表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻九
511/783

第一二八回 ③

カンバル勅命を奉じて禿頭虎の断を(うなが)

イトゥク聖上に謁して弓箭士の官を得る

 すると六人は、たちまち哨戒兵(カラウルスン)(ニドゥ)に留まって誰何(すいか)を受けた。


「止まれ! ここは大カンのオルドなるぞ!」


 居丈高な口調にナハンコルジがかっとなりかけたが、チルゲイに制される。イトゥクが馬上に拱手して言うには、


「怪しいものではありません。こちらに大カンがおられると聞いて、忠義を尽くすべく馳せ参じたものでございます」


 なお疑いの目で見つつ、


(ウネン)か。ならばまずは名乗れ」


「名乗るほどのものではありませんが、シャガイ氏のイトゥクと申します。何とぞお取り次ぎください」


 哨戒兵の一団は等しく驚いて互いに(ヌル)を見合わせる。そしてイトゥクの顔をまじまじと見つめていたが、やがてうちの一人が恐る恐る尋ねて、


「……まことに貴殿は()()()()()()()に相違ありませんか?」


 微笑を(たた)えて答えて言うには、


はい(ヂェー)。あなたの言う『あのイトゥク様』が誰を指しているかは知りませんが、少なくとも私の名はイトゥクです」


「しょ、少々お待ちください」


 あわてて一人が馬首を(めぐ)らせて駆け去る。六人は黙って佇んでいたが、その間にも哨戒兵たちはこちらの様子を窺いながらひそひそと(ささや)き交わす。


 ほどなく先の兵が、別の一騎とともに戻ってきた。伴われて来たのはシャガイの若者。イトゥクの姿(カラア)を目にするなり(ダウン)を挙げると、(アクタ)()かして眼前に至る。(アミ)(はず)ませつつ拱手して言うには、


「ああ、靖難将軍様! まるで夢を見ているようです。ご無事で何よりでした」


 それを聞いて疑い深い志士たちも警戒を解くと、一斉に下馬して非礼(ヨスグイ)を詫びた。イトゥクもあわてて礼を返す。これを仰ぐ志士の目には敬慕の情が色濃く浮かぶ。


 その熱い眼差しにいささかたじろいだイトゥクは、早口でチルゲイらを紹介する。何と言ったかと云えば、


「彼らは私と(オロ)を同じくするものです。差し支えなければともにクリエンに加えてください」


「もちろんです! 名高き靖難将軍様の同志(イル)を、どうして軽んじることがありましょう!」


 そこからはうって変わって丁重な扱い。チルゲイはおもしろがって、傍ら(デルゲ)のナハンコルジに小声で言うには、


「どうやら『靖難将軍様』は、ここでは天王(フルムスタ)様のごとき存在らしいぞ」


阿呆(アルビン)め、おとなしくしておけ!」


 そんな会話が交わされていることなど知る(よし)もない志士たちは、さながら従者(コトチン)のごとくイトゥクの周りに群がって行く。


 クリエンに至れば、早くも噂を聞きつけた連中が伝説の靖難将軍をひと目見ようと押し寄せてきて、大騒ぎになっていた。これには当のイトゥクもただ唖然とするばかり。


 群衆(バルアナチャ)は口々に(わめ)きかけてきたが、これを先の哨戒兵たちが、まるで昔日(エルテ・ウドゥル)より(したが)家臣(アルバト)のような顔で押し退()ける。これにはドクトやナハンコルジは露骨に不快を示し、イトゥクもすっと(フムスグ)(ひそ)める。しかし群衆はいくらどやされても遠巻きに囲んだままついてくる。




 この騒ぎがガラコの(チフ)に入らぬわけもない。


「外が騒がしいね。見ておいで」


 側使い(エムチュ)(オキン)()れば、血相を変えて戻ってくるや、


「い、一大事です!」


「いったいどうしたのさ」


「あ、あ、あの……」


 すぐには(ヘル)が回らないところへ賢婀嬌(けんあきょう)モルテが現れて、


「聞きましたか? あの靖難将軍が見えられたそうです」


 目を円くして言うには、


「へえ、そうかい! 生きて(オスチュ)いたんだねぇ。それで騒いでいるのか」


「そのようです。今、志士の案内でオルドへ向かったとか」


 ガラコはすっくと立ち上がって、


「じゃ、私らも参ろうか。伝説の志士とやらに会ってみようじゃないか」


 そう言ってさっさと出ていく。微苦笑しつつモルテもあとに続く。


 オルドではすでにイトゥクの拝謁が始まっていた。周囲には数多の人衆(ウルス)(ひしめ)き合って、大カンの徳を(たた)える歓声が止まない。


 そこに二人の女傑が至れば、歓声はさらにうねりとなって辺りを揺るがす。半ば驚き、半ば呆れつつ戸張(エウデン)をくぐると、ハヤスン・カンはおおいに喜んで言った。


「おお、よく参った。今、呼びに()ろうと(はか)っていたところだ。ささ、近う」


 拝礼すると小趨(こばし)りに進み出る。ガラコが欣然として言った。


「聞けば靖難将軍が生還したとか。お慶び申し上げます」


「うむ、そこにあるがその靖難将ぞ」


 指すのを見れば、六人の尋常ならざる丈夫(エレ)が拝跪して控えている。ハヤスンは珍しく興奮しながら、


「イトゥクよ。この二人こそ私が柱石(トゥルグ)とも(たの)む王大母と賢婀嬌じゃ」


 応じて最前列の丈夫が向き直って言うには、


「ご高名はかねがね聞き及んでおります。ここに邂逅かなってこれに勝る喜び(ヂルガラン)はありません。よろしくご教導賜りますよう、お願いいたします」


「私もあんたの名は聞いてるよ。こちらこそよろしく」


 ガラコは、ひと目でイトゥクの爽やかな所作が気に入って快活に答える。モルテも顔を(ほころ)ばせて丁重に礼を返す。


 ハヤスンが酒食の用意を命じて、早速宴が始まる。チルゲイとドクトは待ってましたとばかりに目を輝かせる。とはいえ、あくまで主賓はイトゥクであり、高き座(オンドゥル)には大カンもあることだから、一応は末席にておとなしく杯を傾ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ