第一二八回 ②
カンバル勅命を奉じて禿頭虎の断を促し
イトゥク聖上に謁して弓箭士の官を得る
さて、ウリャンハタの北伐軍の一翼を担う胆斗公ナオルは、数人の好漢とともに衛天王カントゥカのもとを訪れていた。随ったのは癲叫子ドクト、飛生鼠ジュゾウ、雷霆子オノチ、石沐猴ナハンコルジの四人。
カントゥカは驚きつつも、席を与えて歓待する。主客座を占めると、まず潤治卿ヒラトが口を開く。
「急にどうされたのですか。胆斗公自ら伝えねばならぬような大事が起こったのですか」
その声はやや非難の調子を帯びていたが、さらりと受け流して、
「いかにも。実は……」
そう言って靖難将軍イトゥクに遇った顛末を話す。黙っていることができない奇人チルゲイがみなに先んじて、
「それでナオルは何を考えている?」
問えば、ヒラトはますます眉間に皺を寄せる。ナオルはにやりと笑うと、
「我が太師エジシの意見を述べましょう」
カントゥカが表情を変えずに頷いたのを見て、
「クル・ジョルチは堕ちたりとはいえ、北方の雄族。力をもってこれを覆滅するのは容易ではありません。またひとたび勝利を得ても、これを治下に置き続けるのは困難です。そこで提案があります。ここはイトゥクに協力して上卿専横を憎む勢力を糾合し、彼ら自身に革命を起こさせて内に相争わせるのが上計ではないかと。結果、我らに友好ある政権が樹立されれば、後顧の憂いがなくなるのみならず、兵の損耗は抑えられ、永きに亘って安寧を享受することができましょう」
一同は等しく唸り声を挙げて考え込む。多弁なチルゲイすら難しげな表情を作って何も言わない。知らずみなの視線は聖医アサンに集まる。そこで言うには、
「ジョルチの太師のご意見はよく解りました。たしかに魅力ある提案ですが、貴殿はそれを成すための方策をお持ちですか?」
莞爾と笑って、
「無論です」
「ならばまずはそれを伺いましょう」
そこでウリャンハタの好漢たちのために滔々と弁じたてれば、漸くみなの顔に喜色が浮かぶ。ついにはヒラトまでもが、
「なるほど」
嘆声を挙げたので、これはもうみなから了解を得たようなものである。カントゥカは言った。
「承知。我らもその方略に則って兵を動かすだろう」
傍らでチルゲイが何か言いたそうにしていたので、付け加えて言うには、
「足手纏いでなければこいつを連れていくがいい」
もちろん快諾して、
「奇人殿の助力が得られるなら、成功は疑いありません」
そう言ってこれを喜ばせる。なおもしばらく話し合ったあと、ジョルチの好漢たちはチルゲイを連れて辞去した。
留守を預かっていた百万元帥トオリルらが揃ってこれを出迎える。事の次第を伝えれば、みなおおいに喜ぶ。イトゥクは感激して、
「長かったクル・ジョルチの夜もまもなく明けるでしょう」
と、エジシはゆっくりと首を振って、
「いえ、すべてはこれからです。ジョルチとウリャンハタは部族を挙げて、貴殿とその同志に協力します。が、事を成し遂げるのは、あくまで己の手に依らねばなりません」
「はい、承知しております」
くどくどしい話はさておき、その後彼らは宴を催して革命の成就を誓った。この宴席において、ジョルチン・ハーンの代理たる胆斗公ナオル、ウリャンハタの外交を掌管する奇人チルゲイ、そしてクル・ジョルチの志士の頭領たる靖難将イトゥクによって、三部族の同盟が事実上成立したのであった。
早暁、イトゥクは食糧を携えて出立した。行をともにするのはチルゲイ、ドクト、ジュゾウ、オノチ、ナハンコルジの五人である。
赫彗星ソラなどは最後まで自分も行くと言って聞かなかったが、エジシにやんわりと諭されて諦めた。彼には精鋭「赤流星」を統率する責務があったからである。
一行は王大母ガラコの居処を捜して駆け続けた。広大な草原の中でそれを発見するのは困難であるように思われたが、幸いにも偶々行き合った牧人が所在を知っていた。彼はゴコク氏の内争についても詳しく、あれこれと教えてくれた。
一同はハヤスン・カンがガラコに庇護されていると知って小躍りしたが、同時に上卿会議がこれを廃して新たにチャウン・カンを立てたことを聞いて怒気に胸を焼いた。六人は厚く礼を述べて先を急いだ。
それから三日後のことである。彼方に現れたゲル群を望見したイトゥクが目を輝かせて言った。
「間違いありません。王大母様の旗幟です!」
ドクトが応えて、
「おお、疾く参ろう!」
余の好漢も一様に頷いて馬腹を蹴る。