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草原演義  作者: 秋田大介
巻九
502/783

第一二六回 ②

黥徒(げいと)バルゲイを訪ねて回生の策を授け

太師ナオルに合して志士の蒙を(ひら)

「し、しかしそれは……」


「最初に申し上げたはずです。すべてを棄てよ、と。それにハヤスン・カンは(さき)のカンではありません。多くの人衆(ウルス)に支持された真の大カンです。すでに部族(ヤスタン)は危殆に瀕し、上卿専制が奏功した時代は過去(エルテ・ウドゥル)になりつつあります。外憂迫る今、大カンを中心(オルゴル)部族(ヤスタン)がひとつに(まと)まらねば、この難局を超えることは難かろうかと存じます」


 バルゲイは初めて在野に蔓延(はびこ)る志士の論を(チフ)にして、言うべき言葉(ウゲ)も知らない有様。ここにチンガイがあらば、男を瞬く間(トゥルバス)に斬り捨てていただろう。


 さらに続けて言うには、


「しかしそのような名分は、今のバルゲイ様には必要ない(ヘレググイ)でしょう。要はいかにすれば最も利になるか。上卿会議の支援(トゥサ)なきまま王大母と戦う(アヤラクイ)よりも、その(ヨス)を認めて大カンの温情(エルゲン・セトゲル)(すが)るべきです。もともとバルゲイ様も大カンに仕えた上卿ではありませんか。大カンを廃する(オロ)があったわけでもありますまい。王大母と対立する時勢の流れの中で、偶々(たまたま)そうなっただけのこと。意を尽くして釈明すれば、大カンのことです、きっとお(ゆる)しになるでしょう」


 バルゲイは滔々(とうとう)と流れる弁舌をあわてて遮って、


「少しお待ちください。突然のことで何が何やら……。それにそう容易(アマルハン)にことが運びましょうか。何と云っても王大母とは不倶戴天の間柄にて……」


 噴き出る汗を(ぬぐ)いつつ言えば、


「それはバルゲイ様次第。王大母殿は一世の女傑、旧怨に(こだわ)る人ではありません。こうして同じ氏族(オノル)の中で干戈を交えていることこそ不本意であるに相違ありません。不倶戴天などと申しますが、その根を辿ってもつい先日のことに端を発しているに過ぎませんぞ」


 そして語気強く言い放つ。


「小怨を顧みて大事を失ってはいけません」


 その気迫に押されつつ言うには、


「し、しかし、チンガイが何と言うか……」


 これを聞くと、(にわ)かに(ダウン)を大にして、


「独りチンガイと、数多の人衆と、どちらを(たの)みとなさるのですか。まことにバルゲイ様を護りうるのはチンガイ輩ではなく、名もない(ネルグイ)人衆です。違いますか?」


 なおも逡巡したが、彼自身、男の言うことに(したが)うのが最も賢明(ボクダ)であることは解っていた。なるほど名案である。


 それでも迷っているのは、単にガラコの軍門に降ることを恥じたからである。ゆえに男もあえて王大母に降れとは言わず、大カンに降るよう勧めたのだが、実際は同じことであるから躊躇するのも当然というもの。


「ご決断されれば、私が使者となってバルゲイ様の威を(そこな)わぬよう努めましょう」


 そう言って(うなが)す。あとは考えるに任せて何も言わない。およそ一刻も経ったであろうか。やっと絞り出すように、


「……先生にお(まか)せします」


 禿()げた(テリウ)を下げる。


「よくぞご決断されました。あとはお(まか)せください」


 喜んで退出しかけたが、ふと振り返ると、


「チンガイは……」


「あれは私の隷民(ハラン)に過ぎません。ご心配なく」


「そうですか、では」


 去ろうとするのをあわてて呼び止めると、


「まだ先生のご芳名をお聞きしていませんでした」


 するとからからと笑って、


「そんなことはどうでもよいのですが。ブリカガク氏のカンバルと申します。きっと良い報せを持って参ります」


 男はカンバルであった。かつてウリャンハタ迎撃を進言したものの容れられず、かえって(げい)罪を得て追放されたあのカンバルである。その後、どこでどうしていたのか判らぬが、今になってゴコクの本営(ゴル)に現れたのであった。


 カンバルは飄々と去っていったが、くどくどしい話は抜きにする。




 そのころ衛天王カントゥカは、一旦軍を併せて次の進撃に備えていた。早馬(グユクチ)を迎えた五手の軍勢は、約会(ボルヂャル)して互いの戦果を誇り合った。たび重なる勝利で、ウリャンハタの版図(ネウリド)(ホイン)へ大きく拡がった。


 矮狻猊(わいさんげい)タケチャクの操る斥候(カラウルスン)によれば、クル・ジョルチ部はさらに西北方へ移動(ヌーフ)し続けているとのこと。


 これを捕捉するべく進路が決定されると、麒麟児シンと一角虎(エベルトゥ・カブラン)スクが、勇躍(ブレドゥ)して進発する。ほどなく花貌豹サチも発った。中軍(イェケ・ゴル)は後衛としてその場に残った。


 援軍であるジョルチ軍は、先行した三軍の援護に回る。一路西北へ走る友軍(イル)の側背を確保するのが任務(アルバ)である。胆斗公(スルステイ)ナオルは、八千騎を率いて出立する。先駆け(ウトゥラヂュ)は赫彗星ソラである。


 しばらくは何ごともなく進んだが、ある(ウドゥル)、ソラは偶々(たまたま)前方に(うつぶ)せに行き倒れている男を発見した。兵装であったが、肝心の(アクタ)姿(カラア)が見えない。おそらくクル・ジョルチの敗残兵であろう。


 仁心を発揮してこれを(テルゲン)に乗せると、従臣(コトチン)の一人に介抱させた。まだ意識はないが、何か有益な情報を引き出せるかもしれない。しかしソラはいつの間にかそのことをすっかり忘れて(ウマルタヂュ)しまっていた。

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