第一二五回 ③
ガラコ和を欲するも竟に兵鋒相交わり
デゲイ卿を罰して陰かに権柄を掌握す
一方、捷報を待っていた上卿たちもこれにはたじろいだ。特にオカク氏のソドムの忿怒は凄まじく、ハルらを処刑すべしとて喚き散らした。デゲイなどほかの上卿はこれを何とか宥める。
ここで上卿同士が諍いを起こしては叛徒どもを利することにしかならない。またあの道理の解らぬ志士たちが勢いを得て策動しはじめるやもしれぬ。誰もが頭を抱え込む。とりあえず巡邏の数を増やすことを決して休憩とする。
一旦退席したデゲイをムライが迎える。デゲイは汗を拭きつつ言った。
「いやはや難儀であった。ソドム殿は所詮は女だね、困ったよ」
「では何も?」
頷いて、
「対応を諮るどころじゃないよ。あの狂女を宥めただけだ。世の志士とやらはあれを称して『狂癲婆』と呼んでいるらしいが、僕もそれに賛成したい気分だね」
ムライは思わず吹きだすと、
「狂癲婆とはまたうまい渾名を付けたものですな」
デゲイは眉間に皺を寄せると、
「笑いごとじゃないよ。僕の身にもなってくれ」
「これは失礼しました。……ともかく上卿方は窮地に陥りましたな」
ますます険しい面持ちで、
「うむ、混血児よ、君は智慧がある。何か策はないか」
「このたびの敗報がもたらす影響は測り知れませぬが、重要なのはいまだ上卿方の兵力は減っていないということです。ハル様は敗れたりとはいえ、ほとんど戦っておりません」
するとデゲイは激昂して、
「それがまずいのだよ! 叛賊どもは我が兵の惰弱ぶりを目にして、ますます跳梁するだろう」
制して言うには、
「今一度、禿頭虎様に機会をお与えください。叛徒に屈して遁走するなど、本来なら死罪にしてなお足らぬほどですが、そこを免じて差し上げるのです。禿頭虎様も発奮して勇戦されるでしょう。そしてもう上卿会議は関わらぬようにされたほうがよろしいかと。むしろ自領の治安に尽力なされませ」
デゲイはいささか不満そうに、
「それは解決にならぬ。禿頭虎では王大母には勝てぬ」
「それでもよいのです。ゴコクの民を相争わせることで、かの氏族を弱めることができます。いずれこの戦を私闘の名に貶めるべきです。ここまで上卿方は世の志士と称する輩に踊らされて、一氏族の内紛に特に意義を与えてしまいました。王大母ごときが何をしようと放っておけばよかったのです。我らの擁する新カンこそ唯一の正当なカンなのですから」
力を込めて説き終えると、デゲイは首を傾げて、
「ふうむ、そのようなものか」
ムライはさらに語を継いで、
「無論、私闘に助力したシャガイ氏には何らかの処罰を加えるべきです。ハル様の族長の位および上卿の席を剥奪して、謹慎をご下命ください。それでは遺恨を残しますから、ハル様のご長子に権限を移譲せしめるとよいでしょう」
「なるほど。あくまで今回の戦を私闘と断じることで収拾せよと言うのだな」
「はい。あとは禿頭虎様の器量次第……」
しばらく思案する様子だったが、やがて言うには、
「それがよかろう。ハル殿には悪いが、しかたあるまい」
頷いたムライは語気を強めて、
「ともかく上卿方がつまらぬ騒ぎに動じぬことです」
会議が再開されると、デゲイはムライの献策をそのまま主張した。みな一瞬呆気にとられたが、主旨を了解すると一様に賛成した。
シャガイ氏のオガチは色を失ったが、もとより独り立って反論するような気概も才略もなく、単に忠良篤実をもって席に連なっているだけの男だったので、あえなく沈黙した。
これを受けて敗軍を収容中のバルゲイらへ早馬が送られ、上卿会議の意志を伝えた。ここでも上卿たちはチャウン・カンの勅許を得て、早馬に勅使の格を与えた。ハル、バルゲイの二将は愕然として勅使に詰め寄ったが、
「私はカンの勅命を伝えるだけである。謹んで拝命せよ」
そう言うばかり。勅使が去ったあと、ハルは呆然自失するバルゲイに、
「私は謹慎しなけれならぬ。以後、ゴコクのことはゴコクで処理されるよう」
言い残すと、そそくさと軍を収めて営を離れた。畏れの心を抱いて牧地へ向かうハルの前に、一軍が現れたのは四十里ほど進んだところであった。
何ごとかと訝しんでいると、軍使を示す白旗を掲げたものが一騎近づいてくる。接見すれば言うには、
「シュガク氏上将モルトゥ・バアトルが麾下、ヤクタイと申します。上卿会議の命により貴軍を接収すべく参りました。ハル様の身はモルトゥ将軍が預かることになりました」
ハルは瞠目して俄かに昂奮すると、
「何と! この私を、上卿にして族長たるハルを、一部将ごときが……」
言い募ろうとするのを途中で遮ると、冷たく告げて言うには、
「ハル様は今や上卿でも族長でもありません。さあ、参りましょう」