第一二九回 ②
カンバル好漢と語りて忽ち本籍を訐き
チルゲイ女傑に陳べて大いに事理を弁ず
カンバルははっとしたが、やがて沸々と笑いが込み上げてきて、
「なるほど、彼の言いそうなことだ。ほかには?」
オノチがこれに答えて、
「太師はおっしゃいました。『クル・ジョルチにカンバルという男がいる。捜しだして伝えよ。ジョルチの兵鋒をもって汝の刀とせよ』と」
このときカンバルの眉がぴくりと動いたが、すぐにもとの表情に戻ると、
「まことに、まことにエジシはそう言ったのだな」
「はい」
「ジョルチの太師の言葉は、部族の意志を代弁していると考えてよいのか?」
これにはドクトが応じて、
「無論です。太師はハーンの信頼ある顧問です。よってその献策は必ず行われます」
カンバルは幾度も頷いて、
「よろしい。ならば貴殿らと志をともにしよう」
力強く言い放てば、六人は目を輝かせて、
「おお、では……」
「うむ。実を言うと私も自力での革命は困難と看ていたのだ。いかんせん策がなかったのだが、初めて光明が見えた。貴殿らの言を信じよう」
好漢たちは異口同音に、
「ありがとうございます!」
ほとんど叫ぶように答える。カンバルは笑いつつ、不意に尋ねて言った。
「イトゥクよ、もうひとつ教えてもらおう。貴殿がたしかにシャガイ氏の靖難将であることは疑うべくもないが、余の五人はどこから連れてきたのだ?」
これには一同、あっと驚いて目を円くする。すぐには答えられずにいると、
「蓋し諸君は我が部族のものではあるまい。おそらくはジョルチン・ハーンの臣下……。違うかね」
六人は開いた口が塞がらない有様だったが、やっとイトゥクが動揺も顕に、
「な、なぜそのようなことをおっしゃるのです。彼ら五人は……」
片手を挙げて制すると、
「何も責めているわけではない。言ったであろう、貴殿らを信じると。なぜと訊くのであれば説明してもよい。そこの……」
とてオノチを指す。またドクトを示して、
「二人はエジシについて語るとき、単に『太師』と称した。通常はそのような呼び方はせぬものだ。靖難将のごとく名を呼ぶか、あるいは『エジシ太師』とするであろう。単に『太師』と言うはその身内のものに相違ないと判じたのだが、どうか」
ナハンコルジが思わず立ち上がる。チルゲイはそれをちらと牽制すると、俄かに声高らかに、
「さすがは黥大夫様! 炯眼と言うほかありません!」
応じて温顔をこれに向ける。ナハンコルジは赤面して再び腰を下ろす。チルゲイは嬉しそうに言った。
「たしかにここにある四人はまさしくジョルチン・ハーンの股肱であります。ただ私の出自まではお判りにならなかったらしい」
「ほう。貴殿はまた余所から参ったのか」
余の五人は奇人が何を言いだすかと気が気ではない。それにはかまわず、
「はい。すでに信頼いただいているとはいえ、ここで私が己の出自を明らかにすることこそ異心なき証左とお考えください。私はウリャンハタ部カオエン氏の出自にて、衛天王の下で外交を管掌しておりますチルゲイと申すつまらぬものでございます。大カンの勅命を奉じて、三部族会盟を実現するために参りました。以後お見知りおきを」
深々と拝礼する。さすがのカンバルもううむと唸って、
「なるほど。独りエジシの策ではなく、ウリャンハタのカンも了承しているということか」
「はい。我が大カンはいたずらにクル・ジョルチを憎むにあらず。ただ上卿の暴を謗り、人衆の労苦を憂えるのみ。何とぞ黥大夫様の力添えをもって、ハヤスン・カンと我が大カンの会盟を成就させてくださいますようお願い申し上げます」
カンバルは何も言わず目を閉じて、しばらく考えに耽っていたが、やがて溜息を吐いて、
「……何とも言い表せぬ気分だ。同じ部族のものよりも他郷の、しかも初めて逢った貴殿らを信じなければならぬとは……。そして正直なところ、私は貴殿らのほうがより信じられるのだ」
チルゲイが莞爾と笑って、
「それは違いましょう。クル・ジョルチとジョルチは、等しくジョルチ・チノを始祖と仰ぐ『同じ人衆』ではありませんか。百年の懸隔を思い煩う必要はありません。そして今日からはウリャンハタの善き隣人となるのです」
漸くカンバルは迷いを捨てて、革命と三族協和のために尽力することを誓った。そのカンバルの勧めで、チルゲイら五人の出自はしばらく伏せることにした。
また会盟の計画も秘匿して慎重に進めるよう決めた。過激な志士どもをいたずらに刺激せぬためである。密かにことを進め、機を覩て一挙に決行する心算。さらにカンバルが言うには、
「王大母と賢婀嬌の協力は不可欠だ。かの二人の女傑が賛同すればことは成ったも同然だが、心配は要らぬ。きっと手を拍って喜ぶに違いない」
「そうだとよいのですが」
不安げなイトゥクに、
「心配するなと言っておろう。早速今日にも話してみる」
オノチが尋ねて、
「ハヤスン・カンの勅許はいかがなされます?」
「それはあとでよい。……いや、むしろぎりぎりまで知らせぬほうがよかろう。我が大カンは騒擾を好まれぬ。御心を煩わせたくない」
そう答えたが、これは怯懦なハヤスンが動揺してことを毀るのを恐れたからである。六人もそうと察したので、あえて異議は唱えない。
方針が定まったので、イトゥクらはその場を辞した。すでに陽は昇り、草原を明るく照らしている。好漢たちは清々しい気分で己のゲルに帰ったが、この話はここまでにする。