第一二八回 ③
カンバル勅命を奉じて禿頭虎の断を促し
イトゥク聖上に謁して弓箭士の官を得る
すると六人は、たちまち哨戒兵の目に留まって誰何を受けた。
「止まれ! ここは大カンのオルドなるぞ!」
居丈高な口調にナハンコルジがかっとなりかけたが、チルゲイに制される。イトゥクが馬上に拱手して言うには、
「怪しいものではありません。こちらに大カンがおられると聞いて、忠義を尽くすべく馳せ参じたものでございます」
なお疑いの目で見つつ、
「真か。ならばまずは名乗れ」
「名乗るほどのものではありませんが、シャガイ氏のイトゥクと申します。何とぞお取り次ぎください」
哨戒兵の一団は等しく驚いて互いに顔を見合わせる。そしてイトゥクの顔をまじまじと見つめていたが、やがてうちの一人が恐る恐る尋ねて、
「……まことに貴殿はあのイトゥク様に相違ありませんか?」
微笑を湛えて答えて言うには、
「はい。あなたの言う『あのイトゥク様』が誰を指しているかは知りませんが、少なくとも私の名はイトゥクです」
「しょ、少々お待ちください」
あわてて一人が馬首を廻らせて駆け去る。六人は黙って佇んでいたが、その間にも哨戒兵たちはこちらの様子を窺いながらひそひそと囁き交わす。
ほどなく先の兵が、別の一騎とともに戻ってきた。伴われて来たのはシャガイの若者。イトゥクの姿を目にするなり声を挙げると、馬を急かして眼前に至る。息を弾ませつつ拱手して言うには、
「ああ、靖難将軍様! まるで夢を見ているようです。ご無事で何よりでした」
それを聞いて疑い深い志士たちも警戒を解くと、一斉に下馬して非礼を詫びた。イトゥクもあわてて礼を返す。これを仰ぐ志士の目には敬慕の情が色濃く浮かぶ。
その熱い眼差しにいささかたじろいだイトゥクは、早口でチルゲイらを紹介する。何と言ったかと云えば、
「彼らは私と志を同じくするものです。差し支えなければともにクリエンに加えてください」
「もちろんです! 名高き靖難将軍様の同志を、どうして軽んじることがありましょう!」
そこからはうって変わって丁重な扱い。チルゲイはおもしろがって、傍らのナハンコルジに小声で言うには、
「どうやら『靖難将軍様』は、ここでは天王様のごとき存在らしいぞ」
「阿呆め、おとなしくしておけ!」
そんな会話が交わされていることなど知る由もない志士たちは、さながら従者のごとくイトゥクの周りに群がって行く。
クリエンに至れば、早くも噂を聞きつけた連中が伝説の靖難将軍をひと目見ようと押し寄せてきて、大騒ぎになっていた。これには当のイトゥクもただ唖然とするばかり。
群衆は口々に喚きかけてきたが、これを先の哨戒兵たちが、まるで昔日より随う家臣のような顔で押し退ける。これにはドクトやナハンコルジは露骨に不快を示し、イトゥクもすっと眉を顰める。しかし群衆はいくらどやされても遠巻きに囲んだままついてくる。
この騒ぎがガラコの耳に入らぬわけもない。
「外が騒がしいね。見ておいで」
側使いの娘を遣れば、血相を変えて戻ってくるや、
「い、一大事です!」
「いったいどうしたのさ」
「あ、あ、あの……」
すぐには舌が回らないところへ賢婀嬌モルテが現れて、
「聞きましたか? あの靖難将軍が見えられたそうです」
目を円くして言うには、
「へえ、そうかい! 生きていたんだねぇ。それで騒いでいるのか」
「そのようです。今、志士の案内でオルドへ向かったとか」
ガラコはすっくと立ち上がって、
「じゃ、私らも参ろうか。伝説の志士とやらに会ってみようじゃないか」
そう言ってさっさと出ていく。微苦笑しつつモルテもあとに続く。
オルドではすでにイトゥクの拝謁が始まっていた。周囲には数多の人衆が犇き合って、大カンの徳を称える歓声が止まない。
そこに二人の女傑が至れば、歓声はさらにうねりとなって辺りを揺るがす。半ば驚き、半ば呆れつつ戸張をくぐると、ハヤスン・カンはおおいに喜んで言った。
「おお、よく参った。今、呼びに遣ろうと諮っていたところだ。ささ、近う」
拝礼すると小趨りに進み出る。ガラコが欣然として言った。
「聞けば靖難将軍が生還したとか。お慶び申し上げます」
「うむ、そこにあるがその靖難将ぞ」
指すのを見れば、六人の尋常ならざる丈夫が拝跪して控えている。ハヤスンは珍しく興奮しながら、
「イトゥクよ。この二人こそ私が柱石とも恃む王大母と賢婀嬌じゃ」
応じて最前列の丈夫が向き直って言うには、
「ご高名はかねがね聞き及んでおります。ここに邂逅かなってこれに勝る喜びはありません。よろしくご教導賜りますよう、お願いいたします」
「私もあんたの名は聞いてるよ。こちらこそよろしく」
ガラコは、ひと目でイトゥクの爽やかな所作が気に入って快活に答える。モルテも顔を綻ばせて丁重に礼を返す。
ハヤスンが酒食の用意を命じて、早速宴が始まる。チルゲイとドクトは待ってましたとばかりに目を輝かせる。とはいえ、あくまで主賓はイトゥクであり、高き座には大カンもあることだから、一応は末席にておとなしく杯を傾ける。