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草原演義  作者: 秋田大介
巻九
510/783

第一二八回 ②

カンバル勅命を奉じて禿頭虎の断を(うなが)

イトゥク聖上に謁して弓箭士の官を得る

 さて、ウリャンハタの北伐軍の一翼を担う胆斗公(スルステイ)ナオルは、数人の好漢(エレ)とともに衛天王カントゥカのもとを訪れていた。(したが)ったのは癲叫子ドクト、飛生鼠ジュゾウ、雷霆子(アヤンガ)オノチ、石沐猴(せきもっこう)ナハンコルジの四人。


 カントゥカは驚きつつも、席を与えて歓待する。主客座を占めると、まず潤治卿ヒラトが(アマン)を開く。


「急にどうされたのですか。胆斗公自ら伝えねばならぬような大事が起こったのですか」


 その(ダウン)はやや非難の調子を帯びていたが、さらりと受け流して、


いかにも(ヂェー)。実は……」


 そう言って靖難将軍イトゥクに()った顛末(ヨス)を話す。黙っていることができない奇人チルゲイがみなに先んじて、


「それでナオルは何を考えている?」


 問えば、ヒラトはますます眉間に皺を寄せる。ナオルはにやりと笑うと、


「我が太師エジシの意見を述べましょう」


 カントゥカが表情を変えずに頷いたのを見て、


「クル・ジョルチは堕ちたりとはいえ、北方の雄族(ヂオルキメス)(クチ)をもってこれを覆滅するのは容易(アマルハン)ではありません。またひとたび勝利を得ても、これを治下に置き続けるのは困難です。そこで提案があります。ここはイトゥクに協力して上卿専横を憎む勢力を糾合し、彼ら自身に革命を起こさせて内に相争わせるのが上計ではないかと。結果、我らに友好(ナイラムダル)ある政権が樹立されれば、後顧の憂いがなくなるのみならず、兵の損耗は抑えられ、永きに(わた)って安寧(ヘンケ)を享受することができましょう」


 一同は等しく唸り声を挙げて考え込む。多弁なチルゲイすら難しげな表情を作って何も言わない。知らずみなの視線は聖医(ボグド・エムチ)アサンに集まる。そこで言うには、


「ジョルチの太師のご意見はよく解りました。たしかに魅力ある提案ですが、貴殿はそれを成すための方策をお持ちですか?」


 莞爾と笑って、


「無論です」


「ならばまずはそれを伺いましょう」


 そこでウリャンハタの好漢たちのために滔々(とうとう)と弁じたてれば、(ようや)くみなの(ヌル)に喜色が浮かぶ。ついにはヒラトまでもが、


「なるほど」


 嘆声を挙げたので、これはもうみなから了解を得たようなものである。カントゥカは言った。


承知(ヂェー)。我らもその方略に(のっと)って兵を動かすだろう」


 傍ら(デルゲ)でチルゲイが何か言いたそうにしていたので、付け加えて言うには、


「足手(まと)いでなければこいつを連れていくがいい」


 もちろん快諾して、


「奇人殿の助力(トゥサ)が得られるなら、成功は疑いありません」


 そう言ってこれを喜ばせる。なおもしばらく話し合ったあと、ジョルチの好漢たちはチルゲイを連れて辞去した。


 留守を預かっていた百万元帥トオリルらが揃ってこれを出迎える。事の次第を伝えれば、みなおおいに喜ぶ。イトゥクは感激して、


「長かったクル・ジョルチの夜もまもなく明けるでしょう」


 と、エジシはゆっくりと首を振って、


いえ(ブルウ)、すべてはこれからです。ジョルチとウリャンハタは部族(ヤスタン)を挙げて、貴殿とその同志(イル)に協力します。が、事を成し遂げるのは、あくまで己の(ガル)に依らねばなりません」


はい(ヂェー)、承知しております」


 くどくどしい話はさておき、その後彼らは宴を催して革命の成就を誓った。この宴席において、ジョルチン・ハーンの代理たる胆斗公ナオル、ウリャンハタの外交を掌管する奇人チルゲイ、そしてクル・ジョルチの志士の頭領たる靖難将イトゥクによって、三部族(ゴルバン・ヤスタン)の同盟が事実上成立したのであった。


 早暁、イトゥクは食糧(イヂェ)を携えて出立した。行をともにするのはチルゲイ、ドクト、ジュゾウ、オノチ、ナハンコルジの五人である。


 赫彗星ソラなどは最後まで自分も行くと言って聞かなかったが、エジシにやんわりと(さと)されて諦めた。彼には精鋭「赤流星」を統率する責務(アルバ)があったからである。


 一行は王大母ガラコの居処を捜して駆け続けた。広大(ハブタガイ)草原(ケエル)の中でそれを発見するのは困難であるように思われたが、幸いにも偶々(たまたま)行き合った牧人(ホニチド)が所在を知っていた。彼はゴコク氏の内争(ブルガルドゥアン)についても詳しく、あれこれと教えてくれた。


 一同はハヤスン・カンがガラコに庇護されていると知って小躍りしたが、同時に上卿会議がこれを廃して新たにチャウン・カンを立てたことを聞いて怒気に(オモリウド)を焼いた。六人は厚く礼を述べて先を急いだ。


 それから三日後のことである。彼方に現れたゲル群を望見したイトゥクが(ニドゥ)を輝かせて言った。


「間違いありません。王大母様の旗幟(トグ)です!」


 ドクトが応えて、


「おお、疾く参ろう!」


 余の好漢も一様に頷いて馬腹を蹴る。

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