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草原演義  作者: 秋田大介
巻九
505/783

第一二七回 ①

靖難将エジシに服して教導を請い

(げい)大夫ガラコに投じて躁恣(そうし)(ただ)

 赫彗星ソラに助けられたクル・ジョルチの将校は、中原からやってきた太師エジシに初めは反発したが、道理(ヨス)を尽くして(さと)されると、おおいに感動してこれに心服するに至った。(にわ)かに寝台(オル)から下りて平伏すると、


「どうか私に、いえ(ブルウ)、我が部族(ヤスタン)に進むべき(モル)をお示しください!」


 居並ぶ好漢(エレ)たちは驚いたが、また喜んで男に名を尋ねた。応じて力強く頷くと名乗りを上げる。何と云ったかと云えば、


「これまでの非礼(ヨスグイ)はお(ゆる)しください。私はシャガイ氏の出自(ウヂャウル)にて、イトゥクと申します。人からは靖難将軍と呼ばれています」


 イズムの卑劣な保身のために戦場に襲われて行方知れずになっていたのを、偶々(たまたま)ソラが拾ったのである。


 彼はそもそも、ウリャンハタの北伐に対してまともに対策を講じようとしない上卿たちに業を煮やして同志(イル)を募った。しかし彼自身には、その後志士たちの間で盛り上がったような、すなわち上卿会議を打倒して新制を樹立するなどという展望はなかった。


 それが今、エジシから大義を示されて、ついに進むべき道に想到した。すでに「靖難将軍イトゥク」の名は反上卿の旗手として伝説になっていたが、ここに初めて内実(アブリ)が伴ったのである。


 同時に彼はエジシと出合ったことによって、ほかの志士とはまた別の道を歩むことになった。


 というのは、志士をもって自任する連中はただ(アマン)に「尊王攘夷」を唱えるばかりで、何の方略もなく要人暗殺などの愚挙を繰り返していたが、これでは早晩クル・ジョルチは上卿とともに亡びてしまうであろう。


 彼は独りそこから脱却して、本来外敵(ダイスンクン)たるジョルチ、ウリャンハタと結んで上卿専制を(くつがえ)す方針に転じた。


 もともとの思考からすれば部族(ヤスタン)に叛する行為に当たるはずだが、先にエジシが説諭したとおり、まことに部族(ヤスタン)に害を為すものはあくまで上卿会議であり、これを打倒することこそ人衆(ウルス)のためになることを悟ったのである。


 彼の北伐軍に対する認識を改めさせたのはエジシの次の言葉(ウゲ)、すなわち、


「ジョルチ部とクル・ジョルチ部は、もとは同じ(アディル)人衆」


 というものであった。


 それはさておき、好漢たちは居住まいを正して、イトゥクがクル・ジョルチの内情について語るのに(チフ)を傾けた。


 どこから始めようか迷っている風だったが、ひとたび口を開くとウリャンハタ北進の報に接してからの諸々の動きについて語りはじめた。


 聞いているうちに好漢たちも、無能(アルビン)な上卿に対する憤怒(アウルラアス)(こら)えがたくなってきた。ついには拳で(コセル)を撃って怒声を挙げる。


 腐りきった上卿会議はもはや容認できるものではない。イトゥクも次第に(オモリウド)が詰まって滂沱(ぼうだ)と涙を流す。エジシが(フムスグ)(ひそ)めて、


「だいたい実情は解りました。ところでイトゥク殿、貴殿のほかに(オロ)あるものはどれほどありますか」


 即座に答えて、


部族(ヤスタン)(あや)うきに及んで憂えぬものがおりましょうか。若い世代の将領はみな同志になりえましょう。実際後難を恐れていたものも、カンバル様の一件を聞いてからは……」


 エジシは思わず腰を浮かして、


「カンバル! 貴殿は今、カンバルと言われましたか!?」


はい(ヂェー)。カンバル様は族長(ノヤン)のオクドゥに援軍派遣を要請したのですが、却下されたばかりか(げい)罪を得て放逐されたのです。それを聞いて我々は居ても立ってもいられず、ついに靖難救国社を結成して戦地に赴いたのです」


 エジシは深々と頷きつつ詠嘆を込めて言った。


「そうか、そうであったか……。カンバルはまだ西原に在ったのだな」


「しかしその後はどこへ行かれたか判りません」


 きっと(ヌル)を上げたエジシは、


「義を尽くさんとするものが()われ、理を()べようとするものが退けられる……。かかる愚劣な体制はこれを覆滅せねばならぬ。イトゥク殿、クル・ジョルチに(たの)みとするべき好漢はないのですか?」


 しばらく考える風だったが、やがて躊躇(ためら)いがちに言うには、


「いないこともありませんが、少なくとも権勢の中枢(ヂュルケン)にあるのは、権益を守ることに汲々(きゅうきゅう)たる奸物ばかり。義侠を(うた)われる英傑(クルゥド)は僅かに二、三あるのみです」


「その名を教えてください」


 慎重に確かめながら述べる。


「一人はシュガク氏のモルトゥ・バアトル。族長(ノヤン)のデゲイは上卿の中でも最も俗悪な奴ですが、モルトゥ様は違います(アディルグイ)


「ほかは?」


 すると答えて言うには、


「恥ずかしいことですが、もう好漢と呼べるほどの(ブステイ)はおりません。ただ……」


「ただ?」


「ゴコク氏に部族(ヤスタン)のどの男よりも(たの)みとなる女傑が二人おります。一人は王大母と渾名(あだな)されるガラコ。もう一人は賢婀嬌(けんあきょう)と称されるモルテ・ユムカです。かの両名は常々上卿の専横に屈することなく義理を通されております」


 もとよりイトゥクは、この二人がハヤスン・コイマル・カンを擁して数多の志士から敬仰されていることなど知る(よし)もなかった。以前からその高名(ネルテイ)を聞き及んでいたのである。


「なるほど……。見えて参りましたな」


 エジシは嬉しそうに幾度も頷く。周りの好漢は(いぶか)しげな顔。ナオルが尋ねて、


「太師、我らは愚昧(ハラング)にて意図するところが解りません。ご教示ください」


 莞爾と微笑んでそれぞれ為すべき策を授けたが、それがいかなるものだったかはいずれ判ることゆえ、この話はここまでにする。

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