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草原演義  作者: 秋田大介
巻九
503/783

第一二六回 ③

黥徒(げいと)バルゲイを訪ねて回生の策を授け

太師ナオルに合して志士の蒙を(ひら)

 何日かして従臣(コトチン)がやってくると困惑した様子で言うには、


「ソラ様、例の男のことですが……」


「例の? 何の話だ」


「あの行き倒れていた……」


 (ようや)く思い出して、


「ああ! それがどうした?」


「幸い意識は恢復したのですが、どんなに勧めても食事を()ろうとしないのです。かなり衰弱しているようですし、このままでは……」


「ふうむ……」


 (エリウン)(さす)りながら唸っていたが、やがて言うには、


「よし、あとで俺が会ってみよう」


 その(ウドゥル)の夜営を定めると、ソラは自ら男のもとを訪れた。男は寝台(オル)仰臥(ぎょうが)したままで、(ヌル)を向けようとすらしない。傍ら(デルゲ)に腰を下ろすと、


「俺はジョシ氏のカンシジ・ソラだ」


 しかし答えはない。


「お前はクル・ジョルチのものだろう」


「…………」


「ふん、どうあっても答えぬつもりらしいな。まあ、それはいい。しかし拾ってやったんだ、食事くらいはしろ。このまま死なれたんじゃ寝覚めが悪い」


 立って去ろうとすれば、初めて男の(アマン)が動いた。(かす)れた(ダウン)で言うには、


「……殺せ」


 ソラは一瞬立ち止まると呵々大笑して、


阿呆(アルビン)め。殺す(アラハ)くらいなら初めから助けやしない。くだらぬことを言うな」


 男は睨みつけたようだが、視線に(クチ)はない。ソラはさらに笑って、


「どうせ自決する力も残ってないのだろう。なら早く恢復することだ。動けるようになったらいつでも去っていいぞ。そのあと死ぬなり何なり好きにしろ」


「俺は、……(ブルガ)だぞ。動けるようになったら、お前を殺す……」


 そう言うだけで(アミ)が荒くなる。ソラは嬉しそうに、


「おお、来るがいいさ。そのときは容赦せん。望みどおり殺してやろう。だが俺は立つこともできぬような半病人に向ける(ウルドゥ)は持ってない」


 男は瞠目してソラを眺めていたが、やがて(ニドゥ)()らす。ソラはからからと笑いながらその場を去った。


 男はそれから少しずつではあったが食事を摂るようになった。ただ何も語ろうとはせず、じっと横たわって虚空を睨んでいるばかり。ソラも再び訪れることはなかったが、たびたび従臣に様子を尋ねた。あるとき言うには、


「俺はあの男を気に入ったらしいぞ。クル・ジョルチにあんな目をする奴がいるとは思わなかった。きっと名のあるものに違いない。十分に優遇してやれ」


 従臣はさらに(セトゲル)を砕いて介抱に当たった。あたかも下僕(セウセ)主人(エヂェン)に使えるがごとくであったが、この話もここまで。




 ジョルチ軍はゆっくりと行軍を続けた。そこへ中原から新たに三人の好漢(エレ)合流(ベルチル)した。ナオルらはおおいに驚き、かつ喜んだ。誰が来たかと云えばすなわち、太師エジシ、飛生鼠ジュゾウ、白面鼠(シルガ・クルガナ)マルケ。エジシが拱手して言うには、


「まずは順調なようですね。ハーンも喜んでおられました」


 返礼して、


いや(ブルウ)、我らはほとんど見ているだけです。まことにウリャンハタ軍は勇猛(カタンギン)です。ところで急にこちらに来られたのはどうしてですか?」


はい(ヂェー)。実は天文を観るに、近ごろクル・ジョルチの(オド)(にわ)かに輝きを失いました。さらにその宙域に別の星が現れたので、何か政情に異変があったに違いないと思ってそれを確かめるために参ったのです」


 一同はそれを聞いても、玄妙な天文の(ヨス)に通暁するはずもないので首を捻るばかり。エジシはふと呟いて、


「彼ならその理由もわかっているのでしょうが……」


 ナオルがすかさず聞き(とが)めて、


「彼、というのは誰のことですか」


 はっとして言うには、


いえ(ブルウ)、ただの独り言です。まだ西原にいたころに天文に明るい知己があったので、彼なら何が起こらんとしているか察しているだろうと思っただけです」


 異能(エルデム)の主と聞けば黙っていられない好漢たちは、口々にその名を問う。答えて言うには、


「ブリカガク氏のカンバルという男です。恥ずかしながら部族(ヤスタン)を捨てた私にとっては、唯一(ガグチャ)友人(イル)と言ってよいでしょう」


 ナオルが尋ねて、


「今でもカンバル殿はクル・ジョルチに……?」


「判りません。一別以来三十年余、互いに往来はありません」


 そこでふとソラが(ガル)()って言った。


「我が陣中にクル・ジョルチの将校らしきものを(とら)えてあります。いろいろお尋ねになってみればどうでしょう」

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