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草原演義  作者: 秋田大介
巻九
493/783

第一二四回 ① <ガラコ登場>

ガラコ禿頭虎を責めて(ようや)く輿望を担い

モルテ王大母を(いまし)めて(ただ)ちに藩屏と()

 さてゴコク氏のイズムのつまらぬ背叛によって、タイクン氏は壊滅した。族長(ノヤン)のセイヂュク以下、将兵は自刎(じふん)して果てた。だがそのイズムも、ムラマンの奸策によってアイルに戻るなり捕縛され、断罪に処された。


 世に「呪詛(ハラアル)してなお彼我ともに亡ばざるはなし」と謂うが、ムラマンもこの例に漏れず、ほどなく報いを受けることになった。


 先に憂国の壮士が氏族(オノル)の枠を越えて「靖難救国社」に投じたことは述べたが、それで義心あるものがすべてというわけではない。そのときには決心しかねていたものが数多あった。


 彼らはムラマンの奸策を見抜いて憤激すること(はなは)だしく、一夜そのゲルを急襲した。参加したのは、いまだ二十歳にもならぬ血気盛んの若者(ヂャラウス)であった。


 ムラマンのゲルには側使い(エムチュ)など十数人の(ブステイ)妻妾(エメ)数人があったが、そのことごとくを殺し尽くし(ムクリ・ムスクリ)、逃れんとするムラマンの身体中を斬り刻んだ。事を成すと、その血液(ツォサン)でもって床に靖難救国社の旗章を大書し、(アクタ)を盗んで逃走(オロア)した。


 これを知った禿頭虎(ハルザン・カブラン)バルゲイは怒り狂った。氏族(オノル)の上将が下々のもの(カラチュス)に易々と殺されたのである。まさに(ヂャサ)と秩序に対する、さらに云えば族長(ノヤン)に対する挑戦であった。


 バルゲイは二百人の隷民(ハラン)を組織して、兇行に及んだものを捜索させるとともに、上卿に不満を持つものを摘発して処断させた。バルゲイはこれに「尽忠社」の名を与えた。


 尽忠社の権限は大きく、疑わしきものがあればその場で斬刑に処すことができた。彼らはバルゲイの(オロ)を受けて、誰彼なく斬って捨てた。


 氏族(オノル)の若者は恐怖に(おのの)くと同時に、これを「禿鷹(シンコル)」と呼んで憎んだ。尽忠社のために有為の若者が数多く死んだ。中には何の思想もなく平和(ヘンケ)に暮らしていた良民で殺されたものもあった。


 当初は上卿を批判するものだけを狙っていたが、やがて血に飢えたか、一般の人衆(ウルス)まで襲うようになった。ついには、殺した(アラアサアル)相手の財産(エド)を奪うことが認められたので、ありもしない罪を捏造して長者(バヤン)殺す(アラハ)ことまで辞さなくなった。


 尽忠社の首領(アカ)は、バルゲイの側近(コトチン)でチンガイという侫者である。人衆はこれに「姦兇僕」という渾名(あだな)を付けて特に忌み嫌った。チンガイの専横は日に募り、心あるものはみな(フムスグ)(ひそ)めた。




 ここに一人、侠女があった。名をガラコと云う。その人となりはと云えば、


 年のころはすでに盛りを過ぎて四十半ばになんなんとし、眉は黒く、(ニドゥ)(おお)きく、(ハツァル)は高く、(アマン)は広く、(オモリウド)は厚く、腰は太く、近隣(サーハルト)に聞こえた女傑にて、大刀を軽々と操り、その武勇は並の男とは比ぶべくもない。心性(チナル)剛毅(クルグ)にして闊達、所作は凛々として威風あり。人はこれを尊んで「王大母」の名を奉る。


 その王大母ガラコがチンガイの横暴に憤慨して、ある(ウドゥル)、バルゲイのゲルに怒鳴り込んだ。彼もまたこの女傑を恐れていたから、その禿頭(ハルザン)に大粒の汗を浮かべて釈明に努める。


 ガラコは苛々しながらそれを聞いていたが、ついに(コセル)をどんどんと踏み鳴らすと言うには、


「釈明などという男らしくないことをするな! 私は即刻尽忠社とやらを解散するように申し上げているのです」


 バルゲイはこれと目を合わさぬようにしつつ、


いや(ブルウ)、しかしそれでは氏族(オノル)の統制というものがですな……」


 するとさらに目を(いか)らせて、


「統制? 人を斬って歩くのが統制ですか! それでは人衆はまともに暮らせませぬ。それにあのチンガイという男は何ですか。あれでは強盗(クラガイ)匪賊(ヂェテ)の類と何ら変わりませぬ。みながあれを何と呼んでいるかご存知ですか?」


いや(ブルウ)、それはですな……」


 つかつかと歩み寄ると、大音声に叫んで、


いや、いや(ブルウ ブルウ)言うな! ものを話すときははっきり言いなさい、はっきり!」


いや(ブルウ)、それは……」


「もうよい! とにかく尽忠社は解散、よろしいですね!」


 言い捨てるとくるりと(ノロウ)を向けて、大股に歩み去る。バルゲイはふうと大きな溜息を()いて馬乳酒(アイラグ)(あお)る。


 このことは密かに人衆の喝采を浴び、王大母の威名はますます轟いた。


 だが、これは後難を招いた。人衆はそれを知って驚愕するとともに、さらに憎悪の念を深くした。何があったかと云えば、(くだん)の抗議から三日目の夜にガラコのゲルが急襲されたのである。


 無論尽忠社の仕業である。その夜、襲撃に加わった隷民は十人(アルバン)。チンガイは参加していない。

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