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草原演義  作者: 秋田大介
巻九
497/783

第一二五回 ①

ガラコ和を欲するも(つい)に兵鋒相交わり

デゲイ卿を罰して(ひそ)かに権柄を掌握す

 さて、賢婀嬌(けんあきょう)モルテの進言によりハヤスン・コイマル・カンを迎えた王大母ガラコは、上卿専制に不満を持つ人衆(ウルス)の期待を一身に担うことになった。


 上卿はそれに対して急ぎ会議(クラル)を開いて、新たにヒズトゥ氏のチャウンを擁立した。また同時にガラコを追討することを新カンの名において決議した。


 この経緯(ヨス)部族(ヤスタン)の憂国の士はおおいに(いきどお)って、ハヤスンを唯一(ガグチャ)の「大カン」として上卿を打倒しようとする気運が盛り上がった。彼らは同志(イル)(もと)めて奔走し、さまざまな画策を行った。


 上卿側はこれを弾圧するためにゴコク氏の尽忠社に(なら)って、隷民(ハラン)から成る巡邏の兵卒を組織した。両者の抗争(ブルガルドゥアン)は次第に激化して、互いに要人を殺し合う(アラルドゥクイ)事態となった。


 上卿たちは憂国の士を「叛賊(ブルガ)」と断じ、逆に彼らは上卿に(おもね)るものを「大奸」と呼んで憎んだ。


 興味深いのは、両者ともに同志を糾合して「(オルトク)」を結成したことである。それは根源(ウヂャウル)にイトゥクの靖難救国社と、チンガイの尽忠社があったからである。


 だが、憂国の士の憧憬の的であった当の王大母らは彼らを指して、


狂佻(きょうちょう)の行いを専らとし、部族(ヤスタン)を破らんとする輩である」


 そう苦々しく思っていた。ウリャンハタの兵鋒迫る今、内に相争うのは愚かとしか言いようがない。彼女にとってはすべては外冦を撃退してからのことであった。


 そもそもガラコがカンを招いたことも、己と己を(たの)む人衆を禿頭虎(ハルザン・カブラン)バルゲイから護るためであり、上卿に抗してこれを転覆せしめる(オロ)など毛頭なかった。


 憂国の士と称する暴徒どもが、当人の意志などおかまいなしに反上卿の象徴として仰いでいるに過ぎない。不本意といえばこれほど不本意な話もない。


 したがって(オロ)のために奔走する人士、すなわち「志士」たちは、傍から見れば悲惨でもあり、ときに滑稽ですらあった。彼らは理想を抱き、かつ情熱もあったが、いかんせん大略もなく、背景と(たの)むべき勢力もなかった。


 また個々の社を(まと)めて一個の大勢力にするべき人材もなく、それを企図するものも、蒙を(ひら)かしむるセチェンもなかった。自然、彼らの行動は安直なものにならざるをえない。すなわち暗殺や暴動の類である。


 ガラコ自身は彼らに否定的ではあったが、これを(たの)んで投じてくるものに対しては寛容であった。ために結局彼女のクリエンには志士が(たむろ)することとなった。


 ことを重く視た上卿は、ついに兵備を整えて追討軍を興す。陣容はシャガイ氏一万騎(トゥメン)、ゴコク氏八千騎、そしてその他の氏族(オノル)から二千騎が加わった総計二万騎の大軍である。


 ガラコの兵力は僅か四千騎強。五倍の軍勢をもってしたのはその勇武を恐れたこともあるが、主として反上卿勢力に向けての示威であった。この征討戦を失敗させてはならず、仮に上卿軍が敗れるようなことがあれば、在野に渦巻く不満が一挙に噴出する懸念があった。


 主将はシャガイ氏族長(ノヤン)ハルである。ハルは混血児(カラ・ウナス)ムライが評したように決して英明とは言えなかったが、穏やかな人物であったためにこうした連合軍の上に置くのにちょうどよかった。実の指揮を執るのは禿頭虎バルゲイである。


 上卿()つの報は瞬く間(トゥルバス)に全土を駆け回り、志士は大挙して王大母のクリエンに馳せ参じた。ガラコはともすれば極論に(はし)りがちな彼らをすっかり持て余して、モルテに(はか)って言うには、


「まったく困ったもんだよ。何とかならないかねぇ」


 思案して答えて言うには、


「上卿に使者を送って当方の意を伝えましょう」


 ガラコは頷いて使者を選ぶと、意を含めて密かに送りだした。ハルらはこれを接見しておおいに喜ぶとともに侮りの心が生じて、さまざまな要求を突きつけた。いかなる内容だったかと云えば、


  一、廃帝ハヤスンを上卿会議に引き渡すこと

  一、即刻クリエンを解散して人衆を本来の所属に返すこと

  一、クリエンに潜む不逞の叛徒を捕縛して処断すること

  一、王大母は上卿の監視下に置かれて後日裁判を受けること


 以上、四項である。ガラコの恭順な姿勢を見て強気に出たこと明らかである。これを聞いたガラコは青ざめた。恐怖したのではない。激怒(デクデグセン)したのである。モルテも(フムスグ)(ひそ)めて言った。


「……到底、首肯しうるものではありません」


 ガラコは(コセル)を踏み鳴らして、


「だいたいウリャンハタのことはひと言も触れてないではないか。今はともに(クチ)を併せて冦難を(ふせ)ぐことこそ第一ではないのか! これは完全(ブドゥン)に叛徒に対する扱いじゃ!」

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