第一二四回 ②
ガラコ禿頭虎を責めて漸く輿望を担い
モルテ王大母を警めて徑ちに藩屏と作す
卒かに戸張を破って躍り込んだ刺客どもは、あわてて飛び出してきた小間使いを一刀に両断すると、さらに奥へと進んだ。
が、そこで彼らはあっと目を瞠った。何とガラコが大刀を片手に立っていたからである。刺客どもを睨みつけて言うには、
「遅かったじゃないか。こちとら待ちくたびれたよ」
一瞬怯んだ闖入者たちは、はっと我に返ると、
「やれ! 相手はたかが女一人だ!」
「たかが女? お前らは王大母を知らないのかい」
不敵に笑うと、悠然と得物を構える。その構えを見ただけで並の使い手ではないことは一目瞭然。
「ガラコ! 部族に仇なす大奸ゆえ、お前を……」
そう言いかけたものの首は、次の瞬間には胴を離れて飛ぶ。
「婦人の寝所に押し入った上に、名を呼び捨てるとは礼を知らぬことよ」
刺客どもはそのあまりの早業に瞠目する。聞きしに勝る豪勇に慄いた彼らは、わっと叫んで一斉に打ちかかる。ガラコは笑みを絶やさず、
「だいたいあんたたちは阿呆だよ。人を殺しにきておいて、ぐだぐだと口上を述べる奴があるかい?」
そう言いつつも大刀は龍のごとく舞い、瞬く間に数人を斬り伏せる。さらに気合いを投げつけて押し出せば、賊どもはどっと後退する。
「ゲルが血で汚れちまったじゃないか。どうしてくれるんだい」
また首が飛ぶ。大刀が翻るたびに確実に賊は数を減じる。やがて一人を残してみな屍となる。
「あ、あ、うわぁ!」
あわてて逃げようとするのを、がっと襟を攫んで、
「つくづく非礼な奴だね。人のゲルでさんざ暴れておいてそのまま帰る奴があるか!」
「ひっ、お助け、お助けを……」
ガラコはくっくっとおかしそうに笑うと、子をあやすように、
「はい、はい、わかりました。ただしここに転がっている阿呆どもを片づけてから行きな」
「はい、はい!」
男は涙と洟水で顔中を濡らしながら、屍をひとつずつ運び出す。
「疾く!」
怒鳴りつければ、憐れなその男はついに失禁して腰を抜かしてしまう。
「しょうがない奴だね! しっかりしなよ、もっと汚れちまったじゃないか」
男は洟を啜りながら、ただひたすら恕しを請う。ガラコは溜息とともに大刀を投げ捨てると、男の腰帯を把んで軽々と持ち上げる。
「わっ、お恕しください、お恕しください!」
「わあわあ騒ぐな! お前みたいな小便たれに何もしやしないよ」
そう言って外に放り出す。さらに残った屍を両肩に担いで次々と表に出す。男は呆然としてその強力を眺めるばかり。最後の屍を転がすと、両の掌を二、三度拍って、
「ほら、そこの車を貸してやるからこいつらを持って帰りな。ここに置いたままにしといたら承知しないからね」
男は無言で幾度も頷く。ガラコは呵々大笑すると戸張の奥に消える。
やがて男はのろのろと起きだして、車に屍を積みはじめる。やっと作業を終えて退散しようとすれば、卒かに戸張の向こうから、
「車は明日返しに来るんだよ!」
そう言われたから、また驚いてわっと叫ぶ。あとは振り返りもせずに一散に逃げ帰った。
人衆は、この間ずっと奥座で震えていたガラコの夫から事の次第を聞いて、驚くやら憤るやら大騒ぎになった。また尽忠社はおおいに名を落としたので、それを糊塗すべく躍起になって人を斬った。
恐れた人衆は自然ガラコのもとに集まりはじめた。もともと彼女の一家は数十のゲル群から成っていたが、今やそれは百戸、二百戸と増える一方であった。さすがの尽忠社も王大母のゲル群には近づけなかったのである。
困ったのは族長のバルゲイである。チンガイに諮って言うには、
「このままではいずれ王大母は叛旗を翻すだろう。何か妙案はないか」
するとしばし考えた末に答えて、
「奴らは族長に逆らう叛徒です。族長に逆らうは上卿会議に逆らうに同じ。ほかの上卿にご相談されてはいかがでしょう」
なるほどと思い、シュガク氏の族長デゲイに向けて早馬を送る。話を聞いたデゲイは、
「それは容易ならぬ事態ですねぇ、ほっほっほ」
口をすぼめて笑うと傍らを顧みる。そこには混血児ムライが近侍している。秀麗な顔を歪ませると、
「王大母は強力無双で知られた女丈夫。放置すれば必ず部族に仇を為すでしょう」
「ならば混血児よ。どうするのがよい?」
「兵においては『先んずればすなわち人を制す』と申します」
デゲイは口許を掩って愉快そうに笑うと、
「僕もそう思うよ。でもね、僕の兵は使いたくないわけ」
するとムライは乾いた笑い声を立てて、
「シャガイ氏の牧地はゴコク氏のそれに近く、かつ族長のハルは、こう言っては何ですが、少々智恵が鈍うございます」
デゲイは含み笑いしながら、目には冷酷な光を湛えて、
「……僕もね、そう思うのよ。混血児、君に委せていいかな」
「承知」
ムライは退出すると、その足でシャガイの牧地を目指した。




