第一 三回 ①
インジャ天に祈りて聖廟に二将を裁き
ナオル書を携えて神都に賢者に見ゆ
さてインジャは、オロンテンゲル山にてカミタ氏のドクトとドノル氏のテムルチが争っているのを知って、これを仲裁して言うには、
「私はある方法によって、天王様にお伺いを立てることができる」
訝しがる好漢たちを連れて、インジャは知るはずもない道を迷うことなく登っていく。
「ドクト、この上には何があるんだ」
セイネンが問えば、
「さあ……、何もないはずだが」
首を傾げて答える。セイネンは青ざめてナオルを顧みたが、胆力に卓れたナオルはただ言うには、
「義兄が意味のないことを軽々に口にするとは思えん。信じてついていくほかなかろう」
「しかしだな……」
インジャはというと、笑顔でテムルチに話しかけている。テムルチは依然警戒すること甚だしく言葉少なに答えている。やがてインジャは立ち止まった。四人もあわてて足を止める。
「ここだ。ここからは少々道が悪くなるが、後れずに附いてきてくれ」
見れば、少し見ただけでは判らない半ば草に埋もれた小道がある。インジャは迷わずそこに踏み込んだ。
「こんな道があるなど知らなかったぞ」
ドクトが驚いて言う。その言葉にセイネンの不安は増すばかり。五人はなおも進むこと半刻、ついに目指す地に着いた。インジャが指す方向を見て、四人はあっと息を呑んだ。
何と、鬱蒼と茂る草の中に崩れかけた古い堂が建っていたのである。入口の上には辛うじて判読できる薄汚れた札が掛かっている。何と書いてあったかと言えば「天王廟」の三字。インジャは四人を顧みて、
「ここは天王様をお祀りした廟だ。今ではすっかり忘れられて荒れ果ててしまっている。ドクト殿もテムルチ殿も、ここに天王様の廟があるとは知らなかったであろう」
二人とも無言で頷く。ナオルとセイネンも呆気にとられて言うべき言葉も知らない。なぜインジャが地元の民も知らぬ山奥の廟を知っていたのか、ただ顔を見合わせるばかり。
そんな四人をおいて、インジャは廟に向き直って跪くと何やら一心に唱えはじめた。ナオルらもあわてて跪く。
と、上天が卒かに掻き曇って、ごろごろと雷が鳴りだした。季節外れの天変に四人はおろおろするばかりであったが、インジャはまるで気にせぬ様子。テムルチが額に汗を浮かべて震えながら、
「テンゲリが怒っておられる。我々が廟の祭祀を怠ったからだ」
ドクトのほうは何を愚かなと息巻いたものの目は虚ろ、ナオルとセイネンもわけがわからず、ただ身を固くしている。
次の瞬間、耳を劈く轟音とともに辺りは真っ白な光に包まれた。みなわっと叫んでその場にひれ伏す。次いで、ばりばりと音がしたので恐る恐る顔を上げてみれば、何と廟が炎を噴いている。
「雷が、落ちたのか…!?」
セイネンが呟くと同時にナオルが叫んで、
「義兄!?」
素早く辺りを見回したがインジャの姿は影も形もない。ドクトとテムルチが口を開けて座り込んでいるばかり。
「何ということだ! まさか……」
二人はおおいにあわてて立ち上がる。すると廟のほうから涼やかな笑い声、見ればインジャが燃え盛る廟の前に立っている。
「義兄、危ないですぞ!」
インジャは落ち着いた足取りでその場を離れる。するとそれを待っていたかのように廟が崩れ落ちた。みなほっと胸を撫で下ろしたが、次から次に起こる奇怪なできごとに混乱して、いつの間にか暗雲が去っているのにも気づかぬ有様。
すでに陽は西に大きく傾いて、テンゲリは赤く燃え、木々の間から橙色の光線が差し込んでくるほかは次第に薄暗くなりつつある。
「ご無事で何よりですが、いったい今のは……」
漸くナオルが言うと、インジャはそれを制して二将に歩み寄った。
「見よ。天王様のお言葉をこれに得たぞ」
手にしたものを示せば、それは黒ずんだ書簡入れであった。かなり旧いものらしく、封をした紐が擦り切れて取れかかっている。
「これを、どこで……」
ドクトが唾を吞み込みながら尋ねれば、
「先の落雷の際、廟の壁の中より出てきたのだ。貴殿らが今日ここに来ること、天王様はとうに承知していたのだぞ」