚からクリエンに宛てた檄文が届いたらしい。不安を払拭できない幕僚たちの独断でなされたことだが、これも彼らの知るところではない。カンバルは語を継いで、


「それを知った志士どもが騒ぎはじめた。今は王大母殿が抑えているが、いつ暴発するかしれん。一部の過激な連中は、オルドを包囲(エエレン)して出兵の勅許(ヂャルリク)を得んとしている」


「オルドを包囲ですと!? そんな暴挙、許されるわけもない!」


 イトゥクが憤慨して立ち上がった。ドクトとナハンコルジも続こうとしたが、オノチがすばやく制する。顧みて、


「チルゲイ、どうする?」


「どうするもこうするもない。この状況を用いてバアトルに会いに行こう」


 一同は驚いてその(ヌル)を見返す。すると泰然として言うには、


「ジュゾウはご苦労だが、もう一度戻ってモルトゥ出陣の報を伝えてくれ。我々はオルドへ向かおう」


「それでどうする?」


 ナハンコルジが(ニドゥ)()いて問えば、


「志士どもの望みをかなえてやるのさ」


「なっ、それでは意味がないではないか!」


 激するナハンコルジに、チルゲイはいつにない冷眼を向けると、


「意味? では聴け。私は少しばかり手荒いことを考えた」


「手荒い?」


そうだ(ヂェー)。あの頑迷(コキル)な志士どもを手懐(てなず)けることに(かかずら)っていては、一向に(らち)が明かぬ。死にたいのなら死なせてやろうではないか。これは彼奴らを一掃する好機(チャク)だとは思わぬか」


「まさか……」


 チルゲイは一瞬躊躇する様子を見せたが、すぐに気を取り直して言い放った。


「彼奴らの望みを容れたふりをしてクリエンから引き離し、然るべき策をもってこれを殲滅(ムクリ・ムスクリ)する」


 あの奇人の(アマン)から出たとは思えない策に、一同は愕然としてすぐには言うべき言葉(ウゲ)も知らない有様。(たま)らずイトゥクが、


「それはあまりに酷い! 彼らとて部族(ヤスタン)を思う同志(イル)、それを騙し討ちにするなど……」


 ふっと息を漏らして微笑むと、


「そう言うと思った。案ずるな、私とて(アミン)まで奪おうとは思わぬ。殲滅するべきはその過激、蒙昧(ハラング)な思想のみ」


「…………」


「わけがわからぬという顔だな。つまり、彼ら志士どもはあまりにも道理(ヨス)を解さぬ。尊王攘夷を唱えるばかりで、それができるかどうか測ろうともしない。実のところ、尊王と攘夷をともに行うことはできない。この機会にそれを教えてやろうと思うのだ」


「どうやって……?」


「ウリャンハタ軍の(ソオル)を実地に体感してもらうのさ。そうすればいかに魯鈍(ドロムヂン)でも、さすがに自らの無謀に想到しよう」


「戦を体感すると云っても……」


「もちろんまともに戦えば死者も出るし、かえって敵愾心を煽ることになりかねん。そこで友軍と示し合わせてひと芝居打つことにする」


 今や誰も口を挟もうとすらしない。そこでにやりと笑うと、


「みな、(チフ)を貸せ」


 何やら(ささや)けば、一同愕然として開いた口が(ふさ)がらない。カンバルが疑わしげに(フムスグ)(ひそ)めて、


「そのように奇妙なこと、実行できるのか?」


 軽やかに笑いつつ答えて、


「心配は要りません。我がウリャンハタには、いかなる珍奇な策戦も必ず成し遂げる名将がおります」


 ジュゾウを顧みて言うには、


「わかっているだろうな」


「お前が言うのは、花貌豹のことだろう」


「察しがいいな、そのとおりだ。君は中軍(イェケ・ゴル)にモルトゥ出陣を伝えたら、併せて今述べた策を進言してほしい。そして必ず花貌豹にそれを託すよう勧めてくれ。彼女でなければこんな微妙な用兵はできぬ」


承知(ヂェー)


「君には以後も早馬(グユクチ)(たの)むことになろう。(ガル)が足りぬようだったら矮狻猊(わいさんげい)を借りておけ」


「もとよりそのつもりさ」


「よし、細かいことはあとだ。さあ、参ろう」


 立ち上がると、さっさとゲルを出る。一同はうち揃ってオルドへ向かった。

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