第一二四回 ① <ガラコ登場>
ガラコ禿頭虎を責めて漸く輿望を担い
モルテ王大母を警めて徑ちに藩屏と作す
さてゴコク氏のイズムのつまらぬ背叛によって、タイクン氏は壊滅した。族長のセイヂュク以下、将兵は自刎して果てた。だがそのイズムも、ムラマンの奸策によってアイルに戻るなり捕縛され、断罪に処された。
世に「呪詛してなお彼我ともに亡ばざるはなし」と謂うが、ムラマンもこの例に漏れず、ほどなく報いを受けることになった。
先に憂国の壮士が氏族の枠を越えて「靖難救国社」に投じたことは述べたが、それで義心あるものがすべてというわけではない。そのときには決心しかねていたものが数多あった。
彼らはムラマンの奸策を見抜いて憤激すること甚だしく、一夜そのゲルを急襲した。参加したのは、いまだ二十歳にもならぬ血気盛んの若者であった。
ムラマンのゲルには側使いなど十数人の男と妻妾数人があったが、そのことごとくを殺し尽くし、逃れんとするムラマンの身体中を斬り刻んだ。事を成すと、その血液でもって床に靖難救国社の旗章を大書し、馬を盗んで逃走した。
これを知った禿頭虎バルゲイは怒り狂った。氏族の上将が下々のものに易々と殺されたのである。まさに法と秩序に対する、さらに云えば族長に対する挑戦であった。
バルゲイは二百人の隷民を組織して、兇行に及んだものを捜索させるとともに、上卿に不満を持つものを摘発して処断させた。バルゲイはこれに「尽忠社」の名を与えた。
尽忠社の権限は大きく、疑わしきものがあればその場で斬刑に処すことができた。彼らはバルゲイの意を受けて、誰彼なく斬って捨てた。
氏族の若者は恐怖に慄くと同時に、これを「禿鷹」と呼んで憎んだ。尽忠社のために有為の若者が数多く死んだ。中には何の思想もなく平和に暮らしていた良民で殺されたものもあった。
当初は上卿を批判するものだけを狙っていたが、やがて血に飢えたか、一般の人衆まで襲うようになった。ついには、殺した相手の財産を奪うことが認められたので、ありもしない罪を捏造して長者を殺すことまで辞さなくなった。
尽忠社の首領は、バルゲイの側近でチンガイという侫者である。人衆はこれに「姦兇僕」という渾名を付けて特に忌み嫌った。チンガイの専横は日に募り、心あるものはみな眉を顰めた。
ここに一人、侠女があった。名をガラコと云う。その人となりはと云えば、
年のころはすでに盛りを過ぎて四十半ばになんなんとし、眉は黒く、目は巨きく、頬は高く、口は広く、胸は厚く、腰は太く、近隣に聞こえた女傑にて、大刀を軽々と操り、その武勇は並の男とは比ぶべくもない。心性は剛毅にして闊達、所作は凛々として威風あり。人はこれを尊んで「王大母」の名を奉る。
その王大母ガラコがチンガイの横暴に憤慨して、ある日、バルゲイのゲルに怒鳴り込んだ。彼もまたこの女傑を恐れていたから、その禿頭に大粒の汗を浮かべて釈明に努める。
ガラコは苛々しながらそれを聞いていたが、ついに地をどんどんと踏み鳴らすと言うには、
「釈明などという男らしくないことをするな! 私は即刻尽忠社とやらを解散するように申し上げているのです」
バルゲイはこれと目を合わさぬようにしつつ、
「いや、しかしそれでは氏族の統制というものがですな……」
するとさらに目を瞋らせて、
「統制? 人を斬って歩くのが統制ですか! それでは人衆はまともに暮らせませぬ。それにあのチンガイという男は何ですか。あれでは強盗、匪賊の類と何ら変わりませぬ。みながあれを何と呼んでいるかご存知ですか?」
「いや、それはですな……」
つかつかと歩み寄ると、大音声に叫んで、
「いや、いや言うな! ものを話すときははっきり言いなさい、はっきり!」
「いや、それは……」
「もうよい! とにかく尽忠社は解散、よろしいですね!」
言い捨てるとくるりと背を向けて、大股に歩み去る。バルゲイはふうと大きな溜息を吐いて馬乳酒を呷る。
このことは密かに人衆の喝采を浴び、王大母の威名はますます轟いた。
だが、これは後難を招いた。人衆はそれを知って驚愕するとともに、さらに憎悪の念を深くした。何があったかと云えば、件の抗議から三日目の夜にガラコのゲルが急襲されたのである。
無論尽忠社の仕業である。その夜、襲撃に加わった隷民は十人。チンガイは参加していない。