表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻一
49/783

第一 三回 ①

インジャ天に祈りて聖廟に二将を裁き

ナオル書を携えて神都に賢者に(まみ)

 さてインジャは、オロンテンゲル(アウラ)にてカミタ氏のドクトとドノル氏のテムルチが争っているのを知って、これを仲裁して言うには、


「私はある方法によって、天王(フルムスタ)様にお伺いを立てることができる」


 (いぶか)しがる好漢(エレ)たちを連れて、インジャは知るはずもない(モル)を迷うことなく登っていく。


「ドクト、この上には何があるんだ」


 セイネンが問えば、


「さあ……、何もないはずだが」


 首を(かし)げて答える。セイネンは青ざめてナオルを顧みたが、胆力(スルステイ)(すぐ)れたナオルはただ言うには、


「義兄が意味のないことを軽々に口にするとは思えん。信じてついていくほかなかろう」


「しかしだな……」


 インジャはというと、笑顔でテムルチに話しかけている。テムルチは依然警戒すること甚だしく言葉少なに答えている。やがてインジャは立ち止まった。四人もあわてて(フル)を止める。


「ここだ。ここからは少々道が悪くなるが、(おく)れずに附いてきてくれ」


 見れば、少し見ただけでは判らない半ば(ウヴス)に埋もれた小道がある。インジャは迷わずそこに踏み込んだ。


「こんな道があるなど知らなかったぞ」


 ドクトが驚いて言う。その言葉(ウゲ)にセイネンの不安は増すばかり。五人はなおも進むこと半刻、ついに目指す地に着いた。インジャが指す方向を見て、四人はあっと息を呑んだ。


 何と、鬱蒼と茂る草の中に崩れかけた古い堂が建っていたのである。入口の上には辛うじて判読できる薄汚れた札が掛かっている。何と書いてあったかと言えば「()()()」の三字。インジャは四人を顧みて、


「ここは天王(フルムスタ)様をお(まつ)りした(シトゥエン)だ。今ではすっかり忘れられて荒れ果ててしまっている。ドクト殿もテムルチ殿も、ここに天王(フルムスタ)様の廟があるとは知らなかったであろう」


 二人とも無言で頷く。ナオルとセイネンも呆気にとられて言うべき言葉も知らない。なぜインジャが地元の民も知らぬ山奥の廟を知っていたのか、ただ(ヌル)を見合わせるばかり。


 そんな四人をおいて、インジャは廟に向き直って(ひざまず)くと何やら一心に唱えはじめた。ナオルらもあわてて跪く。


 と、上天(テンゲリ)(にわ)かに掻き曇って、ごろごろと(アヤンガ)が鳴りだした。季節外れの天変に四人はおろおろするばかりであったが、インジャはまるで気にせぬ様子。テムルチが(マグナイ)に汗を浮かべて震えながら、


「テンゲリが怒っておられる。我々が廟の祭祀を怠ったからだ」


 ドクトのほうは何を愚かなと息巻いたものの(ニドゥ)(うつ)ろ、ナオルとセイネンもわけがわからず、ただ身を固くしている。


 次の瞬間、(チフ)(つんざ)く轟音とともに辺りは真っ白(ツェゲン・シラ)な光に包まれた。みなわっと叫んでその場にひれ伏す。次いで、ばりばりと音がしたので恐る恐る顔を上げてみれば、何と廟が(ガルチュ)を噴いている。


「雷が、落ちたのか…!?」


 セイネンが呟くと同時にナオルが叫んで、


「義兄!?」


 素早く辺りを見回したがインジャの姿(カラア)は影も形もない。ドクトとテムルチが(アマン)を開けて座り込んでいるばかり。


「何ということだ! まさか……」


 二人はおおいにあわてて立ち上がる。すると廟のほうから涼やかな笑い声、見ればインジャが燃え盛る廟の前に立っている。


「義兄、危ないですぞ!」


 インジャは落ち着いた足取りでその場を離れる。するとそれを待っていたかのように廟が崩れ落ちた。みなほっと(オモリウド)を撫で下ろしたが、次から次に起こる奇怪なできごとに混乱して、いつの間にか暗雲(エウレン)が去っているのにも気づかぬ有様。


 すでに(ナラン)西(バラウン)に大きく傾いて、テンゲリは赤く燃え、木々(モド)の間から橙色の光線が差し込んでくるほかは次第に薄暗くなりつつある。


「ご無事で何よりですが、いったい今のは……」


 (ようや)くナオルが言うと、インジャはそれを制して二将に歩み寄った。


「見よ。天王(フルムスタ)様のお言葉をこれに得たぞ」


 (ガル)にしたものを示せば、それは黒ずんだ書簡入れであった。かなり旧い(ホウチン)ものらしく、封をした(サガルダルガ)が擦り切れて取れかかっている。


「これを、どこで……」


 ドクトが(シルスン)を吞み込みながら尋ねれば、


「先の落雷の際、廟の(ハナ)の中より出てきたのだ。貴殿らが今日ここに来ること、天王(フルムスタ)様はとうに承知していたのだぞ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ