第 二 回 ①
ハクヒ朝に城外に学士に面会し
ムウチ夜に夢中に天王に拝謁す
ハクヒの一行はタムヤの街に着いたものの、どちらへ行ってよいやらまるで見当もつかず途方に暮れていた。そこへ一人の男が近づいて声をかけた。
「おや、ハクヒ様じゃありませんか」
見れば、その男はかつてフドウ氏の民であったクウイであった。法に触れて死刑になるところを、ハクヒに助けられて逃してもらったことがある。
おおいに驚いて、
「おお、クウイではないか!」
クウイは拱手して深々と頭を下げると、
「その節はハクヒ様のご厚情により生き長らえることができました。今でも毎日、妻と東の空を拝んでおります。よもやこのようなところでお目にかかれるとは」
見も知らぬ土地で心細い思いをしていたところ。旧知のものに遇ったことで、わっと叫びそうになるのを堪えて言うには、
「うむうむ、お前も元気そうで何よりだ。タムヤにいたとはな。ここで何をしておるのだ」
「まあ、立ち話も何ですから、我が家へお越しくださいませ。たいしたおもてなしはできませんが、妻もきっと喜ぶと思います。お連れの方もどうぞご一緒に」
ハクヒはそれももっともだと思い、順うことにした。さて細かい話は抜きにして、一行は早くもクウイの家に着く。
「おおい。お客さまだぞ」
「そんな大声を出さなくても聞こえますよ。いったいどなたがお見えになったんです?」
奥からクウイの妻が出てきて見れば、何と恩人のハクヒであったので、あわてて平伏して言うには、
「これはこれはハクヒ様、お久しゅうございます。狭い家ですが、どうぞお上がりください」
さらに車から族長の夫人であるムウチが降りてきたものだから、夫妻はますます驚いて、
「こ、こ、これはムウチ様! 気が付きませんで、とんだご無礼をいたしました!」
ムウチは憔悴しきっていたが、微笑んで言った。
「よいのです、顔をお上げなさい。私こそそなたたちに会えてほっとしているのです」
夫妻は顔を見合わせて、これは何かわけがありそうだと目で合図し合う。
とにかくハクヒとムウチは案内されるまま奥の一室に入り、その他のものも別室に通されて食事を振る舞われる。それぞれ席次が決まり酒食が運ばれると、早速クウイが尋ねて言うには、
「いったいいかがなされました? どうもただの物見遊山ではなさそうですが」
そこでハクヒは、族長が謀殺されたことから追撃を受けたことまで順を追って話した。その最中にもムウチの目には涙が浮かんでくる。クウイは驚くやら憤るやらで言うべき言葉も知らない有様。
「……という次第で、我々はエジシ様を恃んでこちらへ参ったのだ。エジシ様を知っておるか」
問われたクウイはおおいに喜んで、
「知ってるも何も、私もエジシ様にはひとかたならぬお世話になっております。というのも今、徴税をやっているのですが、それもあの方の口添えがあったればこそお役に就けたようなもので」
するとハクヒは怪訝な表情を浮かべて言った。
「徴税? それはいかなるものか」
「住民に毎年、金を納めさせるんです。何人かで手分けして一軒一軒集めて回るんで。その集めた金でこの街は運営されているんです」
聞いてもなお釈然としなかったが、それも無理のない話。草原にあっては金など必要がないため、金銭でものごとが回ることをよく知らないのである。
それはともかくムウチ主従はおおいに喜んだ。すぐにもエジシを訪ねようとするも、クウイ夫妻が明日になさいとて放さない。旅の疲れもあることとて、やむなくその日は二人の歓待を受けることにしたが、くどくどしい話は抜きにする。
さて翌日、ハクヒは夜も明けきらぬうちに起き出して身支度を整えると言うには、
「ムウチ様、それでは行って参りまする」
「よろしく嘱みます」
「はい、お委せください」
とて、クウイを伴って家を出る。その話によれば、エジシは街の外れに居を構えているとのこと、自ら「学究庵」と号しているらしい。