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草原演義  作者: 秋田大介
巻九
499/783

第一二五回 ③

ガラコ和を欲するも(つい)に兵鋒相交わり

デゲイ卿を罰して(ひそ)かに権柄を掌握す

 一方、捷報(しょうほう)を待っていた上卿たちもこれにはたじろいだ。特にオカク氏のソドムの忿怒(アウルラアス)は凄まじく、ハルらを処刑すべしとて(わめ)き散らした。デゲイなどほかの上卿はこれを何とか(なだ)める。


 ここで上卿同士が(いさか)いを起こしては叛徒(ブルガ)どもを利することにしかならない。またあの道理(ヨス)の解らぬ志士たちが勢いを得て策動しはじめるやもしれぬ。誰もが(テリウ)を抱え込む。とりあえず巡邏の数を増やすことを決して休憩とする。


 一旦退席したデゲイをムライが迎える。デゲイは汗を拭きつつ言った。


「いやはや難儀であった。ソドム殿は所詮は(ブスクイ)だね、困ったよ」


「では何も?」


 頷いて、


「対応を(はか)るどころじゃないよ。あの狂女を(なだ)めただけだ。世の志士とやらはあれを称して『狂癲婆』と呼んでいるらしいが、僕もそれに賛成したい気分だね」


 ムライは思わず吹きだすと、


「狂癲婆とはまたうまい渾名(あだな)を付けたものですな」


 デゲイは眉間に皺を寄せると、


「笑いごとじゃないよ。僕の身にもなってくれ」


「これは失礼しました。……ともかく上卿方は窮地に(おちい)りましたな」


 ますます険しい面持ちで、


うむ(ヂェー)混血児(カラ・ウナス)よ、君は智慧がある。何か策はないか」


「このたびの敗報がもたらす影響は測り知れませぬが、重要なのはいまだ上卿方の兵力は減っていないということです。ハル様は敗れたりとはいえ、ほとんど戦っておりません」


 するとデゲイは激昂(デクデグセン)して、


「それがまずいのだよ! 叛賊どもは我が兵の惰弱ぶりを目にして、ますます跳梁するだろう」


 制して言うには、


「今一度、禿頭虎(ハルザン・カブラン)様に機会(チャク)をお与えください。叛徒に屈して遁走(オロア)するなど、本来なら死罪にしてなお足らぬほどですが、そこを免じて差し上げるのです。禿頭虎様も発奮して勇戦されるでしょう。そしてもう上卿会議は関わらぬようにされたほうがよろしいかと。むしろ自領の治安に尽力なされませ」


 デゲイはいささか不満そうに、


「それは解決にならぬ。禿頭虎では王大母には勝てぬ」


「それでもよいのです。ゴコクの民を相争わせることで、かの氏族(オノル)を弱めることができます。いずれこの(ソオル)を私闘の名に(おとし)めるべきです。ここまで上卿方は世の志士と称する輩に踊らされて、一氏族(オノル)内紛(ブルガルドゥアン)に特に意義を与えてしまいました。王大母ごときが何をしようと放っておけばよかったのです。我らの擁する新カンこそ唯一(ガグチャ)の正当なカンなのですから」


 (クチ)を込めて説き終えると、デゲイは首を(かし)げて、


「ふうむ、そのようなものか」


 ムライはさらに語を継いで、


「無論、私闘に助力(トゥサ)したシャガイ氏には何らかの処罰を加えるべきです。ハル様の族長(ノヤン)の位および上卿の席を剥奪して、謹慎をご下命ください。それでは遺恨を残しますから、ハル様のご長子に権限を移譲せしめるとよいでしょう」


「なるほど。あくまで今回の戦を私闘と断じることで収拾せよと言うのだな」


はい(ヂェー)。あとは禿頭虎様の器量(アルガ)次第……」


 しばらく思案する様子だったが、やがて言うには、


「それがよかろう。ハル殿には悪いが、しかたあるまい」


 頷いたムライは語気を強めて、


「ともかく上卿方がつまらぬ騒ぎに動じぬことです」


 会議が再開されると、デゲイはムライの献策をそのまま主張した。みな一瞬呆気にとられたが、主旨を了解すると一様に賛成した。


 シャガイ氏のオガチは色を失ったが、もとより独り立って反論するような気概(ヂルケ)才略(アルガ)もなく、単に忠良篤実をもって席に連なっているだけの男だったので、あえなく沈黙した。


 これを受けて敗軍を収容中のバルゲイらへ早馬(グユクチ)が送られ、上卿会議の意志を伝えた。ここでも上卿たちはチャウン・カンの勅許を得て、早馬に勅使の格を与えた。ハル、バルゲイの二将は愕然として勅使に詰め寄ったが、


「私はカンの勅命(ヂャルリク)を伝えるだけである。謹んで拝命せよ」


 そう言うばかり。勅使が去ったあと、ハルは呆然自失するバルゲイに、


「私は謹慎しなけれならぬ。以後、ゴコクのことはゴコクで処理されるよう」


 言い残すと、そそくさと軍を収めて営を離れた。畏れの心を抱いて牧地(ヌントゥグ)へ向かうハルの前に、一軍が現れたのは四十里ほど進んだところであった。


 何ごとかと(いぶか)しんでいると、軍使を示す白旗を掲げたものが一騎近づいてくる。接見すれば言うには、


「シュガク氏上将モルトゥ・バアトルが麾下、ヤクタイと申します。上卿会議の命により貴軍を接収すべく参りました。ハル様の身はモルトゥ将軍が預かることになりました」


 ハルは瞠目して俄かに昂奮すると、


「何と! この私を、上卿にして族長(ノヤン)たるハルを、一部将ごときが……」


 言い募ろうとするのを途中で遮ると、冷たく告げて言うには、


「ハル様は今や上卿でも族長(ノヤン)でもありません。さあ、参りましょう」

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