表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻九
494/783

第一二四回 ②

ガラコ禿頭虎を責めて(ようや)く輿望を担い

モルテ王大母を(いまし)めて(ただ)ちに藩屏と()

 (にわ)かに戸張(エウデン)を破って躍り込んだ刺客(アラクチ)どもは、あわてて飛び出してきた小間使い(インヂェ)を一刀に両断すると、さらに奥へと進んだ。


 が、そこで彼らはあっと(ニドゥ)(みは)った。何とガラコが大刀を片手に立っていたからである。刺客どもを睨みつけて言うには、


「遅かったじゃないか。こちとら待ちくたびれたよ」


 一瞬怯んだ(カルタリル)闖入者たちは、はっと我に返ると、


「やれ! 相手はたかが(ブスクイ)一人だ!」


「たかが女? お前らは王大母を知らないのかい」


 不敵に笑うと、悠然と得物を構える。その構えを見ただけで並の使い手ではないことは一目瞭然。


「ガラコ! 部族(ヤスタン)に仇なす大奸ゆえ、お前を……」


 そう言いかけたものの首は、次の瞬間には胴を離れて飛ぶ。


「婦人の寝所に押し入った上に、名を呼び捨てるとは礼を知らぬことよ」


 刺客どもはそのあまりの早業に瞠目する。聞きしに勝る豪勇(カタンギン)(おのの)いた彼らは、わっと叫んで一斉に打ちかかる。ガラコは笑みを絶やさず、


「だいたいあんたたちは阿呆(アルビン)だよ。人を殺し(アラハ)にきておいて、ぐだぐだと口上を述べる奴があるかい?」


 そう言いつつも大刀は龍のごとく舞い、瞬く間(トゥルバス)に数人を斬り伏せる。さらに気合いを投げつけて押し出せば、賊どもはどっと後退する。


「ゲルが(ツォサン)で汚れちまったじゃないか。どうしてくれるんだい」


 また首が飛ぶ。大刀が(ひるがえ)るたびに確実に賊は数を減じる。やがて一人を残してみな屍となる。


「あ、あ、うわぁ!」


 あわてて逃げようとするのを、がっと(ヂャカ)(つか)んで、


「つくづく非礼(ヨスグイ)な奴だね。人のゲルでさんざ暴れておいてそのまま帰る奴があるか!」


「ひっ、お助け、お助けを……」


 ガラコはくっくっとおかしそうに笑うと、(クウ)をあやすように、


はい、はい(ヂェー ヂェー)、わかりました。ただしここに転がっている阿呆どもを片づけてから行きな」


はい、はい(ヂェー ヂェー)!」


 男は涙と洟水(はなみず)(ヌル)中を濡らしながら、屍をひとつずつ運び出す。


「疾く!」


 怒鳴りつければ、憐れなその男はついに失禁して腰を抜かしてしまう。


「しょうがない奴だね! しっかりしなよ、もっと汚れちまったじゃないか」


 男は洟を(すす)りながら、ただひたすら(ゆる)しを請う。ガラコは溜息とともに大刀を投げ捨てると、男の腰帯を(つか)んで軽々と持ち上げる。


「わっ、お(ゆる)しください、お恕しください!」


「わあわあ騒ぐな! お前みたいな小便たれに何もしやしないよ」


 そう言って外に放り出す。さらに残った屍を両肩に(かつ)いで次々と表に出す。男は呆然としてその強力(クチュトゥ)を眺めるばかり。最後の屍を転がすと、両の掌を二、三度()って、


「ほら、そこの(テルゲン)を貸してやるからこいつらを持って帰りな。ここに置いたままにしといたら承知しないからね」


 男は無言で幾度も頷く。ガラコは呵々大笑すると戸張の奥に消える。


 やがて男はのろのろと起きだして、車に屍を積みはじめる。やっと作業を終えて退散しようとすれば、(にわ)かに戸張の向こうから、


「車は明日返しに来るんだよ!」


 そう言われたから、また驚いてわっと叫ぶ。あとは振り返りもせずに一散に逃げ帰った。


 人衆(ウルス)は、この間ずっと奥座(コイマル)で震えていたガラコの夫から事の次第を聞いて、驚くやら(いきどお)るやら大騒ぎになった。また尽忠社はおおいに名を落としたので、それを糊塗すべく躍起になって人を斬った。


 恐れた人衆は自然ガラコのもとに集まりはじめた。もともと彼女の一家は数十のゲル群から成っていたが、今やそれは百戸、二百戸と増える一方であった。さすがの尽忠社も王大母のゲル群には近づけなかったのである。


 困ったのは族長(ノヤン)のバルゲイである。チンガイに(はか)って言うには、


「このままではいずれ王大母は叛旗を(ひるがえ)すだろう。何か妙案はないか」


 するとしばし考えた末に答えて、


「奴らは族長(ノヤン)に逆らう叛徒(ブルガ)です。族長(ノヤン)に逆らうは上卿会議に逆らうに同じ(アディル)。ほかの上卿にご相談されてはいかがでしょう」


 なるほどと思い、シュガク氏の族長(ノヤン)デゲイに向けて早馬(グユクチ)を送る。話を聞いたデゲイは、


「それは容易ならぬ事態ですねぇ、ほっほっほ」


 (アマン)をすぼめて笑うと傍ら(デルゲ)を顧みる。そこには混血児(カラ・ウナス)ムライが近侍している。秀麗な顔を(ゆが)ませると、


「王大母は強力無双で知られた女丈夫。放置すれば必ず部族(ヤスタン)に仇を為すでしょう」


「ならば混血児よ。どうするのがよい?」


「兵においては『先んずればすなわち人を制す』と申します」


 デゲイは口許(くちもと)(おお)って愉快そうに笑うと、


「僕もそう思うよ。でもね、僕の兵は使いたくないわけ」


 するとムライは乾いた笑い声を立てて、


「シャガイ氏の牧地(ヌントゥグ)はゴコク氏のそれに近く(オイル)、かつ族長(ノヤン)のハルは、こう言っては何ですが、少々智恵が鈍うございます」


 デゲイは含み笑いしながら、目には冷酷な光を(たた)えて、


「……僕もね、そう思うのよ。混血児、君に(まか)せていいかな」


承知(ヂェー)


 ムライは退出すると、その足でシャガイの牧地を目指した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ